第97話:勇者になりたかった賢者

 進むたびに薄暗くなっていく森に対して若干の怖さはある。

 しかし、勇者になろうという人間がこんなことで怖がっていればただの笑いものだ。


 そう強く思いながら、脚に力を込めて奥へ奥へと進んでいく。


 『遠視』や『索敵』などの魔法で辺りの確認をしながら進んでいるのだが、徐々に遠目でゴブリンなどの魔物の姿を確認できるようになってきた。


 だが、僕が狙うのはそんな弱い魔物ではない。ゴブリン程度であれば、大の大人が武装すれば討伐も可能な魔物だ。

 僕が求めるのは、それよりももっと強い魔物……例えば、オーガなどが挙げられるだろう。


 鎧のような筋肉を身に纏うオーガはゴブリンなどよりも単体の脅威度は断然上になる。その見た目からも想像できる膂力と、少しの傷程度であれば数分で回復してしまう回復力は多くの冒険者を屠ってきたという話も聞いている。上位の冒険者でも苦戦するほどの魔物だ。


 だが、オーガは魔法に弱いという弱点がある。筋肉の鎧も魔法であれば容易に貫けるだろう。


「オーガくらいを狩れば、僕の実力も認められるはず……」


 索敵をしながら魔力の反応が強い方向へと脚を進める。


 魔物と言うのは動物のような生物ではなく、魔力の澱みから突然生まれる生物のような何かだ。

 その淀みが強いほど生まれ出る魔物は強くなるとされているため、手っ取り早く成果を求めるのならより魔力の強い場所へ赴けばいい。


 目には見えずとも、魔力の感じ取り方は教わっている。


「……この先か」


 しばらく進めば、強い魔力の反応と『索敵』に魔物の反応がひっかかった。

 それほど森の奥深くまで来たわけではないため、倒すにはちょうどいいくらいの魔物だろうと『遠視』を使いって息を潜めて慎重に歩く。


 できるだけ草木を踏む音をたてないようにと、ゆっくりと体勢を低くして反応があった場所に向かう。

 そして『遠視』で見えるギリギリの場所に着くと、草木の隙間からそっと顔を覗かせた。


「いた……けど、あの魔物はなんだ……?」


 見えたのは白い体毛の狼のような魔物。

 一応この森での実地訓練があると知ってから、この森でよく出現する魔物については調べてきた。

 

 が、その中にはあんな魔物は載っていなかったはずだ。


「一度引いた方がいいかな……?」


 見たこともない、情報のない魔物を相手にするのは流石に分が悪い。

 幸い距離はまだあるため、あの魔物は僕に気付いている様子はない。撤退するのであれば今が最善だろう。


「……いいのか、それで」


 撤退のために踵を返そうとしていた足を止める。

 確かに情報がないから危険というのはその通りかもしれない。けど、そんなことで弱腰になるのは勇者としてどうなのだろうか。


「そうだ、僕は変わるんだ……」


 弱い自分から、変わりたい。

 勇者になれば、そんな自分から変われるかもしれない。

 物語に出てくるような、皆に憧れられるような、そんな存在になれるかもしれない。


「ここで逃げれば……ここで踏み出さなきゃ、僕はきっとこのままで終わる……!」


 フゥッ、と自分を落ち着かせるように息を吐き出した僕は、立ち上がって木の陰に隠れながら白い狼のような魔物の様子を伺う。

 まだ気づいていない。なら、初手で狩るか、狩れなくても重傷を負わせて有利を取る……!!


 全身の魔力を練り上げて言葉を紡ぐ。

 簡単な魔法であれば別に呪文を唱えなくても使用は可能なのだが、今の実力だとちょっと難しい魔法は呪文を唱えなければ扱うのは難しい。


 使用するのは『土竜斬』という土の魔法。敵の足元から巨大な爪が飛び出して襲い掛かる魔法で、その奇襲性能は僕が現状使える中でもピカイチの魔法だ。


 呪文を唱え終わり、いざ攻撃とその魔法を口にする。


「くらえ……! 『土竜ざ――』っ!?」

 

 目が、あった。

 その瞬間に思い出したのは、宮廷魔法使いから学んだ魔物の生態について。


 魔物と動物が違うのは、何もその生まれだけではない。


 魔物は積極的に人を襲うのだ。

 生きるために襲うのではない。そもそも、魔物は魔力から生まれた存在であるため、周囲に存在する魔力を吸収することで生き続ける。故に、彼らには寿命もない。


 しかしどういうわけか、魔物は人を補足すれば、まるでそれが生きがいだと言わんばかりに襲い掛かってくるのだ。

 ただ人を殺すために存在する。それが魔物なのだ。


「嘘だろ……この距離で見つかったって言うのか……!?」


 まずい、と考えるよりも前に足が動いたことは幸いだった。

 森の木々などまるで意味がないような勢いで駆け出した魔物は、あっという間に距離を詰めると先ほどまで僕が立っていた木をその爪で切り裂いてしまった。


 あと数秒、逃げるのが遅れていたかと思えばゾッとする話だ。


「ッ……ク、クソッ……!!」


 このままここに留まるのはまずいと感じ、全力で駆け出した。


 目と鼻の先にまで迫ってきたからこそ、その魔物の大きさがよくわかる。


 明らかに僕より大きいのだ。

 少なくとも体長は5m、体高も2mはあるはず。


 前方の安全を確認しつつ後ろを振り返ってみれば、あの白い魔物は徐々に徐々に距離を詰める形で追ってきていた。


 先ほどの脚の速さを考えれば、追いつこうと思えばすぐだろう。


「あ、遊びやがって……!!」


 お前なんていつでも狩れる。

 まるでそう言われているように感じた僕は、瞬時に魔力を練り上げる。


 呪文を唱えなければならない魔法は無理でも、それなりの攻撃魔法なら呪文無しで使用は可能だ。


「『火弾』! これでも喰らっとけ……!!」


 森と言うことを考慮すれば、陽は使わないほうがいいのかもしれないが今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 自身の周りに浮遊するような形で現れた数十の火の弾を背後から迫っていた魔物に向けて一気に放つ。


 流石にこの量にもなると細かな制御はできないが、それでもあの大きさの魔物だ。全てとは言わずとも8割程度は命中させられる。


 着弾と同時に火炎を上げて爆発したことを確認した僕は、煙幕の中で動きがあるかどうかを足を止めて注視する。

 一発一発の威力はそれほどないかもしれないが、あの量の火弾を喰らったのだ。倒しきれなくとも、重症程度の傷は負っていてほしい。


 そう心の中で祈りながらも、視線は決して外さない。

 僅かにでも煙の中で動く影があれば、即座に追加で攻撃を加える。


 杖を構え、次弾の『火弾』を展開しながら煙が晴れるのを待った。


 待って……待って……


「……っ!? い、いない……!?」


 晴れた煙の中には、いたはずの魔物の姿がないことに気が付いたのだった。


「まずいっ……! あの速度で動くやつを見失うのは――ゴガッ!?」


 言いかけた言葉を最後まで口にすることができず、突然横腹に何かを叩きつけられた様な衝撃によって体が大きく吹き飛ばされた。

 かなりの衝撃であったため、地面に落ちた後も暫くは無様に森の中を転がり続けることになってしまう。


「ゲホッ……!! ゲホッ……!! グゥ……!?」


 全身に走る痛みに、声も出ずにうずくまりたくなる。

 だがそうすれば更に僕の死が近くなってしまうと感じた体は、横腹を抑えながらも膝をついて体を起き上がらせる。


 視線の先にいたのは、僕が『火弾』を浴びせたはずの白い魔物。

 その体毛はところどころ焼け焦げてはいるものの、とてもじゃないが重症には見えない。それどころか、軽症ですらないように思える。


「ハァッ……!! ハァッ……!! ……クソッあれを、避けたのか……!?」


 いったいどれだけ速いというのか。

 『回復』の魔法を横腹にかけて多少の痛みは引いたが、僕の『回復』では万全には程遠い。


 いや、そもそも万全であってもあの魔物からは逃げられないのだ。今の状態では逃げ切ることは不可能だろう。


 なら、ここであの魔物を倒すしか道はない。


「ハァ……ハァ……た、倒せるのか、僕に……」


 構えた杖がわずかに震える。

 どんな魔法を使っても、避けられてしまえば意味はない。そもそも、呪文を唱えるような魔法が使えたとしてもあの魔物に効くのかすらわからない。もしかしたらそれさえも無駄に終わるかもしれない。


 死ぬ……のか? 僕が? こんなところで?


「い……いやだ……こ、こんなところで死んでたまるか……!」


 いじめられても抗えず、ただ流されるように、諦めるように生きてきた僕。

 そんな僕が、訳も分からず異世界に召喚されて、勇者かと思えば勇者じゃなくて。


 それでも、僕自身を変えられると思って漸く踏み出せた一歩なんだ。


 その一歩を、こんな形で終わらせたくない……!


「あんな奴じゃない……僕が……僕こそが勇者に相応しいんだと、証明するためにも……!!」


 いつの間にか震えの止まっていた杖を掲げ、先ほどと同じように魔法を展開する。

 しかし今度は『火弾』だけではない。『風刃』や『水球』、『石礫』に『電撃』と僕が呪文無しで使える魔法を限界まで展開させる。


 避けられるというのであれば、避ける隙間もないほどの量で圧倒する。

 戦いは数だとは、よく言ったものだ。


 白い魔物はこちらの様子を伺うように、しかしどこか余裕を見せるような仕草で対峙する。

 まるでやってみろとでも言いたげなその様子は、余裕のない僕からしてみれば癪に障るものだった。


「全弾発射!! 全部喰らえやぁ!!」


 杖を振り下ろすと同時に、周囲に展開していた魔法が雨あられと魔物に殺到する。

 大雑把な制御ではあるが、奴の360度を覆う形で展開したのだ。避けられるはずもない。


 今度こそと、そう思って笑みを浮かべた。


 その背後に、奴はいた。


「――は?」


 体が反応する前に背中をその巨大な足でうつ伏せになるように押さえつけられる。

 かなり力がこもっているためか、この一か月魔法の勉強ばかりで特に体を鍛えてこなかった僕にははねのけることは不可能だった。


 ミシ……ミシ……と体のあちこちから嫌な音が響いた。


「どういう……ことだ……!? 魔法は当たっていたはず……っ!?」


 うつ伏せにされながらも、先ほどまで魔物がいた場所に目をやった。

 魔法で砂煙が巻き上がり何も見えてはいない。しかし、少し経って砂煙が徐々に晴れて来ると僕は信じられない光景を目にした。


「……幻、だったってのか……!?」


 先ほどと全く変わらぬ立ち姿でその場に健在だった白い魔物。

 その姿が突然フッと消えたことで、僕は罠にはめられたことを悟った。


 魔物は魔力から生まれた存在であるため、中には魔法を使うような特殊な個体が生まれる可能性があることは知っていた。

 しかし、それはもっと強い魔力の澱みから生まれる個体の話だ。もっと深い森の中ならあり得るが、それほど深くない場所で生まれていい魔物ではない。


 組伏されながら魔物を見上げれば、狼のようなその顔がにやりと笑ったような気がした。


 ああ、死ぬのか、僕。


 対抗心を丸出しにして一人で勝手に行動した挙句、勇者にもなれず、それどころか魔王討伐の旅に出ることもなくあっけなく死ぬ。


 なるほど、僕にはお似合いの最後なのかもしれない。


 結局変わることもできない僕には、相応しい幕切れなのだろう。


 ならせめて


「怒鳴ったこと、謝りたかっ――」


「――――うぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!! ケント無事かぁああ!?!?」



 ドガンッ、という激しい衝突音が響いたかと思えば、背中にかかっていた圧が解けて軽くなった。

 何事かと見れば、そこには先ほどまでいたあの白い魔物の姿はなく、代わりに聖剣を手に肩で息をする少年の姿があった。


「何かすごく危なかったように見えたんだが、大丈夫かい!? 怪我は……横腹血が出てるじゃないか!? 大丈夫!? 傷は浅いはずだから死んじゃダメだよ!?」


「……傷は、大丈夫だ。魔法で多少は直してる」


「そうなのかい!?」


 僕の体に触れながら、確認した少年……勇者フィンは、本当に安心したかのような大きなため息を吐くと「よかった!」といって破顔したのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、岳鳥翁です。

サバイバルは次で終えます。……きっと。


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