第67話:とある妖精の昼休みの一幕
「ラプゥ。主も我の扱いが雑になってるラプ」
フヨフヨと体育館の通路を飛びながら移動するラプスは、現在己の契約者でもある賢人に対しての愚痴を吐き出しつつも、それでも言われたことはやらねばならぬと観客席へと向かっている最中だった。
「主の設置した魔法陣は粗方問題はなしラプね……万が一のための防御壁も大丈夫ラプ。あとは……体育館の床に仕込んだやつラプ」
あらかじめ賢人によって仕込まれた魔法陣の点検作業。その魔法陣に問題がないかどうかを判断するのがラプスことアインツヴァラプスが任された仕事であった。
賢人自身が確認作業をすることは可能ではあるのだが、念のためにとその作業をラプスに任せることでアリバイ作りに勤しんでいる。
抜け目のない主ラプねぇ~と首を振りつつも、そこが主らしいと考えるラプス。
賢人の隠蔽陣があるためそこまで心配してはいないが、万が一のことも考えて人の気配を常に気にして移動する。
そんなとき、ちょうど会場の方では午前の部のプログラムがすべて終了したのか生徒らしき声が通路に響いてくるようになった。
「楽しみだな弁当。なぁ、お前も一緒に食わねぇか? 親が連れて来いって言ってんだよ」
「お、ならお言葉に甘えて」
「ミキちゃん! ごはん一緒に食べよっ!」
「いいよ! どこで食べようか」
「いいなぁ弁当の奴。体育祭だってのに親が作ってないから食堂だぜ」
ワイワイガヤガヤと、年相応に活気のある生徒の集団が身を隠したラプスのすぐそばを通っていく。
通路から階段を通って親の元へと行く者、友人を誘ってどこか別の場所で食事を楽しもうとする者、そしていつもと変わらず学園の食堂にて腹を満たそうとする者。
そんな彼らの会話を盗み聞きしていたラプスは、そんな喧騒の中でもある単語だけは聞き逃さなかった。
そう、以前よりラプスが楽しみにしていた学園の食堂。
聞けば数多くの料理があれこれと用意されており、生徒であれば誰でもどんな料理でも好きな量を食べられるというまさにこの世の
とりわけ食道楽ともいえるほど食べることが好きなラプスからしてみれば行かないなんてことはあり得ない場所である。
「ラ、ラプゥ……あ、あの者らについて行けばその先に
ついて行くか行かないか。その選択でラプスの心は大いに揺れた。
夢であった学園の食堂。きっとこれからあの学生たちを出迎えるようにして数多くの料理が用意されることになるのだろう。
頭に浮かんでは消えていく想像の中のおいしそうな料理たち。彼ら彼女らはいったいどんな味で、どうこの我を楽しませてくれるのか。そう考えただけでラプスのだらしなく緩み切った口の端からは大量のヨダレがだくだくと零れていた。
「ダ、ダメラプ……! ここで仕事の放棄何てことになれば、主に何を言われるかわからないラプ……! そ、それに主は約束してくれたラプ。これが終わったら食堂に連れて行ってくれ――」
『一つだけなら、あとでこっそり食わしてやるぞ』
一つだけなら……
一つだけなら…………
一つだけなら………………
「……今行けば、主にばれずに色んな料理をつまみ食いできる、ラプ……!」
妖精のくせにまさに悪魔的発想……!!
ラプスの脳細胞がジューサー並みの大回転を起こしたことにより、とある一つの結論にたどり着いた……!
「バ……バレなきゃ、問題ないラプ……! 食堂でのつまみ食い、魔法陣の確認、全部やらなきゃならないのが、契約した妖精のつらいところラプ……」
普段は太ったネズミをデフォルメしたようなラプスの顔が、この時だけは劇画タッチになっていたと言っても過言ではない。
「そうと決まれば早速食堂に行くラプ!! なぁに、主の隠蔽陣もあるラプ! バレることなんてないラプ! それにここでおいしいのを見つけておけば、あとで主に連れてきてもらった時に迷うことがなくなるラプ! いわば、これは主のための行動ともいえるラプ!」
正当化完了。
そんな言葉が似あうほど清々しい独り言を垂れ流したラプスは、先ほど体育館から出て行った生徒の後を追おうと全速力で宙を駆けた。
「待ってるラプよ! 未だ見ぬ我の
◇
「んー、このネズミさん。どこから来たんだろう……」
「…………………………………」
孔雀館学園食堂。
普段から数多くの生徒が利用するその場所は、体育祭があっても変わらず営業を続けていた。
というのも、親が来ていなかったり、弁当がないという生徒が一定数存在しているため今日も今日とて通常営業なのだ。
普段よりも
そんなお弁当がない生徒の一人、中等部一年生白神夕はどうしたものかと腕組みをして考える。
「野生……にしては太りすぎてるから、たぶん誰かのペットなのかな? ネズミを飼うって珍しい気がするけど、ないわけではないし……ご主人様でも探しに来たのかな? それとも、匂いにつられて?」
そんな彼女の目の前には四つ足でじっとしているネズミ……にしてはものすごく太ったそれが鎮座していた。
言うまでもなく、アインツヴァラプスことラプスである。
「(や、やってしまったラプゥゥゥ!!!! ま、まさか摘まみ食いするために来て早々に食べた料理が主の後輩であるこの女のものだったとは……!! に、匂いにやられて気づいていなかったラプ……!!)」
お、王族たるこの我がこんなミスを……! と内心で零しつつも、主にバレたらどうなるか、その恐怖で固まっているラプス。
そんなラプスを見て、怖がらせちゃったかな? と白神は首を傾げた。
何があったかと言えば、食事中の白神に不用意に近づいたラプスが盗み食いしようとした際に白神の手にそのでっぷりとした腹が触れてしまったのだ。
動けても自身の体の大きさを理解していなかったラプスの落ち度である。
流石にネズミを食堂内に置いておくのはまずいと考えた白神は、そこで食事を止めてラプスを両手に乗せて外に運び出したのだ。
「うーん……飼い主、探してあげた方がいいのかなぁ……」
これが野生であればここでさよならでよかったのだが、見ての通りこれだけ太っているネズミであれば飼われている可能性もある。そう考えた白神は拾ってしまったため、ではこれでとほっぽりだすことができなかったのだ。
「ねねさんと舞さんに相談……は難しいかもだし……」
思い浮かんだ
お昼前にヒーヒー言ってるねねを見て、こんなことで迷惑はかけられないと判断したのだ。
「津江野先輩は……この後が大変そうだしなぁ……」
そう考えて思い浮かべたのはあの日キースから庇ってくれた同じ同好会の男の先輩。
白神自身にとって唯一と言っていい仲の良い男の先輩でありそして――
「っ……ともかく、先輩も私のために頑張ってくれるんだから。こんなことで相談なんてできないよね……!」
恐らく相談した瞬間に目の前のネズミモドキがとんでもないことになるため、その判断はラプスにとっての救いであった。
そんないつの間にか救われていたとも気づけないラプスは、ただひたすらじっとりと嫌な汗を流して佇んでいるだけであった。
「でもこの子、全然鳴かないけど……本当にネズミなのかな? ネズミにしては太りすぎているような気もするけど……」
「ッ、……チュ、チュゥー……!」
「あ、鳴いた。やっぱりネズミなんだね」
「(じょ、冗談じゃないラプ……! あんな理由で見つかった挙句我が妖精だとでもバレたら、一か月のご飯抜き……いやそれどころか、魔力タンクの刑もありうるラプ……!?)」
自身がプリッツと同じように繋がれる姿を想像して体の震えが止まらないラプス。
そんなラプスの様子を見て、寒いのかな? と考える白神。
「(か、かくなるうえは、ここから全力で逃げるのが得策ラ――)」
「んー、もし飼い主がいたら探してるかもだよね……よしっ! 君、少しの間だけ私が面倒を見てあげるよ!」
「ラプゥ!?」
「……ん? 今ラプって……」
「チュー! チュー!! チュー!!!!」
「……気のせいか」
再びラプスを掴んだ白神は、落として怪我をさせたら大変だと考えてしっかりと両手で包むように持つ。
そのせいで、ラプスはさらに逃げられなくなってしまったのだった。
「(ラプゥゥウウウ!?!? ダメラプ! わ、我を……我をそっちに連れて行かないでほしいラプゥ!!!)」
◇
「フフ……ちょっとの間だけど、一緒に体育祭を見ようね!」
「……チュ」
『ようラプス……随分と愉快なことになってるが……後で話、聞かせてもらうからな??』
「!?!?!?!?!?」
「ど、どうしたのネズミ君!? 急に震えがものすごいことに……!」
孔雀館学園体育祭。
午後の部スタート!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます