第90話:賢者は騎士の壁となる5
「ッ!!」
考えるよりも先に手が動き、杖を掲げて矢を防ぐ。
支援が仕事の賢者だったとはいえ、マリアンヌの護衛のためにとフィンやガリアンにさんざんぼこぼこにされた経験が生きたのだろう。
直撃を免れた俺は、追撃が来る前にと着地と同時にバックステップで距離を取った。
「っ!? すみまえん! 撃つタイミング、遅かったです……!」
「大丈夫! このままどんどん攻めるよ!」
悔し気に次の矢を構える白神に対して、赤園少女が明るい声で励ましている。
そして、そんな赤園少女の片割れである青旗少女は、得意げな様子で俺を見て笑って見せた。
「今のはあなたでも焦ってたみたいね」
「……はっ、たまたまの連携がうまくいっただけで得意げになるなよ」
チラリと奥の白神を見据えながら考える。
口ではたまたまだとは言ったが、あれがたまたまの産物ではないことを一番理解しているのはたぶん俺だ。
恐らくだが、白神の奴は魔法陣の文字が読めている。
陣の模様の中に、その魔法陣が何をするための魔法陣なのか、その情報が書き込まれている文字が原因だろう。
普通は読めない。
あの才能マンであるフィンでさえ、この魔法陣に使用される文字を「複雑で面倒だし難しい!」といって覚えることを辞めたくらいだ。俺のようにちゃんと魔法陣の文字について学ばなければ、読むことなんて不可能だろう。
ましてや、異世界の文字だ。
目にする機会も、学ぶ機会すらも、本来はこの世界の住人には縁がないもの。
「はぁ……まったく、ここにきてか。身から出た錆ってのは、こういうことを言うんだろうな……」
そんなあり得ないを実現してしまった白神に、俺は諦めて心の中で拍手を送った。
どんな確率なんだよ。
「ブルー! もう一回行くよ!!」
「任せなさい! 今度こそ、あいつの顔を拝んでやるんだから!」
ダンッ! と力強い音と共に赤園少女と青旗少女の二人が武器を構えて突っ込んでくる。
その様子を尻目に白神を見れば、彼女は俺の動きを観察して今か今かとつがえた矢を放つタイミングを見計らっている。
もはやこれが彼女らの連携として成り立ちつつあるのだろう。
「だが、それだけじゃダメだな」
複数の『石柱陣』を左右に展開。
赤園少女と青旗少女との壁になる形で下から空高くへと突き出した石柱は、たちまち彼女らの行く手を阻み、更にはその数を急激に増やしていく。
「っ!? ホワイト!! すぐその場から離れなさい!!」
狙いはあなたよ!! という青旗少女の声を石柱越しに聞きながら前を見る。
左右に突き出し壁のようになった石柱によって作られた一本道。その道の先には、射るタイミングに集中していたことで逃げられなかった白神の姿があった。
複数人を相手にするのであれば、後衛を先に片付けるのは必須。彼女らの実力を見るという目的もあったため、最初から白神を狙うことはなかったが、もういいだろう。
悠長にしていれば、すぐに外の二人が石柱を壁走りで駆け上ってくるため速攻で落とす。
「『加速陣』展開」
「っ……知らない文字……!」
俺の足元から白神の手前までに複数展開された『加速陣』
俺はそれを踏み込み、爆発的な加速で真っ直ぐに白神の元へと駆けた。
「でも! 一本道ならあなたも避けられない――」
「もう遅い」
「!? はやっ……!?」
雷の矢をつがえようとしたその瞬間には、もう加速しきった俺は目の前まで迫っている。
本当なら、『空間固定陣』とかで動けないようにしたいんだが、こいつ自身に直接干渉する魔法が効かないからなぁ……
「「ホワイト!!」」
後方から聞こえた二人の声に、もう駆け上ってきやがったのかという内心で驚く。
しかしもう間に合わないだろうと確信して杖を構えると、動けず無防備な足を掬いあげるようにして転ばせた。
「……へ?」
「拘束陣でも使いたいが、意味がないからなぁ……」
ほれ、と杖先を倒れた白神の首元に突き付けてやると、彼女は「うぅ……」と悔しげな表情で俺のことを見上げていた。
「随分と優しい対応じゃないのよ」
「あん?」
そんな俺の様子を見ていた青旗少女は、以前にも増して怪しいものを見る目で俺に向けていた。
「さっきのあんたは、やろうと思えばホワイトを攻撃することもできたはずよ。なのに、地面に転ばしただけで何もしない。どういうつもり?」
「どういうつもりも何も、最初に行ったはずだぞ。君たちの実力を先達として見極めるためだと。元より、俺は君たちを倒すつもりでここに立っているわけではない」
「……はぁ!?」
「何故そこでキレる……」
「ブルー、やっぱりこの人、悪い人じゃないよ」
赤園少女が「ほらね」とどこか嬉しそうな様子で青旗少女の肩に手を置いている。
そもそもの話、あの体育祭の時に味方だとはっきりと言っていたはずなんだが……いや、あの時点での言葉を信じろという方が無理な話か。
「悪い人じゃないことは良いが、そんなことよりも白いの。さっきも言ったが、もっと自分で動くことも考えたほうがいい。こうやって一人になって何もできないでは、話にならないからな」
「うぅ……はい……」
「あと、愚直に俺のことを狙いすぎだ。同時に何本も矢を射れるなら、そのうちの数本は囮か誘導のためにわざと外す様にしておけ」
言えば言うほどしょんぼりと項垂れる白神は、既に杖もしまっているというのに、一向に起き上がろうとはしない。
とはいえ、俺の未来視を読み、魔法陣すら予測して追い込んだのもこいつだ。そこについては流石だというべきだろう。
「それと赤いのと青いの。攻めと連携は流石だったが、少々突っ込みすぎだ。信じるのは良いが、もう少し後ろを気にしてやれ」
「は、はい……」
「わ、わかってるわよ……!」
「特に青いの。真面目そうに見えて短気すぎる。もうちょい落ち着け」
「くぅっ……!」
変身してないときの印象としては中学生にしてはすごい落ち着いた女の子だったんだが、あれは猫かぶりだったか。まぁ、あまり関わりのない人の前で素を晒す必要もないため当然なのかもしれないが、そこに関しては意外に思えた。
そして俺は気になったことを改めて訪ねてみることにする。
「そこの赤いの」
「赤いのじゃなくてジュエルレッドです!」
「長い。それより、どこでその剣を習った? 前に見た時よりも太刀筋や動きがよくなっていた」
褒められたと思ったのか、彼女は「そ、そうですか」と照れ臭そうにしながら俺の質問に答えてくれる。
「実は試練で異世界の勇者さんにいろいろと教えてもらったんです!」
「…………そうか。それで、その勇者の名前は?」
「え? えっと、フィンさんって人でしたけど」
その答えを聞いて、動揺を表に出さなかった俺を褒めてやりたい。
予想はしていたが、実際にこうして名前を聞くことになるとは何とも不思議な気分だ。
もしかして知り合いですか? という赤園少女の問いかけに首を横に振って否定する。
別に隠すようなことではないが、言う必要がある事でもない。それに、味方ではあれども俺の素性を話すほどでもない。
「一応言っておくが、あの騎士もドラゴンガールも強いことには変わりがない。君たちが強くなったとはいえ、簡単な相手ではないはずだ。油断しないようにしておけ」
話は以上だと展開していた結界を解けば、戦闘によって荒れていた森が一瞬で元の状態に戻る。
その様子を見届けた俺は、もういいだろうとその場から立ち去ろうとするのだが、今迄様子を見ていたアルトバルトが飛び出してくると俺の行く手を阻むように立ち塞がった。
「……何の用だ?」
「ア、アルゥ……ま、まだ聞きたいことはたくさん――」
「残念だが、俺にはない。そもそも俺一人相手に押されるようじゃ、話したいとも思えんよ」
チラリと三人を見てみれば、俺の言葉にどこか気まずそうにしていた。
そんな様子に、はぁ、とため息を吐き「だが」と続ける。
「俺自身、まぁ不本意ながら追い込まれたのも事実だ。最低限の実力はついている……と認めてはいる」
実際のところ、三人の実力が以前とは別物になっていることは事実だ。
連携に関しても、最後のほうには対処が難しいほどにもなっていたため、本当に最低限ではあるが認められる程度にはなっている。
俺のその言葉に嬉しそうにする二人と、どこか不満げにそっぽを向く一人。
そんな彼女らの様子を見て、俺は目の前のアルトバルトを避けるように歩き出す。
「じゃあな。次に君たちが戦うときには、味方として援護しに行くよ」
それだけ言うと、俺は彼女らの返答を聞く前に『隠蔽陣』で姿をくらましてその場を去るのだった。
◇
「……確かめないと」
「? どうしたの、ホワイト」
「あ、いえ。何でもありません……あはは……」
「?」
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どうも、岳鳥翁です。
7万PV行きました!そしてカクヨムコン8の最終選考、結果は残念でした!悔しい!
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