第49話

 狼煙と共に俺は馬車を引いていた馬を一頭借りて急いで、カイゼル達が陣を構えている場所まで戻る。かなり荒々しくなってしまったので、後ろで俺の背中にしがみついているアステシアが「きゅあ」とか可愛らしい悲鳴をあげていたり、ホワイトが「きゅーきゅー」鳴いていたが気にする余裕はなかった。

 胸を押し付けられているから、不可抗力で……本当に不可抗力で当たってしまうかも!!などと思っていたがそんな事は無かった。俺が鎧を着てるから当たり前である。守備力高いね!!(涙

 まあ、元々、推しのおっぱい、略して推っぱいを楽しめるかな? なんて思ってないけどな!!



「うう……怖かった……」

「きゅー……」

「飛ばしたからな、ゆっくり休んでいてくれ」



 すっかり疲れ切っている二人に声をかけて俺は本陣の方へと向かう。いくつかのテントのような天幕が建てられており、その中で一番立派なもの中に入ると、そこではカイゼルが数人の兵士たちに指示を飛ばしていた。

 俺が入ってきたことに気づくと彼は敬礼をする。



「ヴァイス様!! お待ちしておりました」

「カイゼル!! 今戻った。氷魔法を使える連中の一部をロザリアのいる場所へ向かわせてくれ、場所はここに書いてある!! それで、現状はどうだ?」



 カイゼルに指示を出しつつ俺は、彼から現状のかかれた書類をもらって目を通す。やはり……相手の進行予想ルートはゲームと同じである。戦争のタイミングこそ大幅にずれたが、リーダーは同じだからな。そこまで変わらないのだろう。



「偵察の者からの情報によると相手の兵士の数は大体1000人前後ですね、ヴァサーゴのインクレイ領がほとんどです。あとは他の地方貴族がちらほらですね……おそらくヴァサーゴに便乗して我々から賠償金を奪うつもりでしょう」

「もしくは……そいつらも同様に奴隷売買にかかわっているかだな……」



 奴隷売買リストに名前があったのはヴァサーゴのところだけではない。ヴァサーゴと協力して、うちを潰して、全ての奴隷売買の罪を押し付けようという腹だろう。



「うちの兵はだいたい500人前後だったか……ちょうど倍か……なかなかきついな……実際戦ったらどうなると思う?」



 俺の言葉にカイゼルは険しい顔をして唸る。何と答えようか悩んでいる彼に声をかける。



「素直に言ってくれていい。客観的な情報が聞きたい」

「真っ向勝負では苦戦するかもしれません。ほかの地方貴族はともかく、ヴァサーゴのところはブラッディ家ほどではありませんが武官ですからね……彼らの中には有名な騎士もいます。その騎士を倒す事が出来れば、士気を下げることができ、有利に事を進めれると思います」

「負けるとは言わないのか? 正直に言っていいんだぞ」



 俺の言葉に、カイゼルはふっと笑った。その表情には何をばかなと書いてある。俺が怪訝な顔をしていると彼は自慢げに言った。



「私たちは武具も一新していただき兵士たちも増やしてもらいました。その上、ヴァイス様のおかげでブラッディ家と訓練をする機会に恵まれました。それは……とても辛い訓練でしたが、我々の戦力、及び戦略のパターンは大幅に増加したと自負しています。おまけにアンジェラ殿が、ヴァイス様の力になるとおっしゃって何人ものプリーストを連れて来て下さったのです。そこまでお膳立てをしてもらって、たかが二倍程度の敵に負けるなどと言えるはずがないではないですか。変わったのはあなただけではないんです、ハミルトン領の兵士たちも変わっているのですよ」



 そう言い切るカイゼルの俺を見る目には、最初に会った時の不安はかけらもなかった。この目はロザリアが俺を見る目と同様ここから信じるものを見る目だ。

 俺はただこれからおきるであろうハデス教徒たちとの戦いに備えていただけなのだ。彼にこんなに信用されるような事をしていたのだろうか? 少し不安になっていた時だった。伝令の兵士が入ってくる。



「ヴァイス様、魔法部隊がロザリア様の元へと向かいました。また、そろそろ敵が指定の地点に来ますのでご準備を!!」

「ああ、ありがとう、ちょっと聞きたいんだが、魔法部隊は俺の命令を不服そうに思っていなかったか? こいつ何をいきなり言ってるんだみたいな?」



 俺の言葉に伝令はきょとんとした顔をして返事をする。



「いえ、そんな事はないですよ。皆さん、ヴァイス様が突拍子もない事をするのには慣れてますから。そして私達ではわからないけれど、必ず意味があることも……急にブラッディ家との令嬢とデートに行ったと思いきや、神霊の泉を見つけてきた上にブラッディ家との訓練の約束を取り付けてくださいましたし、ふらっとメイドと旅に行ったと思いきや、優秀なプリーストを仲間にした上に我が領土の奴隷売買組織に関する情報を持ってきてくださって治安の向上になりましたからね、今度は何をするんだろうってむしろみんなわくわくしてましたよ」

「しかも、それらの突飛な行動はアイギス様やアステシアを救うためのものだったのでしょう? 合同訓練の時にラインハルト様が、兵士たちの治療に来ていた時にアンジェラが、ヴァイス様をとてもほめておりましたよ。あなたは人のために頑張れる方だと……ですから、今回の指示も私たちのためなのでしょう。あなたは自分で思うよりもずっと、みんなに信頼されているのですよ」



 伝令の言葉をカイゼルが引き継ぐ。俺は領主としてどうなんだよと思う行動ばかりしていたが、ちゃんと皆は評価をしていてくれたらしい。

 その事に俺は胸が熱くなるのを感じる。民衆の忠誠度はまだまだ低いけど直接かかわる事の多い兵士たちは俺の事を信頼してくれきているのか……



「そうか……この戦いに勝ったらみんな祝宴でも上げよう。絶対に勝つぞ」

「「はい!!」」



 そうして、戦いの火ぶたは落とされた。ありがたいことに兵たちの士気は高い。多少の数の差なら何とかなるだろう。あとはハデス教徒があまりいなければいいのだが……










「それにしてもなんで俺が同士でもない、地方貴族の元で戦わなきゃいけないんだ……ああ、家でペットをモフモフしたい……」



 スタークは周りに同じハデス教徒しかいないことを確認してからぼやく。自分の加護はかつて救ってくださったハデス様のための力になるために、得たものだ。ハデス様のために働きたいというのに……

 戦場には貴族の兵士たちに紛れて、見知った顔が何人かいる。動員されたのが自分だけでないのが救いだろう。



「そう、ぼやくな。ここの領主は利用価値があるし、相手は最近力をつけてきたヴァイスとか言う領主なのだろう? そいつは、我々を邪教などとほざき、ブラッディ家と共に迫害したからな。何としても滅ぼしたいのだろうよ。ほら、クッキーを焼いたんだ。甘いもの好きだったろ? これでも食って気分転換をしろ」



 苦笑しながら手作りのクッキーを渡してくれたのは、ガタイの大きいスキンヘッドの男である。彼の名前はザイン。加護による強化された魔法と剣を操るハデス教徒の幹部の一人で『虐殺者』と呼ばれている。

 もらったクッキーを齧ると、口の中で甘みが広がりストレスが少し和らいだ気がする。外見に似合わない趣味だが、彼のお菓子は子供達にも評判が良く、よくせびられて作っているだけはある。



「とは言ってもやる気がおきませんぜ……だって人数もこちらの方が多いんですし、俺やザイン様のような加護持ちもいるんでしょう? ただの兵士たち何て相手になりませんよ」

「お前なぁ……ハデス様は俺達をいつでも見てらっしゃるんだ。なまけたら天罰が下るぞ。それに、十二使徒の一人が死んだんだ。今回活躍すれば俺達が昇進するチャンスだってあるかもしれない。あと…お前は特別な任務を命じられているのだろう?」

「まあ、俺の加護は貴重ですからね。といっても俺も任務は保険ですよ。戦争に勝ちさえすれば関係ありやせんし、ザイン様が雑魚共を虐殺してくれるんでしょう?」



 ザインの言葉にスタークはにやりと笑う。今回の仕事に関してはあまりやる気はないが、頼られていると言うのは嬉しいものだ。ついでに給料が上がったらもっと嬉しいし、ハデス教徒内での立場も上がったらもっと嬉しい。



「キャンキャン!!」

「おい、ご主人様が呼んでるぞ。くだらない事言ってないで働くんだ。あれの始末もできてるか確認しとけよ」

「いやいや、俺が主人ですって……やっと、ご飯の時間が終わったみたいだな。たべ残したら処理がめんどくさいからなぁ……骨まで喰ってくれているといいんですけどねぇ……」



 ザインの軽口に返事をしながら天蓋の外へと行くと、狼のような動物が待っていた。魔狼という通常の狼よりも1.5倍ほど巨大で、鋭い牙を持った魔物である。

 普段は群れで行動し、旅人を襲う恐ろしい魔物なのだが、それが嘘のようにこっちに向かって尻尾をふってやってきた。



「おー、よしよし、美味かったか? ちゃんと骨も喰ったな」

「くぅーん」



 スタークが撫でると魔狼は嬉しそうに鳴いて、じゃれついてくる。本来だったら魔狼が人に懐くことはない。それを可能にしているのがスタークがハデス神からもらった加護『テイム』である。

 スタークは魔狼が満足するまで撫で続けてやり、先ほどまで喰っていたものの残骸を見る。そこには鉄の匂いと、共に餌が着ていた服の残骸が残っている。ぱっと見上質な布だが、興味本位に自分たちにちょっかいをかけたのだしょうがないだろう。

 


「あー、でも、こいつなんか偉そうだったなぁ……バレたら言い訳めんどくさいなぁ……」



 こいつは、スタークたちがお祈りをしていると「戦いの準備はまだか」などと偉そうに注意をしてきて、イラっとしてたら魔狼が空気を読んで、物理的に黙らせてくれたのである。

 正直ハデス様の素晴らしさがわからない異教徒の価値なんて、紙屑と同じなのでどうでもいいが、こいつらと一緒に行動している以上、ばれたら面倒な事になるのだろう。



「くぅーーん」

「ああ、別にお前が悪いわけじゃないんだ、へこまないでくれ」



 スタークの感情を読んで申し訳なさそうな魔狼を慌てて慰める。彼はあくまで後方支援と、非常時の任務のためにいるので戦場には出ないのだが、それもあって魔狼はストレスがたまっているのだろう。

 ザイン様に活きのいい餌をもってきてもらおう。できれば女か子供がいいなぁ……こいつの好物なんだよな……そう思いながらスタークは魔狼を撫でるのだった。




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カイゼルさんの久々の出番……推しキャラ救ってたら、兵士の好感度も上がっていたぜ!!


 そして、ハデス教徒はクソしかいねえ……


ちょっとテンポ遅くなりましたが次の話からヴァイス君の活躍ターンになります。よろしくお願いします。



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