第93話

「ピュラーともう一人は……」

「かつての私の冒険者仲間で、ベアトリクスといいます。今は……パンドラに命を救われて、部下になったようです。かつては卑怯な手を嫌っていたのですが……」

「うふふ、部下だなんて……私はパンドラ様の剣となったのよ。パンドラ様がほめてくれるなら私はどんなことでもするわ」



 まるでハデスの事を語るパンドラのようにどこか恍惚とした表情で、ベアトリクスとやらはおっぱいサンダーを喰らって気を失っているパンドラを見つめる。

 おそらく、こいつが従者か。ロザリアの冒険者仲間ということはそれなりに強いだろう。だが、それ以上に厄介なのが……

 俺と視線があったピュラーが、以前と同じようにまるで、恋する乙女のような表情で可愛らしく微笑んでくる。



「ヴァイス様、先ほどは熱い時間をありがとうございました。あなたに抱いていただけなかったのは残念ですが、ピンチになったパンドラ様を助ければきっとほめていただけるでしょう」



 ベアトリクスと同様に、恍惚とした表情でパンドラを見つめるピュラー。その姿はまるで恋する少女のようだった。俺達を騙したと言うのに一切の罪悪感を感じた様子もなく、彼女はこれまで通りにせっしてきやがる。

 そして、何よりも気になっているのは、彼女の周りで熱い視線を送っている子供たちだ。男女問わず魅了されていやがる。女性すらもここまで魅了するなんて……見張っていた女兵士たちも同様に魅了されてピュラーを逃がしてしまったのだろう。ステータスは見ていたが、ここまで強力だとは思わなかった。



「おっと、皆さん動かないでくださいね。この子たちの心は今や私のものです。彼らは私を守ってくれるそうですよ。ねー、みんな?」

「「はーい」」



 子供たちが、元気よく声を上げる。その姿はあまりにも異常で俺はゾッとする。そして、背後で先ほどから何もしゃべらないアステシアが心配になり視線を送る。



「……」



 彼女は何かを見極めようとするかのように、ベアトリクスとピュラーを見つめている。その表情は……どこか、ゲームの時の闇落ちしていた彼女と被り俺の胸を嫌な予感がよぎる。



「ベアトリクス!! 人質まで取ってどうするつもりですか? まさか、私たちに殺しあえとでも言うんじゃ……」

「心配しなくてもいいわ。私たちが逃げるのを見逃してくれればいいだけよ。真の力を解放したパンドラ様をここまで追い詰めるあなたたちに勝てるとは思えないし、あなたは人質よりもヴァイスをとるでしょう?」

「それは……」



 ロザリアが言葉を詰まらせていると、無表情なアステシアがすっと前に出る。てっきり、子供たちを人質に取られて激高するかと思いきや、冷静でいてくれるのはありがたいが、それが逆に嫌な予感を感じさせ思わず呼びかけてしまった。



「アステシア。大丈夫か?」

「ええ、問題はないわ。それにロザリアも気にしなくていいのよ。人の価値は平等ではないもの。あなたにとってのヴァイスと子供たちがどっちが大事かなんて答えなくても知ってるわ。それで……嫌がっているのにしつこく仲間に誘われる私と、犬のように尻尾をふっていても、大して大事にされないあなたたちとどっちの価値がパンドラにとって上かしらね?」

「なんですって……? パンドラ様は私たちを頼ってくださっているんだ!!」

「そうです。パンドラ様は私たちの事を大事に思ってくれています!!」



 アステシアの言葉にそれまで余裕ぶっていた二人の様子が一変する。彼女は激高する二人に対してふっと笑う。それはいつか見せてくれたぎこちないものでなく、最初に出会ったときに見せた冷酷な笑みだ。



「そうなのかしら? 私だったら本当に大切な人を危険にあわせたりはしないわ。ねえ、ピュラーあなたはパンドラになんて命令をされたのかしら?」

「それは……ヴァイス様に恋をして魅了しろと……ですが、それは私の能力を信じてくれたからです。私のサキュバスとしての力ならばあなた達を騙せると……」

「ふぅん、万が一正体がばれたらどうなるかわからないのにね……まあ、いいわ。ベアトリクス。あなたはなんて命令をされたのかしら?」

「ふん、私は信用されているわ。だから、今回のロザリアの件も一任してもらえたのよ。まさか、武装した二人に絶対手を出すなと命令していたのに逃げられるとは思わなかったけど……」

「え? 私はハデス教徒の方に暴行をされそうになりましたが?」

「は……?」



 ロザリアの言葉にベアトリクスが間の抜けた声を上げる。だけど、そんなことはどうでもいい。ロザリアに暴行をしようとしただと……こいつら絶対ゆるさない!!

 ダインスレイブを抜こうとした俺の手を優しくアステシアの手がおしとめる。目があうと任せとけとばかりにうなづくので俺はしぶしぶ剣を収める。



「ふふ、大した信頼感ね。かたや捨て駒のようにおとりに使われて、もう片方は信用されていないのか、別の命令を出されている何て……」

「お前!! これ以上パンドラ様を侮辱するのは……」

「勘違いしないで、私が侮辱しているのはパンドラとかいう狂った女じゃないわ。あなたたちの関係性よ。それと……一つ聞きたいことがあるのはあなたたちは彼女に名前を呼ばれたことがあるかしら?」

「「う……」」

「どうやら薄々と感じていたようね。自分たちがどう思われているかを……」



 アステシアが嘲るように笑うと何がクリーンヒットしたのかはわからないが、二人は押し黙る。そして、険しい顔をしたベアトリクスが大声をあげる。



「ピュラー。こいつと話していると頭がおかしくなるわ。さっさと逃げるわよ」

「……そうですね。子供たちよ。私のために時間を稼いでください。あの人たちに抱き着いていただけますか?」

「「はーい」」



 ピュラーの言葉と共に、子供たちがこちらへと駆け寄ってくる。その目に敵意はなく、まるで、親の言うことを聞く無邪気な子供のようだ。

 そして、ただ抱き着いてくる子供相手に俺たちは反撃をすることもできない。



「ねえ、べアトリクスだったかしら? あなた……もしもパンドラが、あなたたちの事を何も思っていないのだとしたら、あなたも自分の欲望のままに行動してもいいんじゃないかしら? だって、あなたもハデス教徒で、パンドラはハデス教徒の教えを信仰しているのよ。批判されるいわれはないでしょう?」

「な……?」

「どうしたんですか、早く行きましょう。時間稼ぎもいつまでもつつきませんよ」



 アステシアが子供たちを優しく抱きかかえながらベアトリクスに言った。するとベアトリクスは、まるで天啓を得たとばかりに目を見開いて……ニヤリと狂気に満ちた笑みをうかべたのはのは気のせいだろうか?  

 その光景を不思議に思いながらも、俺はこちらに抱き着いてくる子供たちを傷つけないように影で拘束する。

 そして、俺はあいつらが背中を見つめダインスレイブを抜いて……ロザリアを見つめる。



「彼女とはすでに袂をわかちました。大丈夫ですよ、ヴァイス様」

「わかった。なら遠慮はしない」



 躊躇なくダインスレイブを振り下ろすと圧倒的なまでの光量が解き放たれてパンドラたちを襲う。悪いが、俺は正義の味方のような主人公でも、十二使徒を逃すほどお人よしではない。背後から襲撃するのだって躊躇はしない。

 だって、あいつらは俺の領民を人質にとり、ロザリアやアステシアを傷つけた。許すことはできない。



『神よ、我をまもりたまえ!!』



 しかし、俺の一撃は不可視の結界のようなもので受け止められた。爆音と共に砂煙が舞い、それが晴れるにはやつらはどこにもいなかった。

 パンドラが最後の力を振り絞ったのだろう。



「くっそ、逃がしたか!!」

「安心なさい。あの威力では完全に受け止めることはできなかったと思うわ。相当な傷をおったはずよ。それに……あいつらも、もう今まで通りには行動できないはずよ。楔は打ったもの」



 パンドラたちが姿がいたところを見つめるアステシアは、何やら複雑そうな顔をしていて……俺は彼女がどこかにいってしまいそうで、思わずてを掴んではなしかける。



「アステシア、大丈夫か? パンドラになんか変なことをされたんじゃ……」

「ありがとう、ヴァイスは本当に優しいわね……あなたがいたから私はああはならなかったんでしょうね……あとで話があるんだけど、色々落ち着いたら私の部屋にきてくれるかしら」

「ああ……もちろんだ」



 色々と気になる事はあったが、今は答える気はないのだろう。俺はアステシアが自分を抱きついている子供たちに治癒魔法をかけはじめるのをみつめることしかできなかった。




 子供たちの治癒が終わり、部下たちにパンドラたちの捜索(見つけたら絶対手を出すなと言明してある)、町長の反乱の後始末を終えて、俺はアステシアの部屋を訪れていた。彼女に感じた違和感がどうしても気になる。



「失礼するぞ」

「ええ……待っていたわ」



 彼女の元に行くと、コップが二つある。そして、緊張している俺をからかうように彼女は言った。



「今回は毒は入っていないから安心しなさいな」

「そう何度も毒を盛られてたまるかよ!!」



 思わずつっこむと彼女はクスリと笑った。よかった、いつものアステシアに戻ったか……と一安心した俺を予想外の言葉が襲う。



「ヴァイス……私、ハデス十二使徒に選ばれたかもしれないわ」

「は?」


 彼女の言葉に俺は思わず間の抜けたこと出した。





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アステシアさんはどうなってしまうのか……

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