第76話:賢者と湯呑と後輩と

 なんやかんやと言ってる間に、もう12月も半ばである。


 学生という身分に等しく訪れるテストを本日無事に(暗示で教師をちょちょいのちょいして)突破した俺は、さてさてどうしたものかと窓の外を眺めていた。


 前の席や教室のあちこちから「ハハッ……ゲームタノシミダナー」という悲壮感溢れる嘆きが垂れ流しになっているものの、おおかねクラスは通常どうりに動いている。


 担任の解散の合図で教室から人が減っていく中、俺もそれに続いて旧館へと向かった。


「結構冷えてるな……」


 この時期にもなると吹く風は容赦なく体から体温を奪っていくため、防寒具は必須の代物となる。

 男子はズボンだからまだマシかもしれんが、女子はよくこんな寒さの中をスカートで我慢できるな。一部の派手な女子に関してはこの寒さの中でもスカートを短く履いているというのだから恐れ入る。


 一応暖房設備として各教室にはストーブが配置されることになっているのだが、一歩教室から外に出ればこんなものだ。むしろ寒暖差で逆にきついまである。


 この程度の寒さなら問題ないとはいえ、皆が防寒具を身に着けている中一人だけ身に着けないのも変に思われたりする可能性もある。

 そのため一応ながら持ってきたマフラーを首に巻き付け、俺は旧館へと向かった。


「ん?」


 いつものように部屋を開けようと鍵を刺したところで、既に空いていることに築いた。

 そう言えばこの間白神に合鍵を渡したっけか、と思い返して扉を開けると、案の定そこには白神の姿があった。


「せ、せせせせんぱいいいいほ、ほほほんじつはおひがらもっ、よくぅぅうううう」


「……どうした白神!?」


 めちゃくちゃガックガクに震えていた。




「ふぅーっ……お、落ち着きましたぁ……」


「何事かと思ったぞ、まったく」


 ずずずぅーっ、と淹れてやった緑茶を飲みながら机にだらりと体を預ける白神。

 どうやら寒すぎて凍えそうだったらしく、彼女が普段から言うレディの姿はどこにも見当たらなかった。


「そうはいってもですね? 何でストーブがないんですか……普通はどこの部室にもあるって聞いてますよ?」


「簡単な話、うちは部じゃなくて同好会だからな。特別にここを貸し出されているし、流石にストーブまで贅沢なことは言えなかったんだよ」


 もちろん嘘である。

 暗示で無理やりここの使用許可を出してもらっているため、借りるのに申請が必要なストーブという不確定要素は排除するに限る。

 いつ誰が申請リストを見るかもわからんし、勝手に借りてもそれはそれで数が合わない! とかの話になれば面倒くさいからだ。


「う、うぅぅぅ……いっそ舞さんに直談判してどうにかストーブを……」


「絶対にやめておきなさい。それより、ほれ。カイロでも握って温めておけ。それと、俺のマフラーでも膝の上に置いておくといい。多少はマシになるからな」 


「はふぅ……」


 カイロを握ると更にだらしのない顔で机に溶けている白神。

 そんな彼女にほれ、と俺が使用していたマフラーを畳んで渡してやる。


 しかし受け取ったというのに白神は一向にそれを膝に置くことはなく、じっと手にしたそれを見つめていた。


「……? 白神、どうかしたのか?」


「えっ、あ、いやっ! ぜんぜん何でもないですし、何も考えてないですよ!?」


「お、おう……」


 妙に慌てる彼女の奇行に若干の疑問はあるものの、特に気にすることでもないと判断した俺はそのままいつもの読書に戻る。


「……」


「……」(チラッチラッ)


「……」


「……」(チラッチラッ)


「……何か俺に用事か、白神」


 何故か読書中に白神から視線を感じたため、そう問いかけながら顔を上げる。

 すると彼女は、「え゛っ!?」とレディ的にはアウトであろう声をあげて固まり、かと思えば必死に何かをごまかそうと部屋のあちこちに視線をチラホラ。

 ついには下手くそな口笛まで吹く始末だった。


「いや、そのぉ~……きょ、今日は一段と寒いですね……」


「……まぁ、そうだな。予報じゃ、今年一番の冷え込みらしい」


 カタカタと外からの風で揺れる窓に目をやれば、夕暮れの中体を縮こまらせて帰宅する生徒の姿が見られた。

 その隣を汗を流す運動部が入って駆け抜けていくのだから元気なものである。


「せ、先輩は寒くないんですか? その、この部屋結構寒いと思うんですけど」


「……問題はないぞ。このくらいの寒さなら慣れている」


 温かい緑茶にカイロ、それに自前のマフラーと膝上に俺のマフラーを乗せた白神。それに対して制服のみの俺。

 まぁ何で平気なのかと思うのは至極当然のことだろう。


 だが言ってしまえば、この程度の寒さであればまだ温かい方と言えるだろう。

 何せ、向こうの世界じゃこれ以上の極寒の中を旅したことだってある。リンがいなければ、魔王ではなく寒さにやられて勇者パーティが全滅、なんて悲報が全世界に轟いていたことだろう。


「北国の出身なんですか?」


「いや、どちらかと言えばもっと都心寄りの出身だな。単純に寒いのに強いだけだ」


「先輩すごいんですねぇ……私寒いのはちょっと苦手なんですよ」


「ちょっとどころの反応じゃなかったけどな、さっきのは。……それより、まだ寒いなら緑茶も淹れてやるぞ」


「あ、先輩は座ったままでいいです! 私淹れるので。先輩の分も淹れてきますよ!」


 そう言って、こちらが止める前に立ち上がった白神は部屋の隅にセットしていた電気ケトルを手に取ると、少々不器用な手つきで二人分の緑茶を準備し始めた。

 別に俺の分まで用意する必要はないんだがと思う反面、せっかく白神がやってくれているのだからと大人しく待つことにする。


「えへへ……実はこういうの初めてなんでちょっと楽しかったりするんですよ」


「へぇ……まぁ白神は実家があれだもんな。お茶淹れたりはお手伝いさんがやってそうだ」


「はい。なのでちょっと薄いとか濃いとかあるかもですけど、許してください」


「許すも何も淹れてもらってるんだ。文句なんてないっての」


 それはよかったです、と2つの湯飲みをトレーに乗せた白神は少しおぼつかない足取りでこちらへと運んでくる。

 見れば湯呑いっぱいまでなみなみと緑茶を淹れているようで、それを零さないようにと慎重になっているようだった。


 あまりにも心配なため、手伝ってやるかと呼んでいた本を傍らに置いて席を立つ。


「きゃっ!?」


 ちょうど立ちあがった瞬間、白神が悲鳴を上げた。

 何事かと見れば、そこには前方に倒れこむように転倒する白神と宙を舞う2つの湯飲み。


 瞬時に白神がこけたことを理解して魔法を使用しそうになるが、そもそも白神がいる時点で見せらないことに気付いてやめた。


 パシャッ、ゴツッ、と湯呑の中身を頭から被り、うち一つは肩に直撃して残りの一つと共に床へと落ちた。


「大丈夫か、白神」


「……え?」


 湯呑が砕ける音が部屋へと響く中、倒れないようにと支えた白神へと問いかける。

 倒れると思って目でも瞑っていたのか、俺が話しかけて漸く白神はこちらを見上げた。


「あんまり淹れすぎてこけたら元も子もないんだから、今度からは気をつけろよ? 湯呑は……まぁまた買えばいいから気にするな」


「………………」


「……? 白神?」


「……ヒャ、ヒャイ」


「……大丈夫か? 怪我はしてないか?」


 短く可愛らしい声を漏らして縮こまる白神は、視線をまっすぐ此方へと向けながら固まってしまった。

 おーい、と顔の前で手を振ってやると「大丈夫れす……」と明らかに大丈夫ではない様子で立ち上がった。


「そ、それより先輩の方こそ怪我は!? さ、さっき湯呑が体に当たって……しかもびしょ濡れじゃないですか……!」


 タ、タオルを……! と焦った表情で鞄の中を探る白神を尻目に、流石に濡れた服でこの部屋は寒すぎると我慢して上着を脱いだ俺は、自前のハンカチをポケットから取り出して滴る緑茶を拭う。


 やがて「先輩これを……!」とハンドタオルを手渡してくれた白神に感謝しつつも、ハンカチがあるから大丈夫だと言ってタオルを返す。

 それでもと渋る白神であったが、不意に何かを見つけたのか彼女は「先輩それ……」と俺の胸元を指さした。


 その先にあったのは、俺が常日頃から身に着けている赤い宝石のペンダント。

 どうやら、濡れてシャツが透けたことで見えてしまったらしい。


 俺は彼女のその言葉に「ああこれな」と答えながら内心で動揺しないようにと何とか心を落ち着かせるように努めた。


 まさかこんな形で見られることになるとは思っていなかった。

 幸い、白神は魔法が効かないだけであり、魔法関係のものには疎い。あのハムスターモドキがここにいないのは幸いだろう。


 かといって、何の理由もなくこんなものを学生が付けているのもおかしな話だ。特に今迄真面目な先輩と言うイメージがある俺には、それ相応の理由があった方が自然だろう。


 ならここは、当たり障りないくらいの回答で納得してもらうことにしよう。


「これは……そうだな。俺の大事な人との繋がりの証でな。いつか再会するために、ずっと身に着けているものだ」


「え……」


 その言葉でピタリと動きを止めた白神。

 しかし、そんな白神のことは無視して俺は言葉を続けた。


「学生が学校で身に着けていいものではないことはわかってるんだが……あまり教師とかにバレるとよろしくないんだ。黙っていてもらえると助かる」


 軽く頭を下げて頼んでおけば、あまり周りには言いふらさないでくれるだろう。

 そう思ってある程度本当のことを話すと、白神は戸惑った様子で話しかけてくる。


「……えっと、その、先輩」


「ん? どうした、白神」


「その……大事な人っていうのは……えっと……どれくらい大事なんですか?」


「どれくらい? そうだな……例えで言うなら、命を懸けられるくらいには、だな」


「……そう、ですか」


 どこか落ち込んだ様子の白神に首を傾げつつ、流石に濡れたままの状態で活動はできないと今日はお開きにすることにした。

 割れた湯呑の処理をするため先に白神を帰そうとしたのだが、私がやったからと頑なに言われて先に帰ることになってしまった。


 それなら俺も残ろうかとも言ったのだが、白神曰く「これくらいなら一人でも平気」とのこと。

 お茶をまともに淹れたことがないお嬢様が大丈夫なのかとも思ったのだが、あまり言っても逆に気を使わせてしまうことになるだろう。


「それじゃあ、後は頼む。何度も言うが、明日に回してもいいからな?」


「いえ、大丈夫です! 自分の不始末くらい自分で片付けますから!」


「……そうか。なら、あまり遅くならないように気をつけろよ」


 はい! という無理をしたような返事を気にしながらも俺は旧館を出る。

 少しばかり心配なため、明日また改めて様子を見る必要があるなと考えるのだった。


 なお、帰ったらラプスが暖房をガンガンに効かせた部屋でアイスを食ってやがった。

 冷蔵庫にぶち込んでおいた。













「……そっか、私先輩のこと好きなんだ」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


どうも、岳鳥翁です。

またもや筆が載って書きました。日常パートなら、プロットそんなにできてなくても書ける……!! たぶん!!


さて、白神可愛いと思った方、もしくは賢人可愛いと思ったそこのあなた。

感想やレビュー、ブックマーク等々お待ちしております!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る