第86話:賢者は騎士の壁となる1
白神達が姿を消してから暫く経った。
すでに正午を過ぎ、そろそろお昼ご飯だとラプスがごね始めたのをラプス様に常備していた飴玉で黙らせていると、ついに変化が訪れた。
「……お?」
感覚的に龍脈の反応を感じ取った俺はすぐに魔力視で大樹に集中する龍脈を観察する。
すると、星のマナが龍脈を通じて一斉に大樹に集まっている様子が見て取れた。
そのマナの量に、俺は思わず目を見開く。
マナとは星の生命力そのものであり、俺が魔法陣を使用するときに用いるエネルギーそのもの。
しかし俺が普段魔法陣に使用しているマナは、全体の総量からしてそれほど大きいものではない。というのも、マナを使うには魔力が必要であり、その使用した魔力の量にマナも比例する。
だからこそ、異世界への移動に必要となる大量のマナを引き出すためにエルフ耳を使って大量の魔力を集めているのだ。
しかし今あの大樹に集まったマナは、たとえ賢者であっても一人で使える量ではない。
「……星が自分で集めたから、とかそういう理由かね」
「主よ、そろそろラプ」
「ああ、そうだな」
集められたマナが大樹をめぐり、鼓動するように明滅を始める。
実際に光っているわけではない、魔力視を使ってようやく見えるその光景は、まるで何かが生まれてくる前兆のようなものに感じられた。
徐々に明滅の光が弱まっていき、ついにはその光が収まると、今度は洞が光り始めた。
黄金のように輝くその光は、まるで生まれてくる何かを祝福しているのだろう。何せ、妖精郷を……いや、数多の世界を救う戦士が力を得るのだ。これを祝福と言わずして何と言うのか。
仲間たちのために利用すると決めているとはいえ、未だに自分よりも年下の少女たちを戦わせていることに罪悪感があることも事実。
だが彼女らは、自らの意思で今後も戦い続けるためにさらなる力を求めたのだ。
そんな彼女らの覚悟を、俺は先達として、元英雄として認めなければならないだろう。
故に、これは俺にとってのけじめだ。
いつの間に変身していたのか、帰還した白神達は
見慣れたいつもの姿。しかし、魔力視で見てみればその胸の中央で輝く宝石の力は以前の比ではない程大きく、強くなっている。
なるほど、あれが試練の成果か。
「ラプス。お前はここに残っててくれ」
「ラプ? 我は必要ないラプか?」
「ああ。あくまでも、これは強くなった白神達の実力を試すためのものだからな。……もっとも、あれだけの力だ。俺が負かされる可能性も十分にあるが」
まぁ負ければその時はその時だ。それだけ彼女たちが強くなったということで、俺も安心できるというもの。なんなら、彼女たちの後ろから賢者らしくサポートしてやれる。
存在がバレた今、もう隠す必要もないからな。
まぁ、向こうが敵対しなければの話にはなるけど。
「さて……それじゃあ行くか」
木から飛び降り、着地の寸前で身体強化を施した俺はそのまま白神達の元へと駆け出した。
試練を終えた君たちの今の実力、改めて見せてもらうことにしよう。
◇
「みんな! お疲れ様アル!」
「「「つ、疲れたぁー!」」」
フィンさんに認められる形で試練が終わったと思ったら、次の瞬間にはまた元の大樹の下に戻っていた。
周りに私たちが戻るのを待っていたアルちゃんと、舞ちゃん、夕ちゃんがいることを確認した私は、ようやく一息ついてその場へと座り込んだ。
それは舞ちゃんたちも同じだったみたいで、疲れたと言って大樹にもたれかかったり、仰向けに倒れたりしていた。
「とりあえずアルトバルト……あんたのことを一度思い切りぶつから覚悟しなさい」
「……アル!? ど、どうしてアル!?」
「どうして私の試練が筋トレから始まるのよ……! 口の悪いおばあさん相手だし、どうなってるのよ私の試練……!!」
「し、知らないアル! それは僕のせいじゃないアル!!」
「ま、舞さん落ち着いて……」
疲れて動けないのに、一人アルちゃんに怒っている舞ちゃん。いったいどんな試練だったのかを聞いてみれば、槍使いのおばあさんが相手だったらしい。
けど、試練の前に「槍の使い方がなっとらん!」と言われて最初は基礎練習を含めた筋トレから始まったそうだ。
「でもその分、前よりも強くなったんでしょ?」
「それは……まあそうだけど。もともと、槍を使ったことなんてなかったんだし」
「ならいいじゃん! それにこうして認められたんだから、やっぱり舞ちゃんはすごいよ!」
そ、そうかしら、と少々照れ気味の舞ちゃん。
そんな舞ちゃんを夕ちゃんと私で褒めていると、流石に耐えきれなくなったのか「もういいから!」と止められてしまった。
「それよりも、二人の試練はどうだったの?」
「私? 私は異世界の勇者様が相手だったよ!」
勇者!? と驚きを露にする三人に、私は自慢げに胸を張る。
フィンさんの試練はすごくシンプルで、ひたすら戦うだけのものだった。
でも、変身しているとは言っても戦うようになったのはこの一年になってからだし、英雄のフィンさんに簡単に勝てるわけがない。
だからフィンさんは、私が負けるたびにどこが悪かったのか、どう立ち回ればよかったのか、それに加えて剣の使い方を教えてくれた。
「本人じゃないからって、詳しいことは効けなかったけど、王子様みたいでかっこいい人だった!」
「へぇ、それはよかったじゃない。夕はどうだったの?」
「わ、私ですか……?」
舞ちゃんの言葉に、うーんと考えるように黙り込む夕ちゃん。
そんなに言いづらい試練だったのだろうかと思っていると、夕ちゃんは「そうですね……」と躊躇いがちに話してくれた。
「ド、ドラゴンさんが相手でした……」
「「……え?」」
「アル……?」
「それと、何故かわからないんですけど……世界樹の影さんが元にしたご本人までやってきました」
「「……はい?」」
「アル!?」
その言葉の意味が分からず、首を傾げる私と舞ちゃん。そんな私達とは対照的に驚愕の声をあげるアルちゃんは、「ど、どどどどいういうことアル!?」と夕ちゃんに詰め寄った。
でも、詰め寄られた本人も「わからないよぅ!」とお困りの様子だった。
夕ちゃんがわからないって言ってるんだから、それくらいにしてあげなよ。
そうアルちゃんに言おうとしていた私だったけど、喉まで出かかったその言葉は突然頭上から聞こえた拍手の音で遮られた。
「楽しそうに話しているところで悪いんだが、まだ待っていた方がよかったか?」
その言葉に、私たちは大樹を見上げた。
そこにいたのは、前の体育祭で私たちがイーヴィルナイトのキースと戦った時に笑われたローブ姿の男の人。
味方なのかわからないけど、夕ちゃんを守ってくれたから悪い人じゃない……と思ってるんだけど……
「出たわね……あなた! 今日こそその顔拝んでやるから覚悟しなさい!」
「……いきなり喧嘩腰とはちょっと想像してなかったが、まあその方がいいか」
よっ、と大樹から飛び降りた彼は、何事もないような様子で着地すると、どこからか取り出したのか前にも見た杖を構えてみせた。
「ア……アル……! そ、その杖……前は気づかなかったアルが、もしかして世界樹の子アル!?」
「あん? ……ああ、そういやそうだったな」
アルちゃんの言葉に、彼はクルクルと杖を回して見せる。
けど、「そんなことは今はいいんだ」と彼は杖先を私たちに向けた。
「
私たちに向けていた杖先を、今度は足元に突き立てる。
すると、その場所を中心に光が奔り、たちまち私たちまでもを囲う魔法陣のような模様が現れた。
「っ!? みんな気を付けて!!」
「わかってるわよ!」
「あれ、この文字……」
「な、なにをするつもりアルか!?」
みんなで固まり、何が起きてもいいように警戒を強める。
そんな私たちを見て、彼のフードの奥に隠された顔がフッと笑ったような気がした。
「『結界陣』起動」
その瞬間に、周りの様子がいつもと少し違うような感覚を覚えた。
そして私は……私たちはこの感覚をよく知っている。
「ア、アルゥ!? こ、これは僕の結界アル!?」
「似て非なものなうえに、お前の物よりも質は落ちるがな。だが、ここでならどれだけ戦おうが現実に被害はない」
「ま、待ってください! そもそも、私たちは戦う必要なんてあるんですか!?」
夕ちゃんを助けたり、こうして現実世界の被害を考えていたりで悪い人だとは考えられない。それなのにどうして私たちと戦う必要があるのか、その理由を聞かなければ納得もできない。
「理由、ね。色々あるが、結局のところは一つだ」
そう言って、彼は言葉を続ける。
「今後の戦いを任せられるのかどうか。もともとただの少女でしかない君たちが、危険な戦いをする必要があるのか」
「もちろん、君たちが世界のために戦っていることも知っている。だが、それでも君たちが危険な目に合う必要があるのかと考える俺がいる。俺が戦った方がいいのではないかと、そう考える時がある」
綴られるその言葉には、優しさが感じ取れた。
私たちを気遣うような、心配するような気持が込められていた。
「だからこれは、俺にとってのけじめのようなものだ。君たちはこれからも戦える立派な戦士なんだと、俺が心配する必要なんてないんだと、そう思わせてほしい」
身勝手なことで悪いとは思うけどね、とどこか申し訳なさそうにする彼であったが、しかしそんな雰囲気もすぐになくなると再び杖を構えた。
「戦う者の先達として、元英雄として、俺は君たちの今は壁になる。強くなった君たちの実力、賢者として見極めさせてもらうぞ」
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どうも、岳鳥翁です。
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