第85話:試練の乱入者
パキリ、と空に亀裂が走った。
『!? 何じゃと!? な、何がどうなっておる!?』
「ド、ドラゴンさん、何が起きているんですか……?」
先ほどまでの威勢はどこへやら、ドラゴンさんは口を大きく広げて驚愕を顕わにすると、音を立てて崩れ始めた空を見上げた。
普通ではありえな空の様子に、やはりここが普通の場所ではないことを改めて思い知らされる。
でも驚いている私たちのことを知ってか知らずか、崩れる空が止まることはない。
やがて空にできた穴が大きくなると、空ではない真っ黒な空間が顔を覗かせる。
そして再び、ドラゴンさんと全く同じ声が頭に響いた。
『うむ、様子見にと世界樹に精神を飛ばしてみたが思いのほかうまくいったようじゃな。カカカ! この調子ならいずれ世界を超えることも難しくはなかろう』
どこか嬉しそうな声を響かせながらも、空の穴は大きく広がっていく。
ドラゴンさんはその声の主を警戒してなのか、その大きな体で私を庇うように立ってくれた。
じっと私たちが見つめる空の先。
その隙間から何かが動いたことが伺えた。
紅い何かだった。
それは……そう。今目の前で私を庇ってくれているドラゴンさんみたいな、真っ赤な色。
もう一度よく見ようと目を凝らすが、しかし次の瞬間にはその何かが空を突き破って降りてきたのだ。
「……え……ドラゴン、さん……?」
ズシンッ、という重い音を響かせて現れたのは、今も私を庇って立っているドラゴンさんと瓜二つの姿をしたドラゴンだった。
2Pカラーでもなんでもない、まったく同じ姿。
『……ふん、いけ好かんのう。自身の力を真似られるというものは』
そんな空から降ってきたドラゴンさんは、こっちのドラゴンさんを一瞥して気に入らないような口調で言葉を零した。
そんな空から降ってきたドラゴンさんに向けて、こっちのドラゴンさんは『どうしてここまで?』と疑問を投げかける。
『どうしてじゃと? 我を真似たのが何者か、その面を拝んでやろうと思ったまでのこと。……もっとも、姿形まで真似られていようとはな』
『だからといってわざわざ世界樹の……それも試練中に来るとは非常識じゃろうが!』
『手を出したという意味でなら貴様が先であろう。抜かすでないわ! ……それとそこの小娘!』
「ヒャッ、ヒャイッ!?」
ドラゴンさん同士で話していると思ってすっかり油断していた私は、急に呼びかけられたことで変な声が出てしまった。
そんな私を、『何じゃこ奴は?』と訝し気に見つめる降りてきた方のドラゴンさんだった。
『そんなに怯えるでないわ。別に貴様如きを取って食おうとは思わぬ。元は魔の竜ではあるが、これでも最後には英雄の一人と称えられたのだぞ?』
『英雄なら、もっと英雄らしく振舞えんのか貴様』
『貴様は黙っておれ。それよりも、小娘。貴様が何の試練なのかは皆目見当もつかんが、聞いておきたいことがある』
「は、はい。何ですか……?」
ひとまずは食べられるようなことにはならないとわかって一安心するも、聞きたいことがあるとその視線を私に向ける降りてきたドラゴンさん。
どうしよう、応えられなかったらやっぱり食べるとかにならないかな……?
『……フンッ、いくら言ってもこれでは埒が明かんわ』
呆れたように見下ろすドラゴンさんは、そう言うと何かを小声で呟いた。
小さくて聞き取れないほど小さくて意味の分からない言葉だったけど、ところどころどこかで聞いたことがあるような気がしていた。
しかしその言葉について考える暇は私にはなかった。
何かを呟き終えたドラゴンさんの体が急に真っ白に光り出したのだ。
「え、なにっ!? 何が起きてるの!?」
『むぅ……』
私の言葉に答えることはせず、ただ真っ直ぐにその光に目を向けるこっちのドラゴンさん。
やがてその光が晴れると、そこにいたのは先程までの巨大な赤いドラゴンではなく、真っ赤な長い髪にローブを纏った可愛らしい女の子だった。
「ふぅーっ……この姿であれば問題はないじゃろ」
「……え、さっきのドラゴンさん……?」
「それ以外おらんじゃろ」
さて、女の子はまっすぐ私に向けて歩き出す。
でも、それを止めるようにこっちのドラゴンさんが割り込んだ。
「……貴様、我の邪魔立てをするつもりか?」
『それこそ我が言いたいことじゃよ。ここはこの小娘のために用意された試練の場であり、貴様が介入してよい場所ではない。即刻立ち去れ』
「ほぉ……? 紛い物如きが、随分というではないか」
『カカカッ! 紛い物でも、今この時、この場所においては我が上よ。それに、貴様も相当無理をしてここにいるんじゃろ? 消えるのも時間の問題じゃて』
「……ッチ、うるさい奴じゃ」
ドラゴンさんの言葉に、どこか悔し気な女の子。
でもこの子が何かを私に聞きたがっていることは本当のことなような気がして、私はドラゴンさんに時間を貰うことにした。
危なかったらすぐに呼べ、と言って少し離れた場所に待機してくれたドラゴンさんにお礼を言いつつ、私は女の子と対峙する。
「それで、私に聞きたいことって何かな?」
「……貴様、我が子の姿になってから妙に馴れ馴れしいぞ。……まぁよい。聞きたいことは二つじゃ。まず貴様は我の世界とは別の世界の住人であるのかの?」
「えっと……たぶん違うんじゃないかな。私の世界にはドラゴンなんていなかったし」
「ほほぅ……それは上々。ならば次の質問じゃ。ケントという男を貴様は知っているか?」
「ケント、ですか? いや知らないですけど……」
けんとって、どんな字なんだろうか。
いや、そもそも私の世界の人と決まったわけではないから、ケント・○○さんみたいな感じかもしれない。
でも知る限りではいないと思うため、そのことを彼女に告げる。
「そうか……」とどこか残念そうに肩を落とす女の子。しかし、一瞬彼女の体が淡く光ったかと思うと徐々にではあるが体が透け始めていた。
「……時間か。まったく、この程度しかおれんとは、まだまだじゃの」
『そもそもここに来た貴様がおかしいのじゃよ』
「よせよせ、そう褒めるでないわ。……それと小娘。これは礼じゃ」
ほれ、と何かを投げてよこした女の子。
私は投げられたそれを慌てて両手で受け止める。
「……きれい」
それは鱗だった。
真っ赤で、透き通るような、宝石のような鱗。
「我の鱗じゃ。怖がらせた詫びにくれてやる。……それに、この縁を手放してはならんと、我の勘が言うておるからの」
「え?」
何か呟くように言ったその言葉は私には聞こえなかった。
何を言ったのか、もう一度聞こうかと思ったのだが、すでに消えかかっている女の子対してそんな時間は残っていない。
そんな彼女は、消える寸前にこちらを見るとフッと笑って一言。
「リーンスヴェールドランド」
「……はい?」
「我の名じゃ。よく、覚えておけ」
最後にそれだけ言い残した女の子……リーンスヴェールドランドちゃんは、次の瞬間には消えてしまっていた。
いつの間にか空にできた穴は消え、残ったのは私の手のひらの真っ赤な鱗。
私はその鱗を懐にしまうと、決して忘れないように、何度もその名前を繰り返して呟くのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうも、岳鳥翁です。
実は一度も津江野の下の名前を呼んだことがない白神さん。そもそも知らないっていうね。
まぁ津江野先輩、でコミュニケーション取れてたから仕方ないね。
何で恋する相手の名前を知らないんだよおめぇ! と怒れるそこのあなた。
是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます