第77話:白神夕

 私にとって津江野先輩は尊敬できて、嫌な顔一つせず私のオカルト趣味の話を聞いてくれる優しい先輩だ。


 入学して少し経ったあの日。

 私がお目当てにしていたオカルト研究部の部室と間違えて先輩の黒魔法研究同好会へと赴いてしまった私は、本棚に所狭しと並べられていた本に目を奪われた。


 世界中のオカルト関係の本を集めたと思っていた私でも見たことのない本の数々。思わず手に取ってしまったことは、今でも先輩には恥ずかしい姿を見せたと思っている。


 そう、だからきっかけは先輩じゃなくて、そこにあった本だった。

 どこの国のものとも読めない文字と、黒魔法と言う名前に相応しい魔法陣や解説図。

 オカルト好きとしては、興味が出ないわけがなかった。


 もちろん、お目当てだったオカルト研究部が名前だけで男子部員がしつこかったって言うのもあるけど。


 そうして私は津江野先輩一人の同好会へと入ることにしたんだ。

 




 私が今まで読んだことがないその文字を、どうやら先輩は一部ではある者の読めるらしかった。

 というのも、先輩は外部生として入学してから1年でこの本に書かれている文字を解読してきたのだとか。


 是非ともご教授を! と頼み込んだ記憶があるけど、思えばあの時の先輩は私に対してかなり引き気味だったことを思い出す。

 でも引かれたとしても、あの時の私は興味の対象であった本が読めればそれでいいと思って特に何とも思っていなかった。


 それからは先輩に書かれている文字について教わったことをノートにまとめては、自分で実際に読んでみるということの繰り返しだった。

 そう言えば……この時からだろうか。本ほどではなくても、少しだけ津江野先輩のことが気になったのは。


 とはいえ、そこまでの興味ではない。

 そう言えば、今日の晩御飯ってなんだったっけ? くらいの、本当にその程度の興味だった。


 年上の男の人と接する機会なんて、今迄パパと家のお手伝いさんや運転手さんくらいなもの。同い年の男の子たちとは違う、どこか達観したような、落ち着いた大人ともいえる雰囲気は新鮮だった。


 津江野先輩から話しかけてくることはほとんどなかったけど、私も先輩も各々で好きに本を読んで過ごしている時間は心地よかった。

 それに文字を教えてほしいと頼んだ時は、ジロリと何故か警戒したような目で見られるんだけど、結局最後には仕方ないな、みたいな表情で自分が読んでいる途中でも手を止めて教えてくれる。


 あ、いい人だ、ってちょっとだけ興味を持った私は、その日から先輩の顔を見るようになった。





 まずは先輩とのコミュニケーションが増えた。

 とはいっても、私から一方的に話しかけることが多くなっただけで先輩から積極的に話しかけて来ることはあまりなかった。


 何となくだけど、先輩は私のことが苦手なのかも? と思ったりもした。


 でもそんな学校生活も1か月も続くと、私も、そして先輩も慣れたようで普通の先輩後輩として文字を教えてもらうとき以外でも会話することが増えた。


 時折理由もなく、変なものを見る目で見られていたのはわかっていたけど、いつの間にかそんなこともなくなって話をしてくれるようになったのだ。


 といっても、何てことのない話。

 今日の授業はどうだったとか、次のテストはどうのとか、学校に関することが主だった内容で、途中で会話が終わることもしばしばあった。


 きっと第三者からすれば「え、それで慣れたの?」と言われるのかもしれない。

 でも1か月だけだけどわかるのだ。


 最初に会った時、すごく真面目で優等生みたいな対応をしてくれた先輩は、その内心では歓迎もしていない、むしろ邪魔者が来たくらいに私のことを思っていたんだろうなって。

 正直なところ、その時は本にしか興味が無かったから気にもしていなかったのだけれど、よくよく考えたら文字を教えてもらうときのあの視線はそういうことだったのだろう。先輩自身に興味を持ってから気づいたことだった。


 そんな先輩が、あの邪魔だなという目を向けることなく話しかけてくれるようになった。

 その事実に気付いた時は、少し嬉しくなっていつもよりも多く先輩と話していた気がする。顔には出していなかったが、目が面倒だなって言ってるのがよくわかる先輩だったが。





 そんな落ち着いているように見えて実は目でわかりやすい先輩に対しての興味が、もっと別の、よくわからない何かに変わったのはたぶんあの日。


 同好会の歓迎会だって言って、津江野先輩に商店街でコロッケを買ってもらったあの日だ。

 生まれて初めて、放課後に買い食いをするという経験に心躍らせて先輩と連れ立って歩いた日。


 その時の私は、既にねねさんと舞さんと一緒に宝石の騎士ジュエルナイトとして悪い人たちと戦うようになっていた。

 私たちの世界だけじゃなくて、他の世界の運命をかけた戦い。最初は巻き込まれた形だったけど、大好きな皆を守るために、ちょっと怖いけど頑張っていた。


 そんな日々の中で、先輩と過ごす時間は私にとってとても大きなものになっていた。

 戦いも何もない、普通の日常がここにあるんだって。だからこそ、こんな日々を守りたいんだって。


 それが私の戦う理由。


 けど、そんな私の日常は、あの日もう少しで崩れ去る寸前だったのだ。


『また明日、同好会で待ってるぞ』


 私のせいで巻き込んでしまったのに、先輩は私を守るために自ら囮となるために走り去ってしまったのだ。


 私が守ります、何て言えなかった。

 まっすぐに私を見る先輩の目には、悲壮感も恐怖も何もなかった。


 ただ、こちらを安心させてくれるような、優しくて強い目がそこにはあった。


 その目がどうしても忘れられなかった。





 同好会での活動中にそっと先輩の方を伺ったり、文字を教えてもらうために話しかける頻度が以前よりも多くなった。

 あまりよくわからないけれど、そうやって先輩を見たり話したりできるのが、心のどこかで嬉しいと感じていた。


 そんな私はもっと先輩と一緒だったら嬉しいんじゃないかと思って、何かに誘ったりすることが多くなった。


 特に夏休み。

 先輩を家に招いたり、ねねさんと舞さんも一緒だったとはいえ山でバーベキューをしたり海に行ったりもした。

 水着は……ちょっと恥ずかしかったけど。


 でも暫く先輩と会えないと思っていた夏休みに、ああして一緒にどこかへ出かけられたのは私にとってはとても嬉しい思い出になった。





 夏休み明け

 私は王子様みたいな高等部の転校生の人に……デ、デートを申し込まれた。


 用事で先輩の教室に行っただけなのに……

 幸い先輩が助けてくれて事なきを得たのだけど、どういうわけかその転校生の人と先輩が私を賭けて体育祭で勝負するという噂を聞いた。


 先輩!? と思わなかったわけではない。あとちょっとだけ、何でかわからないけど先輩が私をめぐって勝負と言うことに喜んだ自分もいた。

 ただ、事情を先輩から聞いて尾ひれのついた噂だったことを知って肩を落としたけど。 


『……ああ。任せろ』


 でも、またあの目を見れたことは少しだけ嬉しかった。

 そして約束を守ってくれた先輩はとてもかっこよく感じた。





 季節は巡り、すでに12月も半ば。

 私達中等部一年生も含めた、孔雀館学園の生徒が等しく乗り越えた期末テスト。


 勉強から解放されたという解放感ですっかり気分良くしていた私は、その日の朝登校すると机の中に1通の手紙が入っていることに気付いたのだった。

 差出人の名が書かれていないその中身を見れば、放課後旧館に来てほしいというという有無の文字。


 舞さんは生徒会の用事で不在だったため、昼休みにねねさんにそれとなく相談してみると、「それは告白だねぇ」と言われてしまった。


「告白?」


「そう! 放課後に呼び出す1通の手紙……もうすぐクリスマスだから、もう告白としか考えられないね!」


「そうなんですね……それで、その告白ってどういうものなんですか?」


「……噓でしょ夕ちゃん!?」


 ねねさん曰く、好きな異性に好意を伝えることを告白と言うらしい。

 そう言えば小学生のころ、クラスの女の子たちがそんな話をしていたような……休み時間もオカルト本を読んでいた記憶しかないのであまり覚えていない。


「でもそれなら、私がねねさんのことを好きって言っても告白になるんですか?」


「ん~……ちょっと違うかな? 嬉しいんだけど、夕ちゃんの私に対するそれは友達としての好きだね! 告白の好きはね、もっと特別なんだよ」


「特別……」


 そう! とねねさんは元気よく頷いた。


「なんて言うかね……もっと一緒にいたいとか、もっと話をしたいとか、その人がいたらとっても嬉しいとか幸せ! みたいな、そういう特別!」


「……ねねさんと舞さんも、一緒にいて嬉しいですよ?」


「……愛いやつめぇー!!」


 ねねんさんに髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫でられてしまった。

 でも、ねねさんがいうには私がねねさんたちに抱く感情とはまた別のものらしい。

 そんな中、「あ、そうだ」と何か思いついたようにねねさんは言う。


「これは受け売りなんだけど、その人にとっての大事な、特別な人になりたいかどうかなんだと思うよ。なりたいって思えるのなら、それは特別な好きになるんじゃないかな!」






「白神さん……好きです! にゅ、入学式の時からずっと気になっていました! お、俺と付き合ってください!!」


 放課後、手紙に書かれていた場所へと向かうとそこにいたのはクラスメイトではない、同じ中等部1年の男子生徒だった。

 誰なのかもわからないうちに、そんなことを言われてもよくわからない。

 ねねさんの話で言うのならば、彼は私にとっての特別になりたいのだろうか。 


 手を差し伸べて頭を下げる彼に、果たしてどう返事をすればいいのかがわからない。けど、このまま彼に頭を下げたままにさせるのも悪いと思って顔を上げるように言う。


 ゆっくりと上げたその顔は、どこかぎこちない様子で真っ赤になっていた。


「その、ごめんね? 好意を持ってくれることは嬉しいんだけど、私あなたのことよく知らないし……」


 そう言うと、残念そうに肩を落として見せた彼。

 しかし「じゃ、じゃあさ」と言葉を続ける。


「俺のこと、こ、これからよく知ってくれれば、可能性はあるのか……!?」


「うえぇっ!? え、えっとそういうわけじゃ……」


「な、ならどういうことなんだ……? ま、まさか白神にはもう好きな人がいるのか!?」


 どうなんだ!? と少し声を張り上げて聞いてくる彼に、困ったなと苦笑を浮かべてしまう。

 そういう感情って、よくわからないし特別に思われたい人なんて私には……


『また明日、同好会で待ってるぞ』


 ふいに、あの日の目を思い出す。


 なぜ今ここで先輩のことを思い出すのか、自分でもよくわからない。

 しかし、言葉に詰まった私を見て何か勘違いしたのか、彼は「そ、そんなぁぁぁ……あぁぁんまりだぁああ!!」と嘆きながら旧館から去ってしまうのだった。


「……と、とりあえず、同好会にいかなくちゃ」






「これは……そうだな。俺の大事な人との繋がりの証でな。いつか再会するために、ずっと身に着けているものだ」


 先輩の言葉を聞いて、どうしてこんなにも不安になるのだろうか。


 胸元の赤い宝石のペンダントを、見たことのないような笑みを浮かべて見つめる先輩。

 そんな先輩の姿を見て、私は何で嫌だなと感じてしまっているのだろうか。


 その笑みを私に向けてほしいと思ってしまうのだろうか。


「その……大事な人っていうのは……えっと……どれくらい大事なんですか?」


「どれくらい? そうだな……例えで言うなら、命を懸けられるくらいには、だな」


「……そう、ですか」


 私はどうなんですか、先輩。

 そう考えてしまう私は、どこかおかしいのだろうか。


『その人にとっての大事な、特別な人になりたいかどうか。なりたいって思えるのなら、それは特別な好きになるんじゃないかな!』


 ふと、ねねさんの言葉を思い出す。

 ああ、そうか。


 先輩の特別が……私ではない誰かだから、なのかな。

 私ではない誰かを、先輩が思っているからなのかな。



「……そっか、私先輩のこと好きなんだ」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


なお、ねねの受け売りはマジックナイトリン


どうも、岳鳥翁です。

筆の調子がいい……そんなことよりも詳細プロット書けよお前!!

PV数とか見てると、更新するたびに読んでくれる人がいるから嬉しくなって書いちゃうんですよねぇ……


さて、今回はがっつり白神夕視点のこれまでについて。

如何でしたでしょうか? もし、白神可愛いと思ってくれた方は是非!

感想やレビュー、ブックマーク等々お待ちしております!

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