第91話:正月の賢者は誘いを受ける
『3! 2! 1! ……あけましておめでとうございまーす!!』
「年明けかぁ……」
「ラプゥ……主よ、もうこの年越しそばとやらのおかわりはないラプ?」
「ねぇよ。買い置きしてたそば全部食べつくしやがって」
画面から流れて来るお祝いの言葉を聞き流しながら、そばを茹でた鍋などの食器を片付ける。
ラプスの食欲に関してはもう無視だ無視。これでも食ってろと、冷凍ミカンを投げつけてやったが、魔法で風を起こすとミカンがその皮を剝かれながら軌道を変えて見事にラプスの大きな腹の上に収まった。
「フッフッフ……ラプ。我のモグモグモグ魔法制御もモグモグ随分と上達したモグモグラプ。もう前のモグモグモグ我だとはモグモグ思わないことラプ」モグモグモグ
「食うか喋るかどっちかにしろ」
「……モグモグモグモグ」
無言でひと房ひと房大切に頬張りながら食べ進めるラプスに呆れつつも洗い物の続きに入る。
白神達と戦ってから数日。
世間は大晦日を迎え、そしてつい先ほど新年を迎えたわけだ。
学生寮には備え付けのテレビなどと言う贅沢なものはないため、大晦日の特番を見たりすることもなく引きこもって魔法書を読んでいたのだが、年越しそばが食べたいと突然駄々をこねるラプスに腹いっぱい食わせてやった。
たまには労ってやるのもありか、とみかんを食べて嬉しそうなラプスを尻目にしていると、prrr……とメッセージを通知する音が鳴った。
誰からなのかとメッセージを開いてみれば、それは白神からのもの。
内容を確認してみれば、今日初詣に行きませんかと言うお誘いだった。
「……どうしたもんかな」
「ラプ? 浮かない顔して、どうしたラプ?」
はぁ、とため息を吐く俺を見て、不思議そうに顎と繋がった首を傾げるラプス。
そんなラプスの様子を見て、「お前は気楽でいいよな」と肩を落とした。
「む……言っておくが主よ。これでも我は日々苦悩しながら生きているラプ。気楽に生きてるなどと、簡単に言われたくないラプ」
「そうだったのか? それなら悪いな。そんなに悩んでるとは思ってなかった」
「ラプ。肉を食べるのなら牛と豚と鶏のどれがいいのか、今日はその議論で我の中の我が議論していた――ラプッ!?」
「俺の気持ちを返せや」
相変わらずだったラプスの背後に『拘束陣』を展開すると、一瞬でぐるぐる巻きにしてその場へと転がした。
「まったく、俺が悩んでいるというのにお前ときたら……」
「ラ、ラプ……それでも暴力には反対ラプ……!」
「ふるってねぇよ。ぐるぐる巻きにしただけだ」
ほれ、と転がるラプスを足先で突いて転がして部屋の隅へと追いやる。
ぎゃぁぁぁぁぁ!? とそこそこの速度で転がって壁にぶつかったラプスを無視して勉強用の椅子に座ると、何て返信するかと頭を悩ませる。
先輩として白神に会ったのはあのクリスマス会が最後ではあるが、つい先日賢者として俺は白神に会っている。
当然賢者が俺であることなど、白神達は知らないため本来であればこの誘いを断ることはない。
……しかし、可能性の話ではあるがその賢者が俺であることがバレている、あるいは勘づかれている可能性があるのだ。
その主たる理由が魔法陣の文字だ。
「……読めていたのは、白神があの文字を知っていたから、だろうな」
同好会の活動として、俺が持ち込んでいた魔法書を読むようになった白神。
そんな彼女は、俺がその文字を読めることを知って自分にも教えてくださいと頼み込んできた。
俺自身、最初は教えるつもりはなかったのだが、あまりにも真剣で熱心で厄介だったため、影響のない簡単なものだけを教えるようになっていた。
そんな行動が、まさかこんなことに繋がるなんて、いったい誰が予想できるというのか。
そしてなによりも厄介なのが、白神の体質。
「記憶を消せればよかったが、こと白神に関しては直接干渉する魔法は無効……対処のしようがねぇ……」
「何かあったラプ?」
コロコロと足元まで転がってきたラプスが、こちらを伺うように尋ねる。
流石にそのままはかわいそうかと思って拘束を解けば、ラプスは腹をパンパンとはたきながら飛び上がり、机の上に座り込む。
「この間、
「ラプ。強くなっていたラプね。いいことラプ」
「俺の正体、勘づかれたかもしれん」
「……ラプ!?」
ど、どういうことラプ!? と慌てふためくラプスを落ち着かせながらその根拠について説明する。
しばらくの間ふむふむと頷いて聞いていたラプスであったが、俺が同好会で普段から白神に文字を教えていることを話すと「あちゃぁー」と額に手をやって天井を仰いだ。
「主よ……それはやっちゃっているラプ」
「仕方ないだろ。そもそも、
「それもそうラプ」
うーん、と一緒に頭を抱える俺とラプス。
初詣とはいえ、もし白神が勘づいているのであれば会った時にその件を言及される可能性もある。
魔法も使わず、どうやってはぐらかせばいいのかと考えていると、ふいにラプスが呟いた。
「……もういっそのこと、その娘には本当のことを話すラプ」
「……何言ってんだ?」
あっけらかんと言って見せるラプスに先ほどの拘束陣をちらつかせれば、「は、話を聞くラプ」と後ずさりしてペン立ての後ろに隠れてしまった。
「そもそもの話、主はどうして正体を隠していたラプ?」
「何でって……俺が動きやすいようにするためだろ。だからこそ、あのエルフ耳を捕まえられたわけだし」
「ラプ。けど、もう主の存在は
その言葉に、俺は確かにと頷いた。
「だが、それでも俺の正体までばらす必要はないはずだ」
「それは何故ラプ?」
「そりゃぁ……余計な心配をかけさせたくないからだよ。俺みたいに、死ぬかもしれないやつのことでな」
向こうの世界に居座ったままでは、俺のせいで世界そのものの存続が危ぶまれた。
だが居座らなかったところで、あの世界は何か別のものに滅ぼされる。
その運命を変えたくて、俺は向こうの世界に戻る決意をした。
俺が死んででも、あの敵は倒す。
もし俺が死ぬこともなく倒した場合は、俺自身でこの命を絶つことで向こうの世界の未来を繋ぐ。
そう考えていた。
「主はアホラプ」
「あ?」
「ラプゥッ!? ま、待つラプ危険な魔法はやめるラプ……!?」
突然の罵倒と共にラプスの足元から小さい火柱が上がった。
避けた反動で体勢を崩したラプスは、再び机の上を転がると俺のすぐ近くでピタリと止まった。
「それは、主がこの世界に戻れなかった場合の話ラプ。世界樹が正常に動くなら、主もこの世界に戻ってこられるはずラプ」
「……そうなのか?」
「むしろ、主はそれをわかっていると思っていたラプ」
だからアホだと言ったラプ、と笑って見せるラプス。
「だけど、その世界樹での移動は妖精王の許可がいるんだろ?
「そこはこの我に任せるラプ! これでも我は初代国王の七男、アインツヴァラプス! 土下座でもなんでもすれば、それくらいの無理は通してみせるラプ!」
「おまえ……」
ニシシッ、とラプスは得意げな様子で笑う。
そんな生意気な顔を見せるラプスの大きな腹を、俺は傍に会ったシャーペンの先でぐりぐりと押し付けた。
「い、いたいいたい……いたたたたっ……!? ちょ、力が強すぎるラプ!? 今すごくいい話っぽい雰囲気だったはずラプ……!?」
「……ありがとな、ラプス」
「言葉と行動があっていないラプ――イ゛ダダダダダダァッ!?」
深夜の部屋の中、そんなラプスの叫ぶ声だけが響く。
その声をBGMに、俺は携帯を取り出すとメッセージ画面を開いて文字を打ち込んだ。
『集合時間を教えてくれ。迎えに行く』
死ななくてもいい未来があるかもしれない、か。
既読がつくまでの間、俺はそんな未来を夢想する。
フィン達のために、あいつらは決して喜ばないだろうが死ぬ覚悟をしてきたつもりだった。
だからこそ、あまり周りの人たちと関わらないようにしてきた。俺が死んでも悲しむ奴が出ないように、向こうの世界に行く直前には両親や俺の存在を知る奴らから俺の記憶を消すつもりでさえいた。
けど、その必要がないと考えると、心のどこかで安堵する自分がいる。
心のどこかでは、死にたくないと思っていた証拠なのだろう。
「……いや、違うか」
ピロン、という音に目を開く。
画面にはこの一年で関わりすぎてしまった後輩からの返信が表示されていた。
「フィン以外に、絆されるとはなぁ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます