第63話:後輩と賢者と夕焼けと

 いつも思うのだが、何故時というのはこんなにも経つのが早いのだろうか。特に何も用がなければ遅く感じるのに、何かやることがあればそれが顕著になるときた。


 ……さて、ついに体育祭まで一週間を切り、学園全体も少々浮ついた雰囲気になってきているような気がする。

 まぁ以前にも言ったことだが、体育祭というのは学生にとっては一大イベント。特に運動部にとっては部の大会以外での活躍の場となる。

 そして我がクラスはそれとは少し違った意味で盛り上がっているときた。


 理由は言うまでもないだろう。俺とキースの勝負についてである。

 中には一人の少女を賭けて二人の男が雌雄を決する戦場、などと揶揄する奴まで現れるほどだ。拡大解釈にも程がある。

 だがそこまでいかずとも、クラス全体が俺とキースを気にかけていることは確かだろう。加えて休み時間にうちのクラスの前を通る他クラスの生徒が俺とキースを見て話をしていることから、この話はうちのクラスの生徒を通して学年中に広まっていると考えられる。


 女子どもが勝手に広めたのか、はたまたこれさえもキースの戦略なのか詳細は不明であるが、あまり気分のいいものではないことは確かだ。


「面倒だ」


 つまるところ、形はどうであれこの件によって俺の名は以前よりも広く知られるようになってしまったわけだ。

 人の噂も、とは言ったが本当に七十五日で収まるのか考えものである。


「だ、大丈夫か? 津江野」


「……問題ない。焦る必要もないからな」


 視線がうざくて突っ伏していたのだが、そんな様子を見かねて田村が話しかけてきた。

 田村は俺の言葉に対して、「いや、でもよ……」と躊躇いがちに言い淀む。


「どうした?」


「……これまでの事前練習、デヴィリオンが全部勝ってるだろ? それも陸上部もいる中で圧倒的にだ。クラスの連中……いや、今じゃ学年中、デヴィリオンが勝つって言ってるぞ」


 そう言って田村が視線を向けた方へと目をやると、その話題の人であるキースが女子生徒と談笑中であった。

 内容としては、キースの応援と言ったところか。頑張ってねなどと言われているのに対して、にこやかに対応していた。


「まぁ俺とあいつの走りを見てれば、そう思うのも無理はない」


「それにデヴィリオンの奴、あれでもまだ本気じゃないって噂だぞ。今のままでも相当なのに、本気出したらどうなるんだよ……」


 田村の言う通り、これまで行われた100m走の練習においてキースは圧倒して勝っている。

 最初は悔しがっていた陸上部の生徒も、3回目の練習では既にやる気や自信を喪失するような、そんな走りを披露しているのだ。

 おまけに、毎度毎度俺のところに来ては親しいようで実はそうでもない言葉を投げかけて来る。表向きには「全力を出してお互い悔いのないように頑張ろう」ではあるが、その中身は「どうせ僕が勝つから」である。なかなかに愉快な性格をしてらっしゃる。


 そのうえ女子には態度の悪い対戦相手にも優しいキース君、と認識されているのだからもうお手上げ状態だ。もともとどうにかしようとも思っていなかったが。

 最近では、「一人の女の子のために正々堂々勝負を挑むキース君」を応援する女子生徒(+α)と、「何とかイケメン超人のデヴィリオンに一矢報いてほしい」男子生徒でクラスが二分されているときた。

 見世物じゃねぇし、女子は魅了があるからとはいえその一人の女の子が去年まで小学生だったってことに気付いていただきたい。というか、アピールしてるのに自分以外の女の子とデートする気満々なんだぞ? 疑問か不満を持て?


「……まあ、なるようになるさ。勝負なんて、当日にならなきゃわからないもんだ」


「そうはいってもな……」


「なんだい、津江野君。僕の話かな?」


 ふとかけられた声にそちらを見てみれば、いつの間にかそこにいたのかキースが隣の席に腰かけていた。

 いつも通りの、人当たりのいい気持ちの悪い笑みだ。


「何でもねぇよ。話すことなんてないから早く席に戻れ。お前にほっぽかれてる女子がかわいそうだぞ」


「ははっ、彼女たちはそんなことで怒りはしないさ。みんな優しい、気のいい子たちだよ」


「お前限定でな」


 チラリとキースの背後を見てみれば、よくキースと一緒にいる女子たちがキースにばれないよう俺をにらんでいるのがよくわかった。

 女子も節穴ならこいつも節穴ときた。類は友を、の体現者か?


「で? お前のことだ。お前のことを話していたから、なんてのは建前だろう。何しに来た」


「え? やだなぁ。純粋に、クラスメイトとの仲を深めに来ただけだよ? 今はクラス中が僕らのことでギクシャクしてるみたいだけど、僕個人としては君とも仲良くしたいのは本音だからね」


「諸悪の根源が何を言うか。お前が始めたことだろうが」


 忘れているとはいえ、自分の思い通りにならなければ力づくで言うことを聞かそうとするような奴だ。その言葉はラプスのダイエットするという言葉と同じくらい信用がない。

 俺の悪態にも笑顔を崩さないキースに若干引いているのか、その様子を見ていた田村が「うわぁ……」と言葉を漏らす。


「……フフ、やっぱり君は興味深いね」


「あ?」


「いや、何でもないよ。ここまで僕が興味を持っているのに、そうやって邪険にされたのは初めてだったからね。彼女とデートした後は君とも一緒に遊んでみたいものだ」


「嫌だよ気持ちわりぃ。なんでわざわざ野郎と出かけなきゃならんのだ」


 ほれあっち行け、と手を払ってやればキースは少しばかり残念そうに肩を竦めて自分の席へと戻っていった。

 その背中を眺めていた田村が再び俺へと視線を戻す。


「デヴィリオンフラグでも立ったか?」


「まじでやめろ」


 人妻までありだとか言い出す奴なんだ。男でもいいとか言い出しかねないから本当にやめてほしい。


 思わず殺気すら込めしまった俺の言葉に、田村は背筋を正して前を向いたのだった。





 体育祭まで一週間もないとは言っても、基本的に部活や同好会が活動を休止することはない。

 せいぜい運動部が前日休みになる程度で、文化系に当たる我ら黒魔法研究同好会は全くと言っていいほど関係がない。


 周りの目や噂話など、この人の寄り付かない旧館では無縁の話だ。最近ではすっかり俺にとっての憩いの場となりつつある。

 いつも通りの部屋でいつも通り魔法書を読む。そしていつも通り白神が魔法書の文字について質問してきて……


「あの、先輩……その……こ、この間の転校生の方と、私を賭けて勝負するって本当ですかっ!」


 ……なんてことはなかった。

 俯いたまま声を張り上げた白神は、横目でチラチラと俺の方を見ながら様子を伺っている。

 特徴的な髪の間から顔を覗かせている耳は、夕焼けの色も相まってかいつもよりも赤みを帯びているようにも見えた。


「……どこかで聞いたのか?」


「えっと……ク、クラスの友達から……」


「そうか……」


 どうやらうちの学年を飛び越えて話が広まってしまっているようだった。

 中等部の1年生にまで広まっているのであれば、話は学校中に知れ渡っていると考えた方がいいだろう。


「ごめんな、白神。お前に迷惑をかけるかと思って話していなかったんだが……まさか、学年を飛び越えて広がってるとは思いもしなかったわ」


「あ、いえ。私も人伝に聞いたので、詳しいことはよくはわかっていないのですが……」


 どうやら、大雑把な内容だけ独り歩きしているらしい。

 どういう話だったのかを聞いてみれば、どちらが白神の彼氏として相応しいのかを高校生の男子二人が体育祭で勝負するといった内容だった。

 確かに白神に関するいざこざではあるものの、尾ひれが付きまくっているとしか言えないぞこれは。そも、中等部一年生相手に高等部が彼氏に相応しいか云々が異常だということに気づけよ。


 まぁ、面白半分ってのもあるのだろう。人っていうのはそういうものだ。


 とりあえず誤解は解かないと、と俺は白神に勝負の内容についての詳細を話すのだが、話を聞き終えた白神は少しだけ落ち込んでいるようにも見えてしまった。


「えっと……か、勘違いしてご、ごめんなさい……」


「いや、謝るようなことじゃないから落ち込むなよ。それにこっちも、白神がいないところで勝手に進めて悪かったな」


 小柄なことも相まってか、ショボンと落ち込んでいる様子が小動物のそれにしか見えない。

 どうしたものかと頭を悩ませたが、そんなときにふと昔のことを思い出した。

 理由は何だったか、確かお気に入りの木の実をガリアンが勝手に食べてしまった時だっただろうか。

 リンが今の白神のようになったときによくせがまれたな、と俺はそっと手を伸ばす。

 ポンッ、と伸ばした手を白神の頭に置き、そのままゆっくりと撫でるように動かした。


「……え?」


「あ、すまん。嫌ならやめるが……」


「あ、いえっ。……その、もう少しこのままでお願いします……」


「……そうか」


 俯いていることには変わりないが、声の様子から先ほどまでの雰囲気は見られなかった。

 リンもこうすると機嫌をよくしていたから、と思っての行動だがどうやら正解だったらしい。


「あの、先輩」


「どうした?」


 されるがままだった白神が上目遣いでこちらを向く。


「体育祭、勝ってくださいね」


「……ああ。任せろ」


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