第65話:すでにそれは賢者の策
そんなこんなで翌日、体育祭当日である。
朝から体操服で集合したクラスメイト達が教室でしゃべる中、俺はいつも通りに教室へと入る。
その際クラス中の視線が俺へと向き、そして次には既に席に着いて女子と話をしていたキースへと向けられた。
うざってぇ……と内心で愚痴を零しながら席に着けば、前に座っていた田村がこちらを向いた。
「おはよう。いよいよ今日だな。大丈夫そうか?」
「おう。体調も問題ない」
「ならよし! クラスの連中は色々と言ってるが、俺はお前を信じてるぜ? たぶんクラスで誰よりもお前を知る男だからな! こういう時はやる奴だって思ってるよ」
「ああ。殺ってやるさ」
「別の意味に聞こえたのは俺だけか……?」
自身の体を腕で抱いて身震いする田村。
そんな田村の愉快な反応に内心で笑みを浮かべていると、「今日はよろしく」と聞きたくもない不愉快な声が隣から聞こえた。
見れば案の定というべきかキースが立っている。
「よろしくするつもりはないがな」
「またそうやって拒絶する。君と仲良くなりたいのは、僕の本心なんだよ?」
「はっ、どうだかな」
忘れているとはいえ、こいつは自身の望んだとおりにならなければ癇癪を起こし、そして力づくで実行しようとする中身はガキのめちゃくちゃな奴だ。
表面上のキース・デヴィリオンという殻を外してやれば、すぐにでもその黒い腹の内が見えてくることだろう。
後ろで文句を言っている女子が哀れに思えて来る。
本心としてはどうでもいいのだが、英雄であった者の責務として、何かあれば動かねばならないのが面倒なところだ。
フィンも一度目は許していたしな。二度目は構わず滅殺ではあったが。
足先でコツコツと床を小突き、さも苛立ってますよとアピールしつつも、俺はキースに向き直りって視線を合わせる。
さて、今は俺とおしゃべりする時間だキース。他に意識を割いてもらっては困る。
「確認だ、デヴィリオン。例の件、勝負は俺とお前が出場する100m走一本勝負。勝っても負けてもその結果には文句を言わず、勝者の言うことを聞く。これでいいな?」
「もちろん、それでいいよ。僕が勝てば、津江野君は彼女と僕がデートできるように手伝うこと。君が勝てば僕は今後君たちに関わらない。もっとも、これまでの戦績を考えればもう少し君に譲歩してあげても――」
「いらん。後で文句を言われても面倒だからな。それよりも……
勝負は一本。その結果ですべてを決める。
そんな約束をこいつはしたのだ。何が起きても、どんなことがあろうとも。
そのたった一回の結果に文句は言わせない。
女子どもが俺の態度にギャーギャーと騒がしいが一向に気にしない。
そんな中、クラスメイトの一人がまぁまぁと場を落ち着かせようと前に出る。
「あ、そうだ! 今朝家でルイボスティーを作ったんだ。飲むと落ち着くし飲んでね! ほら、キース君も! 津江野君に何か構わずにこっちに来てよ!」
キースを交えた女子たちが急に教室内でお茶会をし始めた。
ルイボスティーを持ってきたという女子生徒は、もともとそのつもりだったのかかなりの量が入る魔法瓶を持参していたらしい。
あったかいねー、などと和んでいる女子たちを遠巻きに、そこに加わろうとするキース。
教室内の男子からの視線がものすごいことになっており、挙句今日の勝負絶対勝て、と言わんばかりの目でこちらに視線を向けられた。
おい田村。信じてるとか言ってたのに何だその目は。
「……まぁ、安心しろ」
だが俺は、誰にも聞こえないくらいの声でボソリと漏らす。
「これで、俺の勝利は盤石になった」
ガシャーンッ!! という大きな音が教室内に響くと同時に、先ほどまで和んでいたのが噓のような悲鳴が女子たちから発せられた。
周りの男子たちがどうしたどうしたと様子を見に行けば、そこにいたのは大量の液体を頭から被ってずぶ濡れになったキースの姿。
魔法瓶が転がっているのを見るに、あの中身を全部キースに向けてぶちまけたのだろう。
ルイボスティーを作ってきた、と言っていた女子が必死にキースに向けて平謝りしているのが見えた。
流石にそんな彼女に向けて怒れないのか、それとも元々そうなのか。キースは気にしていないような素振りで大丈夫だとその女子に声をかけていた。そしてまた好感度を上げている。
「でも困ったな……今からじゃ乾かないだろうし。応援団の服で競技に参加するわけにもいかないんだけど……」
「お! なら俺の予備を貸してやるよ!
「ありがとう、佐藤君」
「いいってことよ!」
困っていたキースを助けたのは、クラスの男子の中でもキースに対して悪感情を持っていない佐藤だった。
もともと、どんな相手にもあんな感じの奴なのだが、キースにとっては貴重な男子の友人だ。
じゃあ着替えて来るよ、と一度教室を出ていくキース。
女子の中には、キース君の生着替え……などと少しヤバめの想像をしている者もいるが年頃ならそういうこともある。
「まだ時間あるし、ちょっと飲み物買いに行ってくるわ」
「おう。つっても、もうあんまり時間ないから急いだほうがいいぞ」
「わかってるわかってる。ありがとな」
教室を出て、トイレとは反対側の階段を使って俺は一階に降りた。自販機は新館の裏手に設置されているのだ。
ガコン、と適当に選んだ飲み物が中で落ちる。
「首尾はどうだ」
「な、なんとかなったラプ……大変だったラプが、仕事は果たしたラプよ……」
そう言って姿を見せたのは丸々と太ったネズミのデフォルメ妖精ラプス。
昨日に引き続き、今日も仕事を頼んでいたのだ。
「助かった。高等部にはキースの奴以外にお前の存在を認知できる奴はいないからな」
その仕事とは、俺がキースの気を引いている間の仕込みだ。
ルイボスティーの準備は前日帰り際にあおの女子生徒に暗示をかけて持ってくるようには仕向けたが、その中身をぶっかける行動はラプスに頼んで引き起こしてもらったものだ。
なお頭から全部ぶっかける必要はなかったのだが、個人的にムカついていたので思い切りやってもらった。まぁ中途半端で目的が達成できないと意味がないからな。
そしてもう一つ。
それは佐藤の予備の体操服である。
そも、佐藤は予備の体操服など持っていない。
あれは元々、俺が丹精込めて用意したものであり、それを自分のものであると暗示を掛けたのだ。佐藤の元々の人の好さもあってか、キースを助けるように予備の体操服を渡すようラプスに暗示を掛けさせるのは簡単だったな。
「まったく、妖精使いが荒い主ラプ。暗示の使い方まで我に教えて、やることが姑息ラプ」
「姑息で結構だ。それで勝てるなら何でもするのが俺なんだからな。それに昨日お前が望んだとおり、人がいる学校に来てやったんだ。お礼と言っては何だが、後で食堂のメニューを渡してやる。一つだけならあとでこっそり食わしてやるぞ」
「主は神様ラプか……!?」
「賢者で英雄だよ。元、だがな」
缶を開けて中身を呷る。
適当に選んだにしてはおいしいなと思ってパッケージを見る。
書かれていたのはルイボスティーの文字。
作ったのを必要とはいえわざわざぶちまけさせたのだ。後で何かしらお礼でもしておくかと考えるのだった。
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