第93話:こうして賢者は語り始める

 あっという間に三が日も過ぎ、気づけば始業式。

 ラプスが餅を喉に詰まらせて危うく動かぬになりかねない事件があったが、特筆するべきことでもないため割愛する。


 つまらない学園長の話を聞き流しながら、辺りを見回してみればちょうど中等部の列の中に白神の姿を見つけた。

 すると向こうも気が付いたのか、目が合うと小さくぺこりと会釈してくれる。


「おい津江野……!」


「おわっ……なんだ田村か。どうした」


「どうした……じゃねぇよ……! 何だ今のちょっと心の通じ合った男女が休み明けに久しぶりに顔を見合わせた、みたいな反応は……!」


「どんな状況だよそれは……」


「今俺の! 目の前で! 起きたことだよ……!」


 一応周りへの配慮はしているのか、小声なのにうるさい田村の声に顔を顰めながらも、「そんなんじゃねぇよ」と否定しながら前を向く。


 どうでもいい話を右から左へと流し聞きながら、俺は今日の放課後のことを考えていた。

 話すにしても、どこからどこまでを白神に話せばいいのかがわからない。


 とりあえず、異世界に行った経緯でも話すか? いや、それだと話が長くなりすぎる。なにより白神にフィン達のことを話し始めれば軽く思い出話で一日が終わる自信があるし、白神も聞きたいのはそこじゃないかもしれない。


 となると、やっぱりこっちの世界に戻ってきた話からか?

 でもそこから話し始めると、白神からどうして賢者になったのかとか質問が来そうだし、それを考えるならやっぱり最初から話すべき――


「――えの……津江野、聞いてるか?」


「? どうした、田村」


「どうしたってお前……とっくに始業式終わって教室に戻る番だぞ。突っ立ってたら遅れるぞ?」


 そう言われて周りを見れば、今は俺のクラスが移動する番らしい。動かなかったせいか訝し気な目でクラスメイトから見られていた。


「しっかりしろよなー。まぁ思い返すくらいには彼女と楽しんでた冬休みだったのかもしれねぇけどさ」


「ちげぇよ。それに、中等部の一年が彼女とか犯罪臭しかせんぞ」


 そう言って速足でクラスの列を追うと、そんな俺につられて歩き出した田村がわざわざ俺の隣に並び、「あれれー?」と気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「俺、彼女がその中等部の子とは言ってないんだけどぉ?」


「煽るな。あと、それがお前の笑顔なら彼女ができないのも納得だな」


「い、言っていいことと悪いことがあるだろぉ!?」


 喚く田村を無視して、クラスの最後尾について教室へ戻る。

 今日は始業式のみの予定であるため、HRが終われば生徒は帰って遊ぶなり部活に行くなり自由だ。


 田村はこのままクラスメイトの男子達とカラオケに行くらしい。俺も誘われたのだが、今日は先に大事な予定が入っているからと断っておいた。


 ……だkら、彼女じゃねぇっての


「「「「「「「ほんとでござるかぁ?」」」」」」


「何で増えてんだよ」





 田村たちがカラオケに行ったのを見送った俺は、冬休み前と同じく旧館のいつもの部屋へと向かう。

 部屋に入る際、『黒魔法研究同好会』と書かれた張り紙をみてそう言えば同好会を作った当時からそのままだったなと思い返す。


 誰も来ないとはいえ、一応同好会としての体制は保つためにと作ったが、白神がこの部屋にやってきたのもこの張り紙が原因だったりするのだろうか。


「……今度、新しく張り紙作るか」


 ところどころが破けたり、湿気ったりしている張り紙を見て近いうちに張り紙を変えようと決めると、いつもの席で白神を待つことにする。

 しかし、俺がここにきて10分もしないうちに部屋の外の廊下を駆ける音が響いてきた。


 そして部屋の前で足音が止まると、少しだけ間をおいてから「こ、こんにちはぁ……」と白神が入ってきた。


「お、お待たせしてしまいましたか?」


「いや、大丈夫だ。それに……俺も何を話せばいいか、考えていたところだからな」


 後ろ手で扉を閉めた白神は、そうですか……、といつもの席に腰を下ろすと、部屋のあちこちを見回してから黙り込んでしまった。


 無言の空間。『無音陣』でも使ったのかと思いたくなるほどの沈黙。

 俺も白神も魔法書を読んでいる時は無言ではあるが、その無言とはまた違った圧のようなものを感じる。


 流石に俺から話すべきかと思い、白神の様子を伺ってみるとどうやら彼女も俺のことを見ていたらしくばっちりと目が合ってしまった。


「あ……その……」


「……いや、俺から話すべきだったな。悪い」


 目をそらそうとする白神を止めるように、先に俺から切り出す。

 読む気もなく開いていた本を閉じ、白神の方に体を向けた。


「改めて話すが、この間白神達と戦った賢者を名乗る不審者は俺だ」


「ふ、不審者って……ま、まぁ確かに怪しかったですけど。でも、先輩も私たちのこと知っていたんですね……」


「まあな。赤園や青旗のことも知っている。なんなら、白神は宝石の騎士ジュエルナイトになった時から知っているよ。見てたからな」


「え、えぇ!? そ、そんなに前から知っていたんですか!?」


 そんな風に驚く白神に、あの時は俺も驚いたよと言葉を返す。

 実際あの時は、反応があった場所で人が倒れているという謎事件に頭を悩ませていた。その答えが向こうからやってきた挙句、知ってる顔がその謎事件の当事者側になって変身までしたのだ。


 その時のインパクトすごかったんだぞ。


「まさか、後輩が逆さづりされた挙句、同じように変身するとは思ってもみなかったしな」


「そ、それも見てたんですか!?」


 バッ! と勢いよく立ち上がった白神は、勢いそのままに俺の方まで詰め寄ってきた。

 俺が座っている関係上見下ろされる形になるのだが、真っ赤な顔で言われたところでそれほど怖くはない。


 いいから落ち着けと席に座るように促すのだが、当の本人は何故かスカートを抑えると「み、みみみ……見たんですか!?」と叫んでいた。


「見てないから安心しろ。なんなら助けてやったまである」


「え? じゃ、じゃああの時、あの蔓が切れたのって……」


「ああ、俺だな」


 ほれ、と近くにあった紙くずを拾い上げると『斬』の魔法でそれを切ってみせた。

 当の本人は、その様子を見て一瞬呆けてみせると、次には「ま、魔法だ……!」と興奮気味に目を輝かせた。


 反応だけ見れば、おもちゃを与えられた子供のそれである。


 気持ちはわからんでもないけどな。


「ほ、他にはどんな魔法が使えるんですか!?」


「落ち着け、焦るな。そんで近いから一回座れ。……今日は、そういう話を聞くためにここに来たんだろ?」


 あ……、と何かを思い出したかのように落ち着きを取り戻した白神は、俺に謝りながら元の席へと戻っていった。


 さて、そうして白神に話す内容だが……結局のところこいつのことだ。どうせ中途半端に話せば、何で何での連続だろうと思い諦めて最初から話すことにした。


 俺が異世界へと召喚された日のことを。


 俺が異世界で出会ったかけがえのない仲間たちとの旅の話を。


 そして、その世界を救うための選択を。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、岳鳥翁です。

ついに話す時が来てしまった津江野君。果たして、白神の反応は如何に。


面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!

やる気とモチベーションに繋がりますので是非!


ママさんに、津江野賢人のイラストを描いていただきました。

近況ノートに載せていますので、下記のURLから見てください。

https://kakuyomu.jp/users/nishura726/news/16817330658284406408

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