第98話:勇者フィンと賢者ケント

 体中に走る痛みをこらえながらも立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。そんな僕を助けるように、勇者様が腕を掴んで引き上げてくれた。


「でも、どうしてここへ……」


「ん? 森の奥から大きな音がしたからね。今日はケントが狩りで向かっていたし、何かあったのかと思って走ってきたんだ」


 危ないところだったからよかった、と屈託のない笑顔で言う勇者様。

 そんな彼に対して、僕は彼のその行動が信じられなかった。


 だって、あんなこと言ったあとなんだぞ?

 普通なら、そんな嫌なやつのことなんて放っておくのが当たり前なはずだ。


 誰だって、自分に対して嫌なことをするやつを助けてやろうなんて思うわけがないんだ。


「何で、僕を助けたんですか……」


「? 仲間を助けるのは当たり前だよ?」


「っ……何で、そんなことが言えるんだよ……! あれだけ言われて、ムカつかなかったのか……? 普通嫌なやつだと思って嫌いになるだろ!? こんな嫌なやつ、勝手に死んだところで君には関係もないはずだ!?」


「でも嫌なやつは、わざわざ木の実を置きに戻ったりはしないだろ?」


「っ――」


 ほらこれ、と勇者がふところから取り出したのは、今朝僕が洞窟に置いて行った木の実だった。


「ケントがこれを持ってきてくれたおかげで、朝から元気に水汲みに行けたんだよ! と、途中ちょっとだけ零したりもしたけど、それでも君に頼まれていた仕事はできたはずだ! うん! 拠点は壊れていない!」


「……どうして、お前はそんな風に言えるんだよ」


 ふと口に出した言葉は、僕の紛れもない本心だった。


 何で僕をそんな目で見れるんだ。

 そんな、信頼しているような目で見れるんだ。


 出し抜いて、あわよくばこいつを勇者の座から引き摺り下ろそうとしていた僕にとってこいつは目に毒だ。


 俯き、彼の言葉を待つ僕。

 そんな僕のことをまるで無視するかのように、彼は僕の肩に手を置いたかと思えば両頬を挟んで無理やり顔を上げさせた。


 目の前の彼は、視線を合わせて再び笑って見せた。


「ケントは、一緒に魔王を倒す大事な仲間なんだ。僕は魔物を倒すのは得意だけど、それ以外のことはちょっとだけ苦手でね。だから、ケントが仲間としてついてきてくれるのは僕にとってすごく嬉しいんだよ!」


 それに、と彼は続ける。


「勇者関係なく、友達を助けるのに理由なんていらないでしょ!」


「……友達、かぁ」


 その言葉に思わず呆けてしまった僕だったが、いつまでも黙ったままの僕を見て「あ、あれ、そう思ってたの僕だけだったかな!?」とあたふたとする勇者様。


 先ほどまで自信満々だった彼の姿との違いに、思わず苦笑の笑みを浮かべてしまう。


 ああ、なるほど。

 そりゃあ、勇者に選ばれるわけだ。


 僕が変わったところできっとこんな風にはなれないし、こんな真っ直ぐな目で言い切れるとは思えない。


 勇者フィンは、なるべくして勇者になったんだ。


「まったく……敵わないな、こりゃ」


「や、やっぱり友達と思っていたのは僕だけだったのか……!?」


「そんなこと誰も言ってないだろ。それよりさっきぶっ飛ばした魔物が、絶対許さないみたいな目でこっちを見てるぞ」


 ほれ、と先ほど指さしてみれば、僕の魔法でも傷一つ付いていなかった白い魔物が体に傷を作って立ち上がっていた。

 その目は、先ほどの見下すようなそれではなく、魔物本来の憎悪で染まった凶悪なそれだった。


「そうだね。ケントは離れていてくれ。すぐに片付けるよ」


 腰の聖剣を抜いて構えると、僕を庇うように前に立つ。

 だが、そんな彼の言葉は無視して、僕も杖を構えて並び立った。


「ケント……?」


「魔王を倒す仲間、なんだろ。今後は一緒に戦うことになるんだ。支援は任せろよ、


「! あ、ああ!! 任せてくれ! 僕は魔物を倒すのは得意だからね!」


 行くぞぉ! と駆け出すフィンに、『身体強化』と『五感強化』の魔法を重ね掛けると、続けて速度重視の『電撃』の魔法で魔物の動きをけん制する。

 フィンの聖剣と巨大な爪で打ち合う魔物の進行方向を予測してやれば、それだけで動きづらくなるだろう。


 しびれを切らして先に僕から始末しようと動く魔物も、その動きすらフィンによって阻まれる魔物。


 そしてフィンが聖剣を上段に構えたことで危険を察知したのか、魔物がバックステップで下がろうとしたのを僕は見逃さなかった。


「『土壁』」


 呪文を唱えず瞬時に練り上げた魔力で魔物の背後の土に魔法をかければ、その瞬間に土がせり上がって壁となる。

 勝負所と見てかなりの魔力を込めた壁だ。そう簡単には壊れない。


「ッ!?」


 後ろに下がろうとして退路がないことに気付いたのか、明らかに動揺して背後をみた魔物。

 後ろ足で蹴り壊そうとしていたが、その程度ではその壁は壊せない。


 そしてその場から逃げられない時点で、お前はもう詰みなんだよ。


「ハァッ!!」


 聖剣による銀の一閃が魔物を切り裂く。

 聖剣は切れ味が良い頑丈な剣であることは事実であるが、それが聖剣の特徴ではない。


 その本質は、魔力の澱みを正す力。


 要は魔物を斬れば、魔力の澱みから生まれた魔物はただの魔力へと還ってしまうのだ。


 魔力の粒子になって消えていく白い魔物を見ながら聖剣の力について思い出していると、すぐ近くまで歩み寄って来ていたフィンが「ケント!」と呼び掛けてきた。


「お疲れケント! ふふっ、僕たちいい仲間になるんじゃないかな!」


「……そうだな。並び立てるように、頑張るよ」


「? さっき一緒に戦ったじゃないか。僕と君の二人で倒したんだよ?」


 なー聞いてる? と俺の周りを回って顔を覗き込んでくるフィン。

 そんな彼に対して、聞いてる聞いてると適当に返事をしながら拠点を目指して歩き出した。


 今はまだ、こいつに並び立てるほど僕は強くもないし、相応しいとも思っていない。


 なら、変わらなくちゃいけない。

 このお人好しの勇者様と共に戦うのにふさわしい仲間にならなくちゃならない。


 じゃないと、僕が納得できない。


 ……そうだな、まずは一人称を変えるところから始めてみようか?


「ねぇケント、聞いてるのかい? 僕たち友達だよね!?」


「聞いてるって言ってんだよ。それと! 友達なのはわかったから。これからよろしく」


「! ああ! よろしく!」







「おいこらフィン。何で洞窟の拠点がボロボロになってんだ? あ?」


「……い、いやぁ。洞窟って、ぼこぼこしてて痛いでしょ? ちょっと削ってみようかなって思ってさ……」


「おいこらまさかそれ聖剣使ってないだろうな?」


「と、友達なら許してほしいなぁ……なんて……」


「許す訳ねぇだろうが! とりあえずもっかい座って反省しろ!」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、岳鳥翁です。

何か書くのが楽しくて、思っていた以上に伸びてしまったサバイバル編。これにて完結。

でも過去改装はまだ続くから、白神ファンはもうちょっと待ってね!!


面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!

やる気とモチベーションに繋がりますので是非!

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