第60話:賢者は騎士の油断を逆手に取る
「……理由を聞いてもいいかい?」
「さっきも言っただろう。そもそもの話、こんな手段を取ってくる相手を白神に近づけさせるわけにはいかねぇんだよ。伴侶? 対等? 知るかボケ。お前の都合がどうであれ、言ってることはまともじゃねぇよ。第一相手に対等を求めるなら、真正面から向き合ってから言えよ妄言野郎」
「……随分と酷いことを言うね。だがこれは僕と彼女の問題だろう? そこまで君が干渉するのはおかしくはないのかい?」
「ほざくなよ。こうしてお前が俺を巻き込んでいる時点でその理論は破綻してんだ。白神にはちゃんとお前がヤバい奴だから近づかないほうがいいって教えておいてやるよ」
しかしまぁ、まさかこいつがわざわざこうして人に紛れていた理由がこんなしょうもない理由だったとはな。
もちろん、あのエルフ耳を探すのにも都合がいいという理由もあるのだろうが、今の話を聞く限りはその伴侶……嫁探しとやらの比重の方が大きそうだ。今後警戒を怠るつもりはないが、それでも考え事が一つ減ったことは喜ばしいことだろう。
「ほら、用はもう済んだだろう。さっさと帰れ」
未だに席に座って項垂れているのか、顔を伏せたまま微動だにしないキースに退出を促す。
そもそも、帰ろうと思っていたところにこいつが来たのだ。余計な時間を費やしてしまったので一刻も早くおかえり願いたい。
「フフッ、まさかこうなるなんてちょっと予想外だったよ……けどそんな予想外があるからこそ、君たちのような下等生物は面白い」
「あ? 何言ってんだ?」
「最初から、こうしておけばよかったよ……!!」
急に席から立ち上がったキースは、勢いそのままに俺の腕を掴んで引っ張ると出入り口かとは反対側の壁に俺を押し付ける形で拘束した。
……男の壁ドン(無理やり)とかどこへの需要だよ。
「何のつもりだ?」
「うん、ちょっと君には僕の言う通りにしてほしいと思ってね」
「だからさっきも言っただろう。そのつもりはないぞ」
「この状況でもそう言える君には敬意を示すよ。けど、これを見てもまだ同じことが言えるかな……!」
言葉の途中からキースの体に纏われていた負のエネルギーが露散していき、ついには完全にその姿を露にした。
頭には山羊のような渦巻き状の大きな角が生え、蝙蝠のような巨大な羽と先端がスペードのような形をした尻尾が後ろに見える。さらによく見ればズボンがパンパンに膨れ上がっており(一部ではない。全体的に、だ)、足先は蹄のような形に変化していた。
何かに例えるとするなら、本や御伽噺で見る悪魔、といったところだろうか。顔はキースのままだがな。
「君も彼女みたいにちょっと僕の魅了が効きづらいようだけど、本気を出せば仲良くもしてくれるし、言うことも聞いてくれるだろう?」
「……なぁるほどねぇ」
要は強硬手段に出たわけか。思い通りにならないから、無理やり力を使って望んだ通りの結果を得る。
確かにその考え方自体は正しいのかもしれない。現に、俺だってあの世界で同じようなことを魔物相手にしてきたのだから。
だがまぁ、相手によるわな。それは。
通用する相手もいれば通用しない相手もいる。それはあのフィンだって同じこと。現に個人の力押しじゃあ、あの魔王相手には勝てなかったのが現実だしな。
「さぁ、津江野君。僕と君は仲の良いクラスメイト。友達じゃないか。友達なら……僕の頼みを聞いてくれるよね?」
目と目を合わせてそう問いかけて来るキース。そして同時に俺は納得もしていた。
こいつの魅了というのは、どうやら魔力やこいつら特有の負のエネルギーによる力ではないらしい。現に今そういった力の一端は確認できていない。
いうなればこれは呪いとか特性とか、そういった別の何かなのだろう。どうりで教室では気づかないわけだ。
だがな、キース・デヴィリオン。
お前のような相手ってのは、あっちの世界で何度か経験があるんだよ。
「津江野君。僕に、彼女のことを教えてくれないかい?」
「お断りだこの野郎」
「!?!?」
そう答えるや否や、キースの周りにいくつもの魔方陣を展開する。
展開するのはいつもご愛用の『拘束陣』と『弱化陣』を複数。そして大声を出されては困るため『無音陣』も追加でドンだ。
「何故魅了が……! いや、それよりも……! なんだこれはっ!?」
急に現れた魔方陣に思考が追い付いていないのか、驚愕を露にするキース。
油断しただろう。まさか自分が相手にしていた相手がただの一般人ではなかったのだから。
その油断のおかげで、俺は随分と動きやすい。
射出された『拘束陣』の鎖を見てまずいと感じたのか、寸前のところでそれらを避けて一直線に逃亡を図ろうとするキース。
だがここまでしたんだ、そう簡単に逃がすつもりはない。
出入り口から逃げようとしたキースのまさに正面。その扉に『拘束陣』が展開され、再び射出された鎖がキースを捕らえようと一気に迫る。
「くっ……!!」
「おっと、これも避けるか」
どうやら身体能力はかなり高いようで追いかけても追いかけても十数本の鎖では捉えきることはできないようだった。
「い、いったい何なんだ君は……!?」
「お前みたいに話すつもりはねぇっての」
だがしかし、いくら動けるとしてもだ。
お前がいる部屋そのものが相手では逃げ切れないだろう?
「!? こ、これは……!?」
「残念だが、ここは俺の部屋なんでな。恨むなら、のこのこ部屋に入った自分を恨め」
床、壁、天井。
そのすべてから一片の隙間もなく射出された鎖の数々を前にしては、いくら身体能力が優れていたとしても避けれまい。
部屋という割と小さい密室であったこと、そして俺が普段から根城にしていた部屋であることが幸いしたな。
何本かの回避には成功したキース。しかし数の暴力の前には個の力にも限度がある。ついにはその四肢を含めた体中を雁字搦めに拘束されて床に転がることになった。
「ま、まさか君のような存在がいたとはね……! プリッツの件も、大方君が関与してるんだろう……? ああ、そうか……アンフェが言っていたのは君のこ――」
特に会話するつもりもないため、すぐさま『無音陣』でしゃべれないように処置をする。
ついでに死なない程度に電気を流し込んで気絶させれば対処完了だ。
「……ふぅ。なんとかなったな」
意識がなくなり、白目をむいているキースを見下ろす。
いつもの王子様じみた顔が台無しだなこりゃ、と内心で少し笑いながらキースがちゃんと気絶しているか足先で小突いて確認する。
本当ならこいつもあのエルフ耳のように監禁拘束からの魔力タンクの刑なのだが、そうできないというのが面倒なところだ。
というのも、こいつがここに来ることを誰も知らないという保証がないからだ。キースがここに来ることを話していなくても、こいつ自身が目立つ存在だ。その足取りを誰かが見ていたとしてもおかしくはない。
今は以前のように人払いの結界も作動していないため、もしここで監禁拘束魔力タンクの刑に処してしまうと俺が疑われる可能性が出てくるのだ。それは俺自身避けたいところ。
だからこそ、今回に限っては記憶を消して放置するくらいしかできないのだ。
まあ、あのエルフ耳でこいつらの記憶を消すこともできるのは実証済み。心配はいらないだろう。
「……ついでに、白神の記憶も消しておいてやりたいんだがなぁ」
あのデートへのナンパ現場は数多くの生徒に目撃されている。
もしも周りの奴らが白神の件をキースに聞いた場合、記憶との矛盾が生じてしまうため迂闊に消すことができないのだ。
もしやるならあの場にいたすべての人間の記憶を消す必要があるのだが、不特定多数過ぎて現実的な話ではないな。
「まあ、近づかないようにだけ言っておくか」
後日、キースに近づかないようにと白神に伝えたら何故か機嫌がよくなった。
曰く、先輩も嫉妬とかするんですか? だと。意味が分からん。
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