第69話:賢者仕込みの最後の直線

「次から次に、いったい何が起こってるんだ……!!」


 自身の身に起きた数々の不幸・・に悪態を吐くキース。だがおかしいとは思ってはいても、今この瞬間にそれについて考えている時間などない。


 何せ転がったキースは第一コーナーからコースアウトしてしまっているのに対して、俺たち三人はもうすぐ第三コーナーへと差し掛かろうとしていた。

 考えている暇があるなら、走るほうが賢明だろう。


「でもこんな差、僕なら……ッ!!」


 でもなキース。

 逆転を確信している相手を、まだ勝てると確信を持てるお前を、そう簡単に走らせると思うなよ?


 コーナーを曲がる際に後ろを確認してみれば、案の定キースがつんのめるような形で前方へと倒れこんでいた。

 あの辺はキースがコースアウトした際に転がってくるポイントだと考えて『固定陣』を複数設置した場所だ。その名前の通り、陣に触れたモノをその場に固定する陣であるのだが、走り出す一瞬でも足の裏をその場に固定してしまえばほれあの通り、というわけだ。


 見事な顔面着地を決めたことで、観覧席や待機している女子たちからキースの身を案じるような悲鳴が上がる。

 いつもなら、そんな心配そうにしている女子たちにも笑顔を向けて手を振るキースであるが、今この時だけはそんな余裕もないらしい。

 鬼気迫る表情でコースへと戻ろうとする彼であったが、どこからともなく放たれた不可視の魔力弾がその身に直撃することで顔を顰めた。


「舐めるなよ……!!」


 仮に一般人に向けて謝って当ててしまった場合、普通に瀕死にまで追い込めるくらいの威力は込めているつもりだったのだが、どうやらそう簡単には倒れてはくれないようだった。

 顔を顰める程度ですぐさま走って復帰しようとするキース。


 そうはさせるかと床や観覧席に仕込んでいた魔法陣を次々に展開していくのだが、先ほどよりも効果が薄いように感じる。

 走りながら魔力視で見てみれば、キースの体にはドラゴンガールやエルフ耳でお馴染みである負のエネルギーで覆われている。身を守るための保護、そして巻き返すための身体強化といったところだろうか。


 まぁここまで意味の分からない妨害を受けているのだから警戒するのは当然のことだ。

 数は用意しているが、出力や展開時間はそこまでではない魔法陣では今のキースを止めることは難しいだろう。


 それにどうやら奴さん、もう人としての範囲を無視するらしい。

 現に先ほどまで俺たちとの間にあった絶対的に優位な距離は瞬く間に食いつぶされていく。

 人としてあり得ない加速とスピード。馬が人型にでもなればあんな風に走れるのかもしれないが、第三者からすればおかしいことこの上ない。


「お、おい! あいつ、本当に人間なのかよ……!」

「馬鹿野郎! 見てる暇あるなら走れ! あんな走り一瞬しかできねぇはずだ……!」


 慌てふためく陸上部の二人の言葉に、普通の人間ならな、と心の中で零す。

 前提条件から間違っているのだから仕方のないことだと言えるが、彼らにそれを理解できるわけがないのだ。


 だからこそ彼らには悪いのだが、ここからの勝負は俺とあいつの二人だけでの勝負になる。


「『強化陣』」


 自らの体操着に仕込んでいた魔法陣が起動する。

 それと同時に、今迄二人の後をついて行くような形で走っていたのを止めて一気に前へと抜け出した。

 驚愕を顕わにする二人であったが、キースを気にかけているその隙を突いたためその反応は強化された俺の走りにとっては遅すぎる。


 ぐんぐんと差をつけて走る第四コーナー。

 対するキースは仕掛けていた魔法陣を全て力技で突破しながら後ろに迫ってきているときた。


 人の範囲を絶対に超えない、という可能性も考えてはいたがそう都合よくはいかないものである。それほどまでに、彼にとって自身の伴侶を得ることは大事なのかもしれない。

 知ったこっちゃないが。


 まぁ大方、お得意の魅了で何とかなるとでも思っているのだろう。勝ちさえすれば、どうとでもなると。そう本気で考えたからこそ、今あのように走っているのだろう。


 とんだ迷惑野郎だ。


「追いツいたゾ津江野……!!」


 振り返らなくてもわかる。キースが追い付いてきた。

 あの嫌な感じがする負のエネルギーが俺の背後へと迫っていた。


 嬉しそうに、しかしどこか口調までおかしくなっているキースに対して、必至だなおいと心の中で笑ってやる。

 きっとここまでやったからこのまま俺を抜いてゴール、とでも考えているのだろう。


 だが何度でも言ってやろう。


 元とはいえ、あんまり英雄を舐めてんじゃねぇぞこの野郎……!!


 第四コーナーを抜けて最後の直線に差し掛かったところで、ダンッ、と力強く足を踏み出す。


 それが合図。

 もしキースが白神よりもエルフ耳捜索のために今後の学生としての立場を優先するのであれば、今迄の仕込みで問題なく、大差をつけて俺がゴールできていたはずだ。

 だがしかし、エルフ耳よりも白神を優先するのであれば奴は必ず追いついてくる。そんな確信を持っていた。

 そしてその核心は現実のものとなった。


 だからこそ、ここからなのだ。


 ここから先の最後の直線。

 そこに仕込んだすべて魔法陣は人外としてのキース・・・・・・・・・に対するものだ。


「覚悟は良いかよキース……!」


 こっからは、賢者としての俺が相手になってやるぞ。


 ゴールまでの直線を埋め尽くすほどの魔方陣が展開される。

 もちろん、この魔法陣は全て隠蔽しているため赤園少女らのむっつり妖精に見られる心配もないだろう。

 その魔法陣の上を通るたびに、その効果がキースに叩き込まれていく。


「グゥッ……!? 」


 露骨に速度を落とすキース。魔力視で確認してみれば、その身に纏っていた負のエネルギーが走るたびに削られている。

 狙い通りだ、と内心でほくそ笑む。


 何せこの直線に用意していたのは全て『魔力収集陣』。それも街に設置していたようなものではなく、極短時間で大量の魔力を集める仕様だ。踏めば踏むだけ、キースの残存エネルギーは減っていくことになる。

 でもコースアウトするわけにはいかないもんな?


「なんデ力が……!?」


 本人も力が削がれていることを自覚しているのか明らかに困惑している様子だった。

 だが、動揺したところで俺には関係のない話だ。もちろん、ここで収集したエネルギーは一緒に設置した『魔力変換陣』を通して、今日のためだけに作った体育館の下の地下室に保管している宝石類に貯蓄している。無駄にするつもりは毛頭ない。


「でモ、こコで負けるワけにハ……!」


 だがそれでも流石というべきか、それとも執念がすごいというべきか。

 陣の上を走り続けて限界まで削ったにもかかわらず、キースは根性で走っている。ゴールまでの距離は残り10mもないだろう。

 未だに俺が有利を取れてはいるものの、消耗したキースと強化を含めた俺の実力はほぼ互角。

 だがしかし、何か要因一つで覆されかねない程度の差でしかない。


「津江野クン……! こコは勝たせてもラ――」


「んじゃお先」


 だが、俺がわざわざそんなぎりぎりの勝負なんてするわけがないだろう。

 並びかけようとしてきた際にキースが何かを言ったような気がしたが、そんなことは気にせずに用意した魔法陣の中で唯一の『加速陣』を踏み込んだ。


 瞬間、フッと俺の体が一瞬だけ前へと跳ぶように加速する。


「ナッ……!?」


 そんな驚愕の声を、俺はゴールテープを通過するのと同時に耳にするのだった。




―――――――――――――――――――――


どうも皆さま、いつも拙作を読んでいただきありがとうございます。

岳鳥翁です。


いつも水曜日と土曜日の更新ですが、明日の18時頃にももう1話更新しますのでよろしくお願いします。

また、現在カクヨムコン8にも参加していますので、フォローやいいね、レビューなどで応援していただけると嬉しいです。

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