第96話:賢者は勇者への憧れを捨てられず

「狩りは僕がやります。勇者様は水を汲んできてください」


「…………はい」


 3日後の夜の勇者様である。


「何であれだけ自信満々だったのに、一匹も! 獲物を! 狩れないんですか!?」


「ち、違うんだケント……! 何故だかわからないが、獲物が皆隠れているらしくて見つからないんだ! たまに見つかる獲物もすばしっこくて小さいのばかりで、僕たちの腹を満たすには足りないからと無視しているんだけど……」


「それで! 何も獲れないなら! 本末転倒でしょうが!!」


 ああもう! と頭を抱えて盛大に息をついた。

 こともあろうにこの勇者様、あれから一匹も狩りを成功させていないのだ。

 雨だって初日の夜以外は降っていないため、それが原因と言うわけでもない。


 村では狩りをしていたと自信満々だった勇者様はどこへ行ってしまったのか、今では目の前で正座して言い訳を垂れ流していらっしゃる。


 念のためにとこの三日間、作成した簡易的な魚用の罠を設置したり、水を汲むついでに魔法で魚を仕留めたり、森の山菜を採取したりで辛うじて食えてはいる。

 が、そろそろ肉が食べたいのが本音だ。魚も飽きた。


 ああ、くそっ……イライラする……


「……もういいです。明日は僕が狩りに出ます。代わりに勇者様は水を汲んだり、拠点の整備をお願いします」


「い、いや、ケント。これは僕の勘なんだけど、今の森はどこかおかしいんだ」


 それでも何かと言い分をつけてくる勇者様。

 なんだ、今度は自分ではなく森が悪いって言いたいのかよこいつは。


 勇者のくせに、言い訳ばっかしやがって。


「今の森だと君一人だと危険な可能性があるんだ。狩りに出るなら僕と二人で出た方が……」


「うるさいんだよ……」


「ケ、ケント?」


 一言一言がいちいち気に障る。

 勇者のくせに。僕からその地位を奪っていったくせに。

 僕の見たかった夢を、見れないようにしたくせに。


 何でこんな奴が勇者なんだ。


 ああ……本当にイラつく


「三日たっても狩りのできないやつが、手伝うとか言ってんじゃねぇよ……! 成果がないのは、お前が無能だからだろうが……! 勇者のくせに、これ以上足を引っ張るんじゃねぇよ!!」


 いつもなら、もっと落ち着いて、もっと言葉を選んで話せもしただろう。

 しかし度重なる不満と、空腹によるストレスで、ただただ思い浮かんだ言葉をそのまま目の前の勇者に向かってぶちまけた。


 僕が優しい奴? 馬鹿を言え。

 それは僕が我慢しているだけなんだ。僕が何も言わず、ただ流されているだけだから、お前たちにとって都合のいい奴に見えているだけなんだ。


 こっちの内心も知らないで、知ったような口を利くんじゃない。


「……ごめん」


「っ……もう、僕は寝ます。拠点の整備は、任せましたよ」


「ああ……迷惑をかけてごめんな、ケント」


 ……そんな態度を見せたからと言って、僕が対応を変えると思うなよ。

 きっと内心では、僕に対する罵詈雑言で溢れかえっているはずなんだ。


 今は口にしないだけで、きっといつかその言葉が零れるに違いない。


 いつもの定位置でお互いに眠りにつく。

 今日の夜はいつもよりも静かなように感じるのだった。





 翌日、腹が減って朝早くに目が覚めた僕は、早速狩りに出ようと洞窟を出る。

 いつもは洞窟から川へと向かうのだが、今回の目的は狩りであるため逆方向へと進路をとった。

 森の奥側へと向かえば、何かしらの動物は見つけられるだろう。


 すると、その道中で木の実を見つけた。

 食べられるかはわからなかったが、とりあえず少しだけかじって暫く待つ。


 特に異常もなかったので、問題ないと判断して一個を丸ごと食した。

 最悪、毒があったとしても簡易的な毒消しの魔法や回復の魔法も使えるため対処は可能だ。


「……流石に、言いすぎたか」


 お腹を満たせたことで、昨日の件について考える余裕ができた。

 流石に怒りのままに言葉をぶつけすぎたかと思ったが、それでもその原因はあの勇者様だ。僕が攻められる謂れはない。


 チラと見上げて見れば、まだいくつか木の実が生っている。


「……まぁ、朝食は必要だよな」


 いくつかを懐に入れ、もういくつかを洞窟に引き返して置いてくる。

 幸い勇者様はまだ眠っているらしく、顔を合わせて話すこともなかった。


 そのことに安堵しつつ、再び森を進んでしばらくすると視界の端で動く影を捕らえた。

 注意して『遠視』を使ってそちらを見れば、僕の知る兎とよく似た動物が何やら穴を掘っている最中だった。

 距離もあり、穴を掘るのに夢中なためかまだこちらには気づいていない。


 僕は息を大きく吸って杖を振って『風刃』の魔法を使用。

 直後、僕の周囲に風が吹き、兎のような動物に向かって風の刃が襲い掛かる。


 大きな耳のおかげか、直撃する前に顔を上げたようだが、その時にはすでに手遅れだ。

 風の刃は一撃でその首を切り落とした。


「……うわぁ」


 生物を殺すことは初めてだが、何とも言えない気分だ。

 仕留めた獲物に近づけば、その切り口から鮮やかな血が流れ出ている。


 しかし狩りとはそもそもこういうものだ。それに、今後は魔王やそれに類するものを殺さなければならない。今のうちに、命を奪うことに慣れておく必要がある。

 そう無理やり自分を納得させた僕は、『水球』の魔法で出した水の中に仕留めた獲物を突っ込んだ。


 入れた直後から水が真っ赤に染まっていくが、その分血抜きも早く終わるだろう。

 あらかた血抜きを終えたら、『保管』の魔法で獲物を異空間にしまいこむ。


 便利だからと宮廷魔法使いに覚えるように言われていたが、実際に使ってみればその意味がよくわかる。

 大した量も入らなければ、中の時間が止まるわけでもないので本当にただの入れ物程度なんだが、それでも便利なことには変わりない。


「……はっ、なんだ。簡単じゃないか」


 思っていたよりも容易く狩りが成功したことで、気をよくした僕は続けて他の獲物を探す。

 そして数時間もしない間に、計5匹の兎のような動物を狩ることができた。


 これだけあれば、今日一日の食料としては十分だろう。

 

「……もしかしたら、僕の方が勇者に相応しいんじゃないか?」


 ふと、そんなことを考えるくらいには余裕があった。

 考えてみれば、勇者なのにこんな簡単な狩りさえもできないなんておかしいというもの。


 そうだ。そもそもの話あのフィンという男は、ただ聖剣を引き抜いただけで勇者になったんだ。

 この実地訓練でも、ほとんど働いていたのは僕だ。

 獲物を狩るのも狩りができると言ったあの勇者様より僕の方が成果を出している。


 なら、あの勇者よりも有能であると、他の人たちに示すことができれば?

 そう思わせられる成果を……明らかな成果を僕が出せば?


 もしかしたら、僕が勇者に成り代わることができるかもしれない。


 見上げて見れば、陽はまだ高い。狩りを続けるには十分な時間がある。


「……もう少し、奥に行ってみるか」


 引き返すつもりだった進路を、再び森の奥へと向けた。

 魔力はまだまだ余裕がある。攻撃用の魔法だって覚えた。


 事前に調べた限りじゃ、相当奥まで進まない限りは強力な魔物は出てこない。その手前までの魔物であれば十分に対応は可能なはず。


 召喚されて一か月。このわずかな期間でそれなりの魔物を倒せたという実力を示せれば、あの使えない勇者に変わって僕が勇者になれる可能性があるかもしれない。


「……やってやる。そして僕こそが勇者なんだと、証明してみせる……!」


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どうも、岳鳥翁です。

ケントとフィンがサバイバル訓練に放り出された時の記憶part2

おや? ケントくんの様子が……?


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