第94話:勇者召喚と勇者様

「おお……!! 勇者様が……勇者様が我らの声を聞き届けてくださったぞ……!!」


「……は?」


 突然聞こえてきた声に慌てて辺りを見回してみれば、どこかの宮殿なのかと思える場所のど真ん中に立っていた。

 足元には訳の分からない文字と幾何学的な模様で描かれた魔法陣みたいな何か。その中心に立つ僕を、これまたよくわからない格好の老若男女が取り囲んで喜びを顕わにしていた。


 なんだこれは。


「さぁさぁ勇者様! こちらへ!」


「え……あ、あのここはいったい……」


 状況が理解できない僕のことは無視でもしているのかと思えば、取り囲む人たちの中でも服がすごく豪華な人が歩み出る。


 本当に意味が分からない。


 でも、だからといって僕に何かができるわけでもないため、僕はその案内に流される形でその人の後ろをついて行く。


 ああ……本当に嫌になる。

 どうしてこんな時でさえ、僕は諦めて流されてしまうのだろうか。

 少しでも、何か抗おうと思えないのか。


「勇者様。どうか少しだけ、この場でお待ちください。もうすぐ、陛下がお見えになりますので」


「は……はぁ……」


 今まで感じたことのない、期待に満ちた目で僕を見る人たちの中を抜け出してやってきたのは、先ほどよりも狭いが装飾品や美術品のようなものが多く置かれた豪奢な部屋だった。

 部屋の奥には数段の階段と、これまた金で彩られた豪奢な椅子。


 とりあえず何も言わずに待っていると、僕が入ってきた別の扉から数人の鎧を身に纏った騎士のような人たちと頭に王冠を乗せ、真っ赤なマントを纏った初老の男性が入室してきた。


 となりの人が膝をついて頭を下げたのを見て、とりあえずその真似をする。


 そしてその男性が先程の椅子に座ると一言。


「うむ、報告は効いておる。無事、勇者召喚の儀は成功したようだな」


「はっ。全て順調でございます」


「それはよいのぅ。さて、勇者殿。いつまでもそのままじゃ話をするのも辛かろう。面を上げてくれ」


 その勇者が、僕のことなのだろうと思ってゆっくりと顔を上げる。

 すると陛下と呼ばれた男性は、「顔色が悪いが大丈夫か?」と少し心配そうな目を向けてきた。


「あ……いえ、大丈夫……です。な、なにがなんだか、まだちょっと理解できていないので……」


「む、そう言えばそうだな。大臣、勇者殿に説明を頼む」


「かしこまりました」


 隣にいた人が答えたのを聞いて、この人大臣だったのかなどとどうでもいいことを知った。

 そして今の状況や経緯、そして僕が呼ばれた理由などを話してくれた。


 まとめると、魔王と言う存在が出てきてやばいから、言い伝えにあった勇者召喚を行ったとのこと。


 そしてその儀式によって召喚された僕には、勇者として魔王を打倒し、この世界に平和を取り戻してほしいということ。


 他の世界から拉致誘拐みたいなことして何を言ってるんだとは思うが、そのことについては悪いと思っているらしく、望んだことはできるだけ叶えるようにすると言われた。


 もっとも、そんなことを言ったところで、死のうとして屋上から飛び降りていた僕が言うなという話なんだけど。


「わ、わかりました。なら、僕が勇者として、魔王を倒します……」


「おお……!! 誠か! すまぬ、勇者殿……!! どうか我らを助けてくだされ……!!」


 そういって頭を下げる男性を、周りの騎士たちが「おやめください!」と止めている。


 無意味に終わるはずだった命なんだ。誰かのために使える、とかそんな良い奴みたいな台詞は言えないけど。

 今迄あんな思いをして生きてきたんだ。少しくらい勇者として人々に期待される、羨望を向けられることに夢を見てもいいのではないだろうか。


 それに心の内では何を考えているかは知らないけど、勇者にでもなって強くなれば、何かを言ってくる奴も、手を出してくる奴もいなくなるかもしれない。


 そうなれば、こんな僕も変われるんじゃないだろうか。


「では勇者殿。早速ですが、勇者としての証でもある聖剣が我らが管理する『祠の森』に眠っております。それを引き抜けば、晴れて勇者として魔王討伐の――」


「も、申し上げます!!」


 隣の大臣さんがこれからの説明をしていると、一人の騎士が息を切らして飛び込んできた。

 貴様無礼だぞ!! と他の騎士たちが攻める中、その飛び込んできた騎士は彼らの言葉を無視して続けた。


「ほ、祠の森にて……!! せ、聖剣が……聖剣が、抜かれましたぁぁぁ!!!」


「「「「「……な、なにぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」」」」」





 そんな僕がこの剣と魔法のファンタジーみたいな世界に召喚された日からだいたい一週間くらいが経った。


 僕が何をしているのかと言えば、現在王城の書庫にある魔法書を片っ端から読んでいる最中である。


「はぁ……まさか、勇者として召喚されて勇者になれないとは……」


 あの日、国によって管理されているはずの森……聖剣を祀る祠の森に、一人の少年が迷い込んだそうだ。

 管理していた騎士は、何も起きないと高をくくって居眠りしていたらしく、少年もその森が国に管理されているものだとは知らなかったらしい。管理どうした。


 何か呼ばれたような気がした、と少年は後日そう言ったらしい。


 そして導かれるままに聖剣の元へとたどり着き、引き抜いた。


 勇者フィンの誕生である。


「そして僕は賢者として、その勇者様の魔王討伐をサポート、と。ははっ、せっかく主人公みたいになれると思ったのに……結局は引き立て役か、僕は」


 異世界から召喚された僕は元々勇者候補。そのため勇者様ほどではないにしても、魔法を使うための魔力をかなり持っていることが後でわかった。

 常人ではありえない程の魔力に、勇者ではなく賢者として勇者様をサポートしてほしいと頼まれた僕は、また流されるようにこれを了承。


 こうして今は、その魔力を生かすために魔法の知識を身に着けている最中なのだ。


「お、ケント。今日もここにいたのかい」


「な、何の用ですか? ゆ、勇者様……」


「ははっ、そうかしこまらないでくれ。僕らは一緒に魔王を倒す仲間だ。気安くフィンって呼んでくれ」


「……そ、それで? 勇者様はこんなところに何の用で来たんですか……?」


「つれないなぁ……」


 そうこうしていると、書庫の扉を開けて僕と同い年くらいの少年が入ってきた。


 整った顔立ちに金髪碧眼と、まるで絵本に出てくる女の子なら誰もが憧れそうな王子様のような見た目の少年。

 きっと僕の世界にいれば、僕では到底かかわりも持たないであろうスクールカーストのトップに君臨するであろう人物。


 それがこの男、フィン。


 僕に変わり、勇者となった男。


「ただ僕の方の訓練が終わったから、君と親睦を深めに来ただけさ」


「そ、そうですか……なら暇なところ悪いんですけど、僕は魔法の勉強で忙しいので、そんな暇はないんです。何せ、魔法なんて僕の世界にはなかったので」


「そう邪険にしないでくれ。これから仲間として旅もするんだし、仲良くやろうよ」


 ね? とわざわざ僕の前の席に座って視界に移りこんでくる勇者様。

 確かに勇者様の言うこともわかる。何せ、いつまで続くかわからない旅をするのに、そのメンバーの仲が最悪では魔王討伐にも支障をきたす可能性がある。


 でも、そう簡単に仲良くなれるとは思わない。

 口では何を言っても、こいつが何を考えているのかなんてわからないんだ。


「……そう言ってくる人は過去にもいましたよ……結局、僕を見捨てていったけどね」


「え?」


「……すみません、勇者様。僕はこの後、宮廷魔法使い殿から魔法を教えてもらう約束がありますので、この辺で失礼します」


 席を立って足早に書庫を出る。

 例え勇者であっても、その本性が物語で語られるような善性に満ちたものではないかもしれない。


「僕は君と仲よくすること、諦めてないから! また来るよ!」


 背後からの声に答えることなく、更に足を速めた。


 ……勉強する場所、変えてみるか。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、岳鳥翁です。

過去編ダイジェストが暫く続く予定です。


面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!

やる気とモチベーションに繋がりますので是非!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る