第68話:流石賢者汚い

 向かい側中等部一年生の待機場所でなかなか愉快なことになっているラプスに脅しの言葉を飛ばした俺は、刻々と近づいてくるキースとの勝負に向けて集中を高める。……なんてことはせず、一人飲み物片手にくつろいでいた。


 もちろん同じ組の生徒らの応援もすることはするが、文句を言われない程度のそれであるためそこまで熱心になっているわけではない。こういうのは、普段から暑苦しい運動部やテンションの高い奴らに任せておけばいいのだ。


『100m走に参加する生徒は、準備をお願いします』


「……さて、そろそろ出番か」


 館内アナウンスが入り、いよいよかとその場を立つ。

 キースは今も応援団の待機場にいるはずであるため、そこから向かうのだろう。


 立ち上がると同時に同じクラスの生徒たち、そして俺とキースの件について知っているであろう生徒たちから一斉に目を向けられたのを感じとれた。

 ……いくら広まっているとはいえ、体育館の生徒ほぼ全員が知っているとは思わなかったがな。


 中等部まで含めたほぼ全校生徒。

 ふと気になってみてみれば、いつの間にか合流したのか白神が赤園少女と青旗少女と合流しているのが見えた。

 今はラプスがいるため、流石にまずいか思ったのだが、魔力視で見る限りあのむっつりハムスターの魔力反応はない。ラプスにかけていた『隠蔽陣』も白神に捕まってる時点で無意味なものとなったため破棄も完了している。とりあえず慌てる必要はないが、いつバレるかもわからない状況だ。早いところラプスはあの場から抜けてもらわないと困る。


 この後どうやってラプスを回収するか、と考えていると白神達に俺が見ていたことを気づかれたらしい。

 ニヤニヤと楽しそうな赤園少女と呆れたようにため息を吐いている青旗少女。そして赤園少女は徐に白神の手を掴むとその手を挙げて思い切り手を振っていた。

 恥ずかしそうに最初は抵抗を見せていた白神であったが、何かを赤園少女に吹き込まれると、俯きがちになりながらもされるがままに手を振っていた。


「なぁにをしてるのかねぇ……」


 とりあえず、俺含めてすごく目立っているため是非とも青旗少女には隣の二人の行動を止めていただきたい。

 恥ずかしいのは俺も同じなんだわ。


 なんやかんやで楽しそうな三人娘を尻目に、100m走参加者の待機場まで移動する。

 相変わらず注目されていることには変わりはないが、もう腹は括ったし今更の話だ。気にせずその場に座り込み、自分の番を待つ。


「やぁ、ついにこの日が来たね。楽しみにしていたよ」


「敵相手にお喋りか。余裕だな、デヴィリオン」


 そんな俺の隣にやって聞いたのは、今回の元凶にして白神達宝石の騎士ジュエルナイトの敵でもある悪魔、キース・デヴィリオン。

 悪態を吐かれたにもかかわらず、キースは遠慮なく俺の隣へと腰を下ろした。


「いやだなぁ。何度も言ってるけど、そう邪険にしないでよ。クラスメイトなんだし、敵だとは思ってないよ」


「そうか。なら勝手に思ってろ」


 普通に聞けばいい言葉なのかもしれない。が、裏を返せば敵とすら認識していない雑魚、である。

 人を下等生物と認識しているような奴だ。これくらいは当然考えているだろう。


「それよりも、ちゃんと考えていてくれてるかい?」


「あ? 何をだ」


「ふふっ、彼女が僕とデートしてくれるための台詞。君が説得するんだよ?」


「……なるほど、実現不可能ってことを考えなければその必要もあるかもだな。あんまり喋ってると、足元掬われるぞ?」


 キースの目を一切見ることなく、俺は前を見る。

 100m走の一組目がスタートした。


「……へぇ。言うじゃないか。でも君、本気も出してない僕に練習とはいえ全部負けてるだろう? あまり強がると、あとが恥ずかしいかもしれないよ?」


「そうかい忠告どうも。そっくりそのままお返ししてやるよ。彼女らに泣きっ面晒すことになっても知らねぇぞ?」


 ほれ、と指さしてやればその先にいたのはキースを応援する女子生徒の集まりだった。どこでどう用意してきたのか、『キース様』とか書かれた横断幕まで用意してやがる。


 おい教師、あれ注意しなくていいのか。


 キャーキャー騒いでいるその女子生徒に向けてキースが手を振り返すもんだから更に騒がしくなっている。黄色い声援がショッキングピンクにでもなっているのではないだろうか。


 まあいい。目をそらしてくれているなら都合がいい。

 もともとラプスに頼んでいたのは不備がないかの確認だけだったため、この場からでも確認自体は簡単にできる。

 キースがファンサービスに夢中になっている間に瞬時に魔力視を起動する。

 視線の先にあるのは、コースに設置した数多の魔法陣。午前の間で数多くの生徒に踏まれてはいるものの、魔法陣そのものには影響が出ていないようで一安心だ。

 これなら問題ないだろう。


『それでは、高等部100m走最後の組です』


 一つ前の生徒4人が駆け出し、そしてゴールすると俺たちの番が回ってきた。

 この100m走のトリってのも恐らくキースの仕込みによるものなのだろう。何せこの後は誰もいないため、見ている者たちの目は自然と俺たちを向くことになる。要は注目されるのだ。


 おおかた大勢の前で勝利することで、約束の権利を反故にされないようにとでも考えてのことなのだろう。

 そしてもう一つは俺に対する当てつけ、だろうか。確かにこんな大勢の目の前で負ければ、この先学校中から『勝負に負けた人』なんて言われるようになる。


「チクショウ……俺だって陸上部なのに……」


「クソッたれ……なんでこんな罰ゲームみたいに晒されなきゃならねぇんだよ……」


 位置に着いてからふと横を見てみれば、俺たちとともに走ることになる紅組の二人の姿が目に入った。

 彼らも入ることを専門にした陸上部員であるのだが、練習で全力でないキースに全力で負けたことですでにこの勝負には勝てないと諦めているようだった。


 まあそう思うのも無理はない。何せ、相手は人間ではないのだから。

 一般人である彼らが勝てる、なんてのは夢のような話になるのだろう。


 だが君たち、この勝負捨てるのはまだちょっと早いと、元英雄の俺が教えてやろう。


『位置について』


 アナウンスが流れ、それぞれが準備に入る。

 コースはトラックをちょうど一周。陸上部員たちはクラウチングスタートの姿勢を取り、俺もそれに倣って位置に着いた。

 だが、そんなことをしても無駄だと言わんばかりの顔でこちらを見降ろしながら構えるキース。

 だがキース。そんな余裕ぶっこいてると、泣きっ面を晒すことになるって言ってやったはずだぞ。


『ヨーイ』


 きっとこの勝負、お前は完膚なきまでに俺を打ちのめそうと一歩目から人としての本気を出してくれるだろ?

 

 足に力がこもる。

 負けられない戦い、勝たなければならない戦い。そんなものは幾度と経験してきたが、それらも結局のところ今のこの勝負と何も変わらない。


『ドン!!』


 パーンッ! と乾いた音が体育館内に鳴り響く。

 そして同時に、誰よりも早くその一歩を踏み出したのはキースであった。


 それはそうだろう。魔法なんてなければ、俺なんてただの人。多少動けるとは言え、それは人の範疇に収まる程度のものだ。キースには遠く及ばないことはわかっている。


 だからこそ、それはわかっていたことだ。

 

 じゃあキース。宣言通り、足元を掬わせてもらうぞ?


「っ!?」


 一歩目を踏み出したキースが驚愕を顕わにしながら足元に目をやった。

 コンマ数秒の世界でそれに反応できたのは、人間ではないとはいえ流石と言ってやろう。


 踏み込んだはずのキースの足。

 それがあり得ないことに、その場で踏みとどまることなく滑ったのだ。

 まずは一歩目。その出鼻を挫く為に俺が仕込んだ、『粘液陣』である。その効果はその名の通り、陣の上に粘液を出すだけのものである。


 しかし、誰にもバレずに足を滑らせるだけならこれ以上の魔方陣はないだろうさ。名前はダサいかもしれないが、幾度も敵を無力化してきた立派な武器だ。

 まあ、飛んでいる奴には無意味ではあるが。


 なおこの『粘液陣』、意外と耐火性に優れていたりするためドラゴンの炎のブレスにも使えるぞ。壁張ったほうが実用性があるため使うことはほとんどないが。


「クッ……! 何だこれ……!」


 だがそれでも流石というべきか。

 キースは無理やりにでも体勢を立て直して倒れないようにバランスを取っていた。


 もっとも。それも読み通りではある。


「ヴァッ!?」


 直後、会場の観客席に仕込んでいた魔法陣。そこから射出された魔力の弾がキースの頭を直撃したことで、無様にもその場で仰向け倒れるように転倒したのだ。足元も滑るため、その勢いは傍から見ていれば心配になるほどのものだ。


「だ、大丈夫かいデヴィリオン君!?」


「クッ……な、何がどうなってるんだ……!! ッ、大丈夫です。いけます……!」


 既に走り始めた俺たち三人の後方で、そんなやり取りが行われている。

 そして100mという短い距離において、そのロスは致命的だ。


「なぁ、これもしかして……」

「ああ、いける! 勝てるぞ……!」


 全力疾走する中で、隣を走っている陸上部員たちも活気づいた。

 うんうん、こうやって人に希望を与えてこそ英雄としての仕事だ。


 チラと後ろを振り返ってみれば、おおよそ人とは思えない速度で追い上げを図ろうとするキースの姿が見えた。

 焦っているのがよくわかる。そんな速度出して、後で取り繕えなくても知らないぞ?


「だから手伝ってやろうじゃないか」


「うっ……!? こ、今度は何だ……!?」


 ご存じ、君の体操服に仕込んだ『弱化陣』でございまぁす!

 ついでに各部間接に『拘束陣』を組みこんだおまけつき。


 急な速度の低下と体の拘束により、つんのめってコーナーを曲がり切れなかったキースはゴロゴロと転がりながらコースアウト。

 知ってる君。今のそのダッサイ姿を全校生徒並びに保護者にまで晒してるんだぜ?


「ハハッ! ざまぁ!」


 俺にとっての勝負ってのは、如何に相手を負けさせるか、それだけのことなのよ!


 卑怯? 汚い? そんなのは敗者の戯言ってなぁ!

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