第95話:賢者と勇者様のサバイバル

 召喚されてから一か月ほどが経った頃の話だ。


 勇者様の訓練は順調で、僕の賢者としての力もそれなりについてきたということで実地訓練を行うことになった。

 内容は、国の近くにある森で一週間のサバイバル。


 旅に出れば野営したり、その場での食料調達などやらなければならないことは様々だ。

 要は、戦えるだけでは意味がないという話である。


 まぁ言いたいことはわかるんだ。その必要性だって十二分に理解もしているつもりだ。


「ケント、近くから水の音がする。恐らく川だと思うんだけど、野営するならもう少し川の傍に寄らないかい?」


 ……なぁんで、こいつと二人何ですかねぇ。


 草木をかき分けて出てきた笑顔の勇者様を見て、思わずため息を吐きたくなった。


 一応この森は国に一番近い森で普段から冒険者たちの手が入っているとのこと。そのため、かなり奥まで進まない限りは強力な魔物は出ないらしく、森の浅瀬であれば野営などの訓練には最適なんだとか。


 実際に旅に出るのは俺とフィン。そして他には国に選ばれた騎士と聖職者を含めた4人なのだが、まずは慣れてもらうためにと初心者二人で簡単なサバイバル実習である。


 ちなみに勇者様の聖剣や僕の魔法用の杖の他にも野営の道具は一式持たされているため、拠点と食料さえ確保すれば何とかなるはず。


「? ケント、聞いているのかい?」


「……聞こえてるので安心してください。それと、川の近くはやめておいた方がいいですよ。少々天気が悪いですし、雨が降ったら最悪氾濫する可能性もあるので」


「ん? ……ああ、確かに。これだと一雨来るかもだ」


「……『遠視』であっちに洞窟があるのを確認しています。少し歩きますので、着いてくるならご勝手に」


 勇者様の返事を待たずに森の中を歩き出せば「わかった!」と元気よく僕の後ろを歩く勇者様。

 素直か。いや、素直だったわこいつ。この一か月でよくわかった。


「そういえばケントは、どんな魔法を習ったんだい? 僕とは別だったからあんまり詳しくは知らないんだ」


「……基本は補助や敵の弱体化をメインにした魔法ですね。一応、攻撃魔法もそれなりには覚えてますけど」


「そうなのか! 僕は魔法も少しはやっているんだけど、剣を振っていた方が性に合っていてね。最近はまともにこの聖剣を扱えるようになってきたよ」


 聞いてもいないことをベラベラと垂れ流す勇者様は、俺の後ろで腰に携えていた聖剣を引き抜くと「ハッ! トォッ!」と何もない周囲に向けて剣を振るった。

 おいやめてくれ。目の前に僕がいるだろ危ないだろ。


 背後から切りかかってこないかと命の危機を感じながら10分ほど歩くと、先ほど『遠視』で見つけていた洞窟が肉眼で確認できた。

 後ろの勇者様にも見えたのか、「あれかぁー!」と一人飛び出して駆け出して行った。


「暫くはここで野営するのかい?」


「……そうなりますね。簡易の拠点を作ったら水と食料の確保に動きます。狩りは僕よりも勇者様の方が動けるでしょうから任せますよ。僕は、水を汲みに行きますので」


「ああ、任せてくれ! こう見えても元は村で狩りもやってたんだ」


 やるぞー! と聖剣を掲げてやる気を出す勇者様。

 まさか、魔王を討伐するための聖剣で、今日のご飯を狩るつもりなのかと問いかけてみれば、すっごい笑顔で頷かれた。


 オーバーキルだよこの野郎。


 ミンチになるからやめてくださいと、荷物にあったナイフを渡す。

 ただの動物相手であればナイフでも十分だろう。魔物が現れた時だけ聖剣を使うように言い含めて、僕は川へ。勇者様は森の中へと入った。






「アホですかあなた」


「ご、ごめん……」


 そう言って目の前で膝を抱えて落ち込んでいる勇者様に思わずため息を零した。

 何があったのかと言えば、僕が水を汲んで帰って来てから暫く経っても帰ってこなかったのだ。この勇者様は。


 陽も落ちかけているというのに何をしているのかと、魔法で探してみれば洞窟とは逆方向へと爆走中。

 要は迷子である。


 幸い雨が降り出す前に僕が迎えに行ったため、一生迷子と言うことはなかったのだが、もしあのまま行けばこの勇者様は雨の中危険な森の奥地にまで足を運んでいたことだろう。


 本当に、何でこんな奴が勇者なのか。


「獲物を見つけて追ってはいたんだけど、いつの間にか逃げられてしまってね……気づけばどこかもわからなかったから助かったよ、ケント」


「……もういいです。今日は仕方ないので、僕が獲ってきた魚を食べましょう。念のためにと思っていましたが、正解でしたよ」


「ほ、本当かい……!」


 パァッ! と喜びをあらわにする勇者様。

 感情表現の仕方が犬と同レベルである。尻尾があれば、ブンブン振っていたに違いない。


 しかし、村では狩りをしていたというから期待していたのに成果がゼロとはどういうことなのだろうか。

 魚を捌きながら聞いてみるかとも考えたが、別に勇者様がどんな生活をしていたのかなんて興味もない。


 雨が降る前に集めていた木を組み、そこに魔法で火をつける。

 本来、落ちている木も乾燥させなければならないのだが、そこも魔法で済ませられるから便利なものだ。


 暗くなり始めた洞窟内が、火の光でボゥッと明るくなる。


「ぼ、僕は何をすればいい!?」


「……とりあえず、火が消えないように見ていてください」


「わかった!」


 そわそわしていた挙句、自分から手伝うことはないかと聞いてきた勇者様。

 特にやることもなければ料理の手伝いとか邪魔でしかないため、火の番をお願いすることにした。


 それから魚の内臓を取り除き、拾った枝を加工して作った串を打つ。

 勇者様がそれはそれはすごい獲物でも仕留めてくれるだろうと思っていたため、数も2匹しかないし、小ぶりな鮎程度の大きさであるため男二人の腹を満たすには不十分だろう。


 けど、今日のところはもう雨も降っているし、これで我慢するしかない。


 焚火の傍に魚に打った串を突き刺して暫くの間待つ。

 向かい側に座る勇者様はまだかまだかと魚が焼けるのを待っているご様子だった。


「ほら、焼けたんで食べてください」


「おいしそうだね! それじゃあ……」


「……? どうしたんです?」


 焼き上がった魚を渡してやれば、今にもかぶりつこうとしていた勇者様。

 しかしそんな勇者様はかぶりつくのをやめると、今度は何か考えるような表情で黙り込んだ。


 そして何故か彼はその手に持っていた魚を僕に差し出してきた。


「ケント、やっぱりこの魚は君が食べてくれ」


「……はぁ?」


「思えば、今日僕は何もしていないし、できていない。おまけに君に迷惑をかけただけだっただろう? この大きさの魚じゃ君も十分ではないだろうし、今日一日くらいなら僕は何とかなる。だから――」


「アホですかあなたは」


 神妙な顔で何を言い出すのかと思えば、何とも物語の中の勇者みたいなことを言うではないか。

 自己犠牲の精神ってやつか? 訳が分からん。


「確かに勇者様の言う通り、あなたは今日何もしてないですし、役にも立っていません」


「ぐぅっ……はっきり言うんだね」


「事実ですので。……でも、それで勇者様が食べないはおかしいでしょ。まだ六日もあるのに、魔王倒す前に餓死されても困ります」


 確かにこの量では足りないことは事実だ。

 けど、だから役に立った方が全部食べるはおかしいだろうに。生きるか死ぬかの場面ならともかく、これはただの実地訓練の一環だ。


 それに、このサイズが2匹になったところで大した変化ではない。なら、少しでも食べて勇者様には明日こそ頑張ってもらわねばならない。


 なにより、仮にも魔王を倒すという共通の目的もある。まったくの赤の他人であるのならばともかく、この程度のことで食料を分けないなど、いじめに等しいじゃないか。


 僕はあいつらみたいになりたいわけじゃない。


 この世界に召喚される前のことを思い出すと、つい手にしていた木串を握りしめていた。


「……ケント、大丈夫か?」


「っ……さっさと食べて寝てください。寝ている間は魔法で警戒網を敷きますので、勇者様は明日に備えてください」


「おお……! すごいな、ケントは! もうそんな魔法も覚えてるのか!」


 明日こそは何か狩ってみせるよ! と焼き魚をぺろりと完食した勇者様は、洞窟の石壁を背にし、腰の聖剣を抱きかかえるようにして就寝の態勢に入った。

 僕は洞窟の周囲に魔物が近づいてきたら反応する『警報』の魔法と簡易的な防御用の結界を設置してから、勇者様と同じようにローブを纏って洞窟の壁を背にして眠る。


 すると、向かい側の勇者様が顔を上げてこちらを見て、何故か笑っていた。


「ケント、僕たち今日一日で大分仲良くなれたんじゃないかな?」


「寝言なら寝てから言ってください」


「ははっ……僕は本心で言ってるんだけどな。……けど、そう言いながらも君が優しい奴なのは理解できたよ。ケントがいてくれてよかった、ありがとう」


 それじゃあおやすみ、と今度こそ目を瞑って静かになる勇者様。

 そんな勇者様から目を背けるように、僕は態勢を変えて眠りにつく。


 そんな言葉を聞くのは、いつ以来なのかと考えながら。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、岳鳥翁です。

何気に閑話含めると100話超えてたみたいです。ありがとうございます。

ケントとフィンがサバイバル訓練に放り出された時の記憶

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