第64話:仕込みの賢者
10月ももうすぐ終わりに近づいたころ、我が孔雀館学園では毎年のように体育祭が開催されることになっている。
場所は敷地内にある巨大な体育館が会場となっており、中等部一年生から高等部三年生までの全学年が参加することになっている。また、参加したい保護者は観覧席で体育祭を観戦することもできるため、この一日だけはとんでもない数の人が一つの会場に集まることになる。
ただ、それを入れてもなお余裕のある会場だと言えば、孔雀館の規模の大きさというのが何となくでも伝わるのではないだろうか。
そして事前に準備をしていたとはいえ、その規模の会場全体に魔法をかけていた去年の俺もすごいと言えるだろう。
ただ去年と同じように行かないのが今年の体育祭。
夏休みが明けてから敵の組織の奴がうちのクラスに転校してきたかと思えば、伴侶を探すなどという俺からしてみればどうでもいい目的に
……いや本当にどうしてそうなったんだろうな。
文字にしてみると何でなんだと改めて考えさせられる内容だが、なってしまったからには仕方ない。可愛い後輩のためだ。元英雄としても、あんなやつを近づけさせるわけにはいかないだろう。
「準備はできているか、ラプス」
「ラプゥ……急にこんな夜遅くに連れ出されたかと思えば……いったいここはどこラプ?」
上着のポケットから顔を覗かせたのは、デフォルメされたネズミのような外見をした小さな妖精。
妖精と聞けば、普通はもっと可愛らしい羽の生えた女の子とかを思い浮かべそうなものだが、異世界産の妖精は丸々太っていたりむっつりスケベだったりとどうしようもなかったりするらしい。
寝起きだからなのか、もぞもぞと緩慢な動きでこちらを見上げているラプスの首根っこを掴んで引っ張り出す。
「うちの学校だよ。前から来てみたいって言ってたし、ちょうどいいかと思ってな」
「む……確かに我はそういったラプが……こんな夜中だと人なんて誰もいないラプ。これじゃあ、主の言っていた食堂とやらが開いていないラプ」
「食堂目当てかよお前……」
相変わらずの食い意地だなと、呆れながらに感心する。
残念ながらラプスの言う通り、今は深夜の零時を回った頃合いだ。人の気配はすっかりなく、時折校舎の窓からチラつく警備員のライトくらいなものだった。
「悪いけど、今日は食堂には予定がない。ラプスにちょっと手伝ってほしいんだよ」
「ラプ? 我にラプ?」
そうだよ、とラプスの言葉に頷いて俺は足場にしていた電信柱から静かに飛び降りて学園内へと侵入する。
孔雀館はそこらの私立高校に比べて警備が厳重ではあるのだろうが、仕方ないとはいえ魔法を使ってしまえばそんな警備もザルのようなものだ。
去年と同じように侵入して向かうのは明日体育祭が行われる体育館。
飾りや横断幕、テープによる区切りなど準備万端の状態のその中に、俺は誰よりも早く足を踏み入れた。
「何するラプか?」
「ん? ああ、明日のための準備をな」
「ラプゥ?」
首を傾げるラプスに、いいからいいからと手で制して中を進む。
「あっちの世界とは違って、戦う場所も方法も全部事前に決まってるんだ。なら、それを利用しない手はないだろう?」
「……それ、いいラプか?」
「いいんです。対策をしないやつが悪い」
正々堂々と正面から勝負する。それも大いに結構。できる奴はそうすればいい。
だが、人にはそれぞれ得意分野というものがある。
ガリアンならどんな攻撃をも受け止められる頑健さ
マリアンナならどんな怪我をも癒す治癒の力
リンなら何者でも焼き尽くす圧倒的な魔の火力
フィンなら人類の希望となりえる勇者としての意思
なら、俺は?
ガリアンのような強靭な肉体もなければ、どんな怪我も直せるわけでもない。かといって火力はリンに劣り、フィンとは比べるまでもないだろう。
じゃあ俺には何ができる?
「バフにデバフ、そして罠。如何に仲間達が有利な状況で戦えるか、そうやって策を巡らせるのが『賢者』である俺の役目よ」
俺たちが走るコースは既に事前練習でも把握している。
奴が走る際にどのあたりを頭が通過しているのか、走り方はどうなっているのか、歩幅や腕の振りまで加えてどういった魔法が有効かを考えながら仕込みを続けていく。
「ラプス。お前はあそこからここまでの位置に魔法陣を仕込んでおいてくれ。後で俺が『隠蔽陣』をかけておくから、終わったら教えてくれると助かる」
「ラプ。了解したラプ。どの程度の威力を込めておくラプ?」
「そうだな……まぁキースが相手だ。一般人が卒倒する威力でも問題はない、というかそれくらいしないとダメだな。いっそのこと殺すつもりで込めておけ」
「了解したラプ」
ワンチャン事故で亡き者にできれば万々歳なのだが、そう簡単にはいかないだろう。
淡い期待を胸にしまい込み、それから一時間ほどしてから俺とラプスは寮へと帰ったのだった。
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