第61話:賢者は騎士の提案にあえて合意する

 さて、一応ながらキースの俺に関する記憶は無事消去することができたわけなのだが、肝心の白神の件についてはまだ問題が解決していないと言える。

 おかげさまでキースの奴は暇を見つけては俺のところに来ては白神に着いて話を聞きたいなどと宣うようになっていた。

 正直ウザい。


 こちらは話すことなんか何もないとあしらっているのだが、そのたびにキースの周りにいる女子たちから敵視されているときた。クラスメイトというだけの赤の他人にどう思われたところで何とも思わないのだが、連日そんな目に晒されるのは非常にストレスだ。


「何というか……本当に大変そうだな。津江野……」


「……そう思うなら変わってくれ」


 何とも言えない様子で声をかけて来る田村にSOSを出してみたが当然のようにすまんと謝られた。

 もういっそ、あいつを人目のつかない場所で屠った方が世のため人のためそして俺のためではないだろうか? これ以上酷くなるならリスクを冒してでも殺める価値が出て来るぞ。


「やあ、津江野君」


「来やがったなこの脳内ピンク野郎……!!」


「ひ、酷いなぁ……そんなに睨まなくてもいいじゃないか」


 突っ伏していると、既に耳にも害をなし始めた元凶の声が近づいてきたことを察知する。

 話す気はないオーラを全開で漂わせているというのに、件のこいつはそれに気づくことなく休み時間で主がどこかへと行ってしまった隣の席へと陣取った。


 ちらりとその背後に目をやれば、そこにはキースを見守るようにこちらを覗き見ている女子たちの姿があった。

 俺にはわかる。あいつらの目は、「キース君に酷いこと言ったら許さない」の目だ。魅了されているとはいえ、中学1年生をデートに誘うために情報収集するヤバさには気付けよ。


「わかりきったことを聞くんじゃねえよ。何度も言うが、大事な後輩にお前みたいなヤバい奴を近づけさせるわけねぇだろ」


「ちょっと津江野! キース君になんてこと言ってんのよ!」

「そーよ! 私たちからすれば、いっつも教室の隅でよくわからない本を読んでる津江野の方がヤバい奴よ!」

「キース君みたいな人と津江野を比べることすら烏滸がましいと思いなさい!」


 これである。やはりこいつの魅了というのは呪いか何かの部類とみて間違いないだろう。言わされているわけではなく、心からそう思っていると思われる言葉だ。それがキースを擁護するという状況で内心から零れていると思われる。


「み、みんな落ち着いて……! 僕は大丈夫だからさ。ね?」


 振り返って擁護していた女子たちに向けて笑顔を見せるキース。それだけで、後ろで擁護していた女子を含めた数多くの女子生徒(+一部男子生徒)が目を奪われて大人しくなった。


「ごめんね。彼女たちも悪気があったわけじゃないんだ。ただ、僕のためを思ってくれたが故の行動だからさ」


「悪気しかねぇぞあんなの。デヴィリオン、お前の耳は鼓膜がついているのか……?」


「だな。あんな女子からの言葉のナイフ……お、俺だったら耐えられないぞ」


 自身の腕で体を抱きしめた田村が身震いしているのをしり目に、視線をキースに戻す。

 いつも通りの笑みを浮かべているが、昨日その本性を見たところだ。この笑顔の裏でいったい何を考えているのかわかったものではない。


 だが今日の彼の様子を見るに、先日の同好会での出来事はすっかり忘れてくれているようだったので一安心といったところだろう。俺に対しての認識も、自身が気に入った少女と深いかかわりのあるクラスメイトくらいなもののはずだ。

 だがあまり進展がなければまたこの間のように襲ってくると思われるため、その時の対策も考えておかなければならない。主にこいつの目撃証言と俺のアリバイについてだな。


 次俺に襲い掛かった時が貴様の命日魔力タンク参加日になると思え。


「それで改めてなんだけど、そろそろその君の後輩ちゃんのことについて教えてほしいんだ」


「改めてもそろそろも関係ないって早く気付け。いい加減しつこいぞ」


「そうだぞ、デヴィリオン。いくらなんでも、ここ数日の津江野に対しての行動は俺もどうかと思うぞ」


 俺以外にも、田村が言ってくれたことは少々意外だった。

 心の中で田村に感謝しつつも、相手の出方を伺おうとキースを見る。


 すると奴はそんな言葉も予想していたのか、わかってるよと言って言葉をつづけた。


「だからこそ、だ。津江野君、君に条件を持ってきた」


「……条件?」


 俺の言葉にそう! と大きく頷いたキースは、いつもよりほんの少しだけ上擦った声で続ける。


「今度の体育祭で、君と僕で勝負しようじゃないか。僕が勝ったら君はあの子のことを僕に教えてデートに付き合うように説得するんだ」


「アホか。んなもん断るに決まっているだろ」


「おや? 自信がないのかい?」


 何故かこちらを挑発するように笑うキース。そんなキースに便乗したのか、背後の女達も「逃げるのか」やら「臆病者」などと揶揄する声が飛んでいた。

 やっぱり悪気しかねぇじゃねぇか。


「自信以前の問題だと言ってるんだよ。お前の都合で俺と白神を巻き込むんじゃねぇ」


「そんなつもりはないさ。これは君と僕に限った話だ。僕が勝ったら君の意志で彼女のことを教えてデートに誘いだしてくれればいい。その後については彼女次第さ」


 それに、と彼は言葉を続ける。


「極論、君が勝てば何も問題はないんだよ?」


「……一つ付け加えろ。俺が勝った場合、お前は今後俺と白神に近づかない。それが条件だ」


「……ふふっ、いいよ。それも付け加えておこう」


 用は済んだとばかりに席から立ち上がったキースは、立ち去る寸前に一度立ち止まって振り返った。


「勝負する競技はまた連絡するよ。それじゃまたね、津江野君」


 上機嫌で去っていくキースの後ろ姿を横目にしていると、不安げな様子の田村が「大丈夫だったのか?」と心配して問うてきた。


 まあ確かに問題がないと言えば嘘になってしまうが、やり様はいくらでもある。

 何の競技で勝負するのかは決まったわけではないが、いい加減奴の行動にもうんざりしていたところだった。向こうからやめるというのであれば話に乗ってやるメリットはある。


 それに、だ。奴自身は俺に負けるわけがないと思っていることも大きい。

 先日の動きを見る限り、あいつは明らかな身体能力特化型。人の姿であってもそれは変わらないため、ただの人間相手なら負けはないと思っているだろう。


 甘く見てもらっては困る。

 こちとら万能と呼ばれた賢者だ。身体能力の面では劣れども、搦手や奇策はこちらの領分。

 周りの一般人に怪しまれないよう、そして体育祭に参加するであろう白神や赤園少女とむっつり妖精に感づかれないようにする必要はあるがその競技のみの短い時間であればなんとかなるはずだ。


「ふふふ……目にものを見せてくれるわ……!」


「お、おお……! お前のやる気のある目ってそんな感じなんだな……」

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