異世界賢者と過去と今
第75話:賢者は冬の始まりを実感する
色々とあった体育祭が終わり、すでに肌寒さすら感じるようになった11月末のことだ。
後一か月もすれば年末年始に差し掛かる今日この頃。中等部三年生と高等部三年生がちょうど修学旅行で不在でいつもよりも人気のない孔雀館学園であったが、それでも変わらず日常が続いている。
キースのこともだいぶ落ち着き、俺自身女子たちから敵意を持ってみられることも少なくなってきたことはありがたい限りだ。
「やべぇよぉ~……もうすぐだよ……もうすぐきちまうよぉ~……」
「朝から何を嘆いてるんだ、田村」
そんな中、前の席に座る田村は急にこちらの机に項垂れてくると、まるで井戸から出てきた幽霊のような面持ちで言葉を零していた。
「津江野……知ってるか? もうすぐ来ちまうんだよ……」
「来る? 誰かここに来るのか?」
「そうじゃねぇよ! あれだよ! 俺たちモテない男子にとってもっとも忌まわしきイベント、クリスマスだ!!」
「……ああ、そうか」
そういえば、もうそんな時期かと考える。
12月にはいれば、そういった季節の行事に積極的な人たちには騒がずにはいられないイベントだろう。
教室の声にそっと耳を傾けてみれば、チラホラとそう言った話が上がっていることが伺える。どこか出かけるのか、プレゼントはどうするのか、恋人と過ごすのか、6時間云々と……思っていた以上に盛り上がっている様子。
「すでに俺たちも高等部二年だ。それなのに、何故まだ彼女がいない……!? 俺の将来設計によれば、すでに彼女の3人や4人できているはずだったのに……!?」
「それはそれでどうかなと思うぞ」
後ろから刺されて首だけになった田村が、最終的に海へと流されていくところまで容易に想像することができた。
「まぁクリスマス何て過ごし方は人それぞれだろうよ。別に楽しけりゃ、野郎でゲームしてバカ騒ぎでもいいと思うがな」
「……だよなっ! 津江野、お前ならそう言ってくれるって、俺は信じていたぜ!! そういうことなら話は早い! 実はクリスマスイヴの夜、俺たち彼女いない連合で集まってリア充爆破大戦と言うゲームをやる計画が――」
「あ、すまん。後輩のクリスマスパーティーに参加するからパスで」
俺の言葉で勢いづいた田村が、すごく行きたくないと思わせる催しへ誘ってきた。
だがしかし、すでに白神からの誘いで予定を埋めてしまっている。
つい昨日のことだが、同好会の活動中に誘われたのだ。断ろうと思っていたのだが、どうしても来てほしいというあまりにも必死な頼みに負けて仕方なくこれを了承。
なお、何も予定がなかったとしてもその催しには参加していなかったと思う。うん。
「……なあ、津江野。後輩ってのは、例の同好会の後輩ちゃんのことか?」
「は? あ、ああ……そうだな。というか、俺に後輩なんて同好会の奴しかいねぇぞ?」
「裁判長、判決を」
「は?」
「「「「「「「「
「は!?」
いつの間にか10人近くの男子生徒に囲まれていた俺は、この野郎とばかりにもみくちゃにされた。
最近で変わったことと言えば、この男子達との関係もそうだろう。
キースとのリレー勝負で色々とあったとはいえ勝利を収めた俺は、一部の男子達とかかわりを持つようになっていた。
といっても、俺からというわけではなく向こうから勝手に関わってくるような形ではあるが。
基本的に田村以外のクラスメイト達とあまり関わってこなかった俺からすれば、これは大きな変化だろう。
おかげで以前よりももっと周りが騒がしくなったように感じている。
だが、在りし日の仲間達との喧騒には及ばないが、これはこれで心地よかったりもする。
「おいこらお前ら、一回落ち着け……おい誰だ今俺のズボンに手をかけた奴はっ倒すぞ!?」
◇
「たくっ……酷い目にあった……」
皺になった制服の裾を伸ばしながらその日の授業を終え、放課後。
最終的には「女の子を紹介してくれぇ!」という嘆きの声を全て突っぱねて教室から出てきたのだった。
というか俺の紹介の場合、白神を通した中等部くらいしかないというのに。キースの二の舞だぞお前ら。
「でもまぁ、青春してると言えばそうだよな……ん?」
またいつものように旧館へと向かうのだが、その道中旧館の付近で男子生徒と女子生徒の姿を見かけた。
雰囲気からして逢瀬……というよりは告白だろうか。
ギクシャクして動きの固い男子生徒が女子生徒に向かって必死に話をしているのが見て取れる。
「またやってんなぁ……」
先ほどの田村たちとの話に合ったクリスマスが近いからだろうか。
ここ数日で校舎内のあちこちでこういった現場は目撃されている。クリスマスまでに恋人がほしい生徒が活動的にでもなっているのだろう。
孔雀館学園の制服は高等部と中等部でズボンやスカートの色が違うのだが、見たところ両者ともに中等部。女子生徒は後ろ姿しか見えないためわからないが、男子生徒は赤色のネクタイをしているのをみるに今年入学した1年生だろう。
すごいな、中等部1年で告白とかするのか、とその行動力に感嘆する。
「……まぁ、邪魔するのは悪いしな」
あの現場に割って入るほど、俺も無粋ではないつもりだ。
例え告白を受けているのが、見慣れた
同好会も決まった時間に活動をしなければならない、なんてルールもないため俺はしばらくの間学園内を散歩することにした。
やがて運動部が活動する傍らの道で都合よく自販機とベンチを見つけた俺は、適当にペットボトルの飲料を一つ購入してベンチに腰を落とした。
飲みきったら旧館へ向かうことにしよう。
「あれ? もしかして津江野先輩ですか?」
ボーッと空を見上げながら購入した飲み物に口をつけていると、不意に視界の外から名前を呼ばれた。
みるとそこには何かの用事の途中だったのか、両手に荷物を抱えた赤園少女の姿があった。
「やっぱり! こんにち……あれ? 夕方ってこんばんはでしたっけ?」
「……陽が落ちてないから、こんにちはでいいと思うぞ」
「ですよね! こんにちは! 津江野先輩!」
そう言ってニコニコと笑みを浮かべた彼女は、俺の隣の空いたスペースに両手に持った荷物を置くと「ふぅーっ!」と額の汗をぬぐいながら息を吐いた。
赤園ねね。
中等部の2年生で、白神の先輩にあたる少女だ。一見すれば元気な女の子ではあるのだが、その正体は
そっと彼女に目をやってみるが……どうやらあのハムスター妖精はいないようだった。
その事実に、俺はホッと内心で胸を撫で下ろす。
あれがいると、些細な言動からこちらの正体を勘繰られる心配がある。青旗少女が相手であっても、変に疑い深かったりするため勘弁していただきたい。
白神もあれはあれで魔法が効かないというチートである。そのため、
暗示を使わなくても誤魔化せば信じてくれそうだからね。
「津江野先輩はこんなところでどうしたんですか?」
「ああ……休憩、かな? ちょっと旧館には入れそうになかったから入れるようになるまで散歩中だ」
「入れない? 掃除とか何かですか?」
「いや、たぶん告白の現場だなあれは。そんな現場の傍を通って邪魔をするほど俺も無粋じゃないよ」
俺の言葉に「告白ぅっ!?」と目を輝かせて興味津々な様子の赤園少女。しかしその直後、彼女は「あれ?」と首を傾げた。
「津江野先輩。その告白の当人って、もしかして夕ちゃんじゃありません?」
何か夕ちゃんが呼び出されたとか言っていたような……などと呟きながら考える赤園少女の問いに、俺は首肯する。
「……まぁそうだったかもな」
「そうだったかもな……じゃなぁーい!」
グワッ! と俺の目の前まで詰め寄ってきた赤園少女に驚いて思い切り体を仰け反らせる。
幸いベンチが倒れるようなことにはならなかったのだが、それ以上後ろに反らせない俺に更に詰め寄った赤園少女は「なぁーんで止めに入らないんですかぁ!」と怒り心頭なご様子。
何故俺は中学生の女の子にこんなに怒られているのだろうか。
「いや、そうはいってもだぞ? 告白何て当人同士の問題に第三者が介入するべきじゃないだろう?」
「甘いです先輩。そんなことじゃ、夕ちゃんの結婚式に『その結婚ちょっと待ったぁー!』って乱入できないじゃないですか!」
「どんな状況なんだそれは?」
いったい何をどうしたらそんな仮定の話が出てくるというのか。というか何だその漫画とかアニメの中でしか聞いたことのないような状況は。白神が対象なのもちょっと待てと物申したい。
「とーにーかーく! 速く行って止めるべきですよ! その方が夕ちゃんも喜びますから!」
「残念だけど、見かけたのは少し前だ。あの様子ならもう終わっている頃だろう」
「何でその時に乱入しなかったんですか! 先輩のヘタレ!」
「君それ先輩に対してなかなか酷いこと言ってるって自覚ある?」
うがぁー! と乙女らしからぬ声をあげて頭を抱える赤園少女。
そんな彼女は少しすると落ち着きを取り戻したのか、顔を上げるとベンチの空いたスペースに座り込んだ。
「用事は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。少しくらい遅れても舞ちゃんは許してくれます。それより、津江野先輩は、夕ちゃんのことどう思ってるんですか?」
突然問いかけられたその言葉の意味について一瞬だけ思考を巡らした。
いったい、彼女はどのような意図でその答えを聞きたいのか。それがわからない程、俺も愚鈍であるつもりはない。
「大事な後輩だよ」
「それだけですか?」
「それだけだよ」
きっと彼女が聞きたい答えはこれではないのだろう。何となくではあるが、彼女らの思いについて考える部分もある。
が、しかしだ。いつかいなくなるかもしれない人間にそんな大きな感情を向けてもいいことはないだろう。
「……そうですか」
「うん、そうだね。さて、それじゃあ俺はそろそろ旧館に向かうことにするよ。君も怒られないように急ぐといいよ」
じゃあこれで、と空になったペットボトルをゴミ箱に投げ入れてその場を去る。
少し長く話しすぎたせいか、陽が落ちるまでそんなに時間がなさそうだ。冬の昼は短いものだ実感する。
その後、俺が来ないからと鍵のかかった同好会の部屋の前で白神と合流した俺は、今度合鍵を作って渡すことを約束するのであった。
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どうも、岳鳥翁です。
筆が載って導入の1話ができたので投稿しました。
いや閑話で本編開始まで今しばらくお待ちをとか言ってたのどこの誰なんですかね。
感想やレビュー、ブックマーク等々お待ちしております!
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