第92話:賢者ケントと白神夕

「あけましておめでとう、白神」


「あ、あけましておめでとうございます……」


 白神に指定されて時間に以前訪れた白神邸まで赴いてみれば、門の入り口で佇む着物姿の少女が一人。

 髪色に合わせて白を基調にした着物は全体に薄い桃色で桜が彩られており、可愛らしい雰囲気は白神にはよく似合っていた。


 対して和服も持っていなかった俺ため普段着のであるが、こんなことなら初詣用にと何か用意していた方がよかったかもしれない。


「先に待っていたみたいだが、待たせたか?」


「あ、いえ。ついさっきここで待ち始めたばかりだったので大丈夫ですよ? それより……」


「……みられてるな、すっごく」


「う、うぅ……家の者がすみません……」


 恥ずかしそうに両手で顔を覆う白神に苦笑しつつもチラリと門の内側を見てみれば、白神家のお手伝いさんたちがすごくいい笑顔で俺たちのことを見ていた。

 中にはカメラを取り出して恥ずかしがる白神を撮っている猛者もいらっしゃる。


「愛されてるじゃないか」


「もうっパパ……お父さんが仕事で見れないからって……」


「いいお父さんだよ。ほれ」


「わわっ……!?」


 膨れっ面の白神に体を寄せ、カメラさんに向けてピースサインを向ける。

 驚く白神であったが、シャッターチャンスとばかりにお手伝いさんがカメラを構えてパシャリ。


 撮れた写真を確認したのか、いい笑顔でサムズアップしてくれた。


「せ、先輩……!?」


「せっかくの記念だ。正月なんだし一枚くらい撮っても罰なんて当たらないよ」


「そ、それは良いんですけど、そうじゃなくて……」


「それより、早くいかないと神社も混んじまうぞ。元旦なんだからなおさらだ」


 白神が何か言いたげな様子ではあったが、元旦の朝だ。あまりゆっくりしていると初詣どころではなくなってしまうため、急かす様に白神の肩をポンと叩く。

 むーっ、と頬を膨らませて俺をジト目で睨みながらも、渋々と言った様子で歩き始めた白神の歩調に合わせて神社へと急ぐのだった。






「急いだつもりだったんだが、やっぱ初日の込み具合はすごいもんだな」


「そうですねぇ……」


 ずらりと境内から続く人の列を見て、少々げんなりとしている白神ではあったが、それでお参りを辞めるわけもなく最後尾に並んだ。

 ただ並んでいるだけだと暇であったため、大晦日は何をしていたのかなど世間話を挟みつつ順番を待った。


 そして待つこと十数分。流石の回転率と言うべきか、あれだけ並んでいたにもかかわらず境内にたどり着いた俺たちは賽銭を投げた。


『神頼み、なんてらしくないかもだが……どうか、万事うまくいきますように』


 できるのならば、俺の周りが誰も悲しまない結末を。


 そう願って顔を上げて見れば、隣の白神はまだ目を瞑ってお願い事をしている最中だった。

 よほど熱心なお願いだったのだろう。たっぷり一分近くお祈りしていた白神は、やがて目を開けて顔を上げた。


「……あ、すみません。な、長かったですか?」


「いや、熱心にお祈りしてると思ってな。よほど神頼みしたいお願いなんだろうなって」


 未確認動物にでも会いたいのか? と笑ってみれば、彼女は「それもありですね!」と笑って見せた。


 その後は定番のおみくじで俺は『小吉』を、白神は『大吉』を引いたり、絶対に酔うからダメだ! と甘酒を飲みたがる白神を必死になって止めたりと割と楽しめた。


 何も考えずに、こうして純粋に楽しんだのは久しぶりのことかもしれない。

 こっちの世界に戻ってからと言うもの、あの世界に戻って、その後は死ぬんだと思っていた。


 仲間のために死ねるのなら本望だと、どこかの主人公のように考えていた。

 けど、ここにきてそんな俺の思いが徐々に徐々に薄れつつあることを、ラプスによって気づかされた。


 ……いや、気づかないふりをしていたのだろう。だからこその安堵だった。


 いつの間にか俺の日常にいるのが当たり前のようになっていた隣を歩く少女に目をやる。


「なぁ、白神」


「? どうしたんです?」


「……今日、ありがとな。誰かと初詣なんて、初めてだったが楽しかったよ」


「……それならよかったです。それに、私も楽しかったんでお互い様ですよ」


 その言葉に、そっかぁー、と思わず笑みを浮かべた。

 俺といて楽しいと思ってもらえたのであれば、こうして初詣に来た意味もあっただろう。


「……あの、津江野先輩」


「ん? どうした、白神」


 もう間もなく白神の家に着く。

 そんな道中に、となりを歩いていた白神がふいに足を止めて俺の名を呼んだ。


 何かと思って俺も立ち止まって振り返るが、白神は俯いたまま「あの……えっと……」と何かを言おうとして躊躇っているようだった。


「せ、先輩は……その、ま、魔法が使えるんですか……!」


 そしてそんな白神がようやく声に出したのが、そんな言葉だった。

 予想していたものと違って拍子抜けしてしまうが、まぁそれでも白神の意図は何となくわかるつもりだ。


「そうだな……あんな本を持ってるんだからそう思われても仕方ないよなぁ……実際に使えればいいのかもしれんが、そんな夢物語ありえないだろ?」


 だがここは敢えてはぐらかす。

 というのも、白神が気付いているのかどうかの確信が持てないからだ。

 もし確信していないのであれば、無理に俺だと賢者の正体をばらす必要がない。


 さぁ、どうだと白神の出方を伺ってみる。


「……先輩の名前、賢人っていうんですよね。津江野賢人って、いい名前ですよね」


「? 急に俺の名前なんて褒めてどうした」


「私ずっと津江野先輩って呼んでたから気づかなかったんです。それでこの間、気になって調べました」


「……まぁそのくらいならいいんだが、それが何で俺が魔法を使える話に飛躍したんだ?」


 いや、本当に。

 あの魔法陣の文字から俺の正体に気付いたのならまだわかるんだが、何故俺の名前がそこで話題に上がるのだろうか。


「リーンスヴェールドランド」


「っ……なに?」


「……その様子だと、知ってるんですね」


 予想だにしない名前が白神の口から飛び出したことで、思わず顔を強張らせてしまう。

 そんな俺の様子を見ていた白神は、やっぱり、という様子で話を続けた。


「ねねさんの試練を担当していたフィンと言う方は、影ではありましたがねねさんに色々と教えてくれたそうです。彼の世界のこと、打倒した魔王のこと。そして……彼にとっての大切な仲間のこと」


「……」


「その中には、ケントという異世界から来た賢者の方もいたそうです。そしてその名前は、私の試練を担当したリーンスヴェールドランドというドラゴンさんからも聞きました」


 その時は名前だけだったんですけどね、と話を続ける白神の言葉を妨げることなく、俺は耳を傾ける。


「リーンスヴェールドランドさんの名前は、ねねさんがフィンさんから聞いた話の中でも出てきました。同じ世界の英雄だというのはその時に知って――」


「リンだ」


「……え?」


 ボソリと零れた言葉に、白神が話をとめて聞き返す。


「リンだ。リーンスヴェールドランドじゃ長いし、本人が嫌がったからな。だから、皆で呼び名を決めようって、俺の案が採用されたんだ」


「じゃあやっぱり、先輩が……」


 うん、とその言葉に頷いて見せる。


「だけど、白神。その話は、今度学校が始まってからの同好会の時でもいいか? 今この場でって言うのも、どうかと思うからな」


「……そう、ですね」


 あまりこんな人の往来がある場所で話すことでもない。

 話すのであれば、俺と白神くらいしか集まらない旧館の同好会の部屋で。


 そこでなら、ちゃんと話すことを約束し、俺は一人帰路へと付いたのだった。


 グッ、と服の上から胸元のペンダントを握りしめる。


「……とりあえず、ちゃんと話はしてやらないとだよな」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

なお、初詣に来たねねと舞


「ちょっとねね! いつのまに甘酒飲んだの!? 出しなさい!! ペッしなさいペッ!!」


「えへへへぇ〜……まいちゃぁ〜ん」


「公衆の面前で抱きつくなぁぁぁぁ!!!」





どうも、岳鳥翁です。

ようやくここまで来たなぁ、と感じております。

あと、例のものも準備中なのでお楽しみに。


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