第62話:賢者は掬うのが得意
体育祭まで残すところあと1か月をきった頃。
いよいよというべきか、クラスの参加競技を決める会議が始まった。
クラスの連中は俺とキースの件をよく知っているせいか、担任が話を進める中でも何人もの視線が俺とキースの間を行ったり来たりしている。
気になるのはわかるが、いい加減うっとうしいぞお前ら。
「例年通りではあるが、奇数クラスは紅組、偶数クラスは白組となっている。私たち2組は白組だ。みんな協力して頑張るように!」
特にデヴィリオン! と教師は我がクラスの応援団にむけて声をかける。
「応援団も兼任で大変だとは思うが、周りのクラスメイトも頼って乗り切ってくれ!」
「わかりました」
その応援団本人が、自らクラスメイトと敵対するように動いてるんですが? それも中学1年生とのデートを賭けて。先生そこのところどうなんですかね?
と、そんなことを言ったところで現実が変わるわけではないため何も言わないでおこう。恐らくだが、知ったところで魅了された教師が問題ないと一蹴する姿が容易く目に浮かんでくる。
チラリと視線をキースに向けてみれば、奴もこちらを見ていたらしい。目が合うと、いつもの人当たりの良い笑みを浮かべてきた。
「気味が悪いなまったく……」
そこからは教師と交代する形で学級委員が教壇に立つと、そのまま誰が何の競技に出るのかを決めていく形となった。
うちのクラスは誰が出るのかの被りが少なかったようでとんとん拍子で出場枠が決定していく。
「じゃあ次は徒競走だね。50mと100mの二つがあるけど、これに参加する人は……」
「委員長、100mには僕と津江野君が出場するよ」
委員長が参加者を募ろうとクラスを見回すと、待ってましたとばかりにキースが手を挙げてそう答えた。
こちらを確認するように振り向いたキース。恐らくだが、「これでいいよね?」とでも言いたいのだろう。
最善の選択をするのであれば障害物競走が最も俺の実力を発揮できる競技になるのだが、選択権は奴にあるため仕方ないだろう。だが逆に言えば、相手が選んだ土俵の上で戦ってやるのだ。どんな手を使おうとも勝てば問題はない。文句も言いづらいはずだ。
問題ないという意を込めて頷いてやれば、キースはそれはそれは良い笑顔で100m走の出場枠をもぎ取っていた。
100m走は紅組と白組から2名ずつの計4名で走ることが決まっている。どうやって俺とキースが同じ枠順で走ることになるのかは知らんが、そこはあのキースがなんやかんやして揃えて来るだろう。
でなければ、こうして勝負を仕掛けて来る意味もないからな。
100m走にて一時的に緊張感に包まれたクラスメイト達であったが、そこが決まってしまうと後は先程と同じようにスムーズに出場する競技が決まっていく。中にはパン喰い競争やら流しそうめん掴み競争など、意外と面白そうな競技があったことも驚いたな。
何を競うんだよ、流しそうめん掴み。いや字面でわかるけども。
◇
「じゃあ津江野君。当日楽しみにしておくよ」
無事クラス内での出場競技が全て決まり、会議が解散となった後。
キースはわざわざ俺のところまで来るとそう言ってからどこかへと立ち去ってしまった。
「おい津江野。お前大丈夫なのか?」
「何がだ、田村」
「何がって……勝負するの、100m走なんだろ? 運が絡む障害物競走とかならともかく、純粋な実力勝負は不利じゃないか? 体育の授業とか見てる限りじゃ、デヴィリオンの身体能力は相当なもんだと思うぞ」
心配そうに話しかけてくれた田村は、どうやら俺が負けるのではないかと思っているらしい。
だが確かに田村の言う通りではあるだろう。現に、キースはこれまでの授業においてもその身体能力を周囲に知らしめてきた。
流石に人間の範疇に収まるレベルに抑えてはいるが、それでも学生としてみれば全国屈指だと判断されてもいいレベルに、だ。
そのためか、これまであいつを監視してきた中で何度か運動部から誘いを受ける様子も確認している。
対して俺はと言えば、普段からあまり積極的に目立とうとするタイプではないため、普通くらいとしか思われていないのだろう。
「まあ田村の懸念も当然だろう。けどまぁ、そんなに心配するな。何とかする」
「何とかって……まあお前が受けたことだし、あんまり俺がでしゃばることじゃないんだろうけどさ。頑張れよ」
「ああ、ありがとう」
周りの数多くの人間がキースの勝利を信じて疑わないようななかで、俺にもこうして信じてくれる友人がいる。
そんな友人がこうして応援してくれるんだ。心配を無下にしないように全力で応えてやらねば賢者の名が廃るというもの。
とはいえ、だ。
この1か月の間に体育祭の全体練習や進行確認などの練習時間があったりする。各競技もそれは同じことで、何度か事前練習の機会が設けられるのだ。
そしてそれは俺が出場する100m走にも同じことが言える。
どの順番でどのコースを走るのか。その確認も含めての事前練習……だったんだが
「きゃー! キース君はや~い! 1着よぉー!」
「陸上部にも負けないなんてすごいわ!」
「キース君すてきぃ~! こっち向いてぇ~!」
全体練習であるため、高等部2年の全クラスが一堂に会して行われた練習時間。
基本的に競い合う相手は同学年であるため、全学年が絡むものでなければ学年ごとでの練習で事足りる。
そして100m走の練習で……案の定というべきか、キースと俺は同じ白組として走ることになった。
「やあ、津江野君。君も惜しかったじゃないか」
「……どうも」
そしてその結果と言えば……キースは当たり前のように2着の紅組陸上部君に大差をつけた1着。俺は可もなく不可もない3着に収まった。
「ふふ、わかるよ。これはあくまでも練習……君も手加減していたんだろう? 本番はもっと熱くなる勝負を期待しているよ。……もっとも、僕だって今日は本気じゃないんだけどね」
「そうかよ。なら、足元掬われないように気を付けておくんだな」
「ふふ……そうだね。気を付けるよ」
そう言って立ち去っていくキースの後ろ姿を尻目にしながら思考を巡らせる。
キースの言う通り、今日のあいつは本気なんて出してすらいないのだろう。陸上部に大差とはいえ、やろうと思えばあいつは現役のオリンピック選手以上のスピードだって出せるのだから。
そこまでやらないにしても、今日以上のスピードで当日は走ると考えていいだろう。
対して俺も本気ではないにしても、純粋な身体能力では負けると言わざるを得ない。
となると、やることなんて最初から一つしかない。
相手に実力を出させない、これに尽きる。
「さて、掬わせてもらうぞ。デヴィリオン」
もう見えなくなった標的に向けて、俺はこっそりと呟いた。
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