第32話:賢者の鬼ごっこと少女の思い

「よし、ここなら大丈夫だろう」


 横抱きにした白神を降ろしたのは、商店街の中でも人通りの少ない一角。

 その中でも更に入り組んだ裏路地を進んだ先の公園だった。


 公園、とはいっても遊具もないベンチが一つ設置されている程度の広場と言ったほうがいいかもしれない。


「大丈夫か、白神」


「……ウェッ!? あ、はいっ! だ、大丈夫です!」


 未だ落ち着いていない様子の白神に、近くの自販機で水を買って渡してやる。

 飲めば挙動不審だった白神も深呼吸できる程度には落ち着いていた。


「それにしても、何なんだあの危険人物は……本当に白神の知り合いなのか?」


「あ、あはは……さぁ私にはちょっとわからないですね……なんでなんでしょうか?」


 あちこちに視線を彷徨わせながら言われても余計に怪しく映るだけだと思うのだが……まあそこは気づいてないふりをしておいてやろう。

 白神の言葉にそうなのか……と返せば、そうなんですよ! と元気よく肯定し始めた。

 だからそういうところだぞ。


「それにしても……津江野先輩って力あるんですね……あれだけ走って息もきらせてないですし。そ、そそれにわ、わたしをその……運んで」


「まあ鍛えてはいるからな。それより、白神。お前はしばらくしたらさっきの迎えが来るところに戻れ。俺はその間、逆方向にあのヤバいのを引き付けておく」


「え……」


 人目が少ない場所で見つかりづらいとは思うが、いつまでもあのエルフ耳の追跡から逃れられるわけでもない。

 このまま隠れていても無意味であるのなら、こちらから姿を見せて囮となるほうがいいだろう。年上として、また先輩として。白神の無事を最優先するのは当然のこと。


 それに何より、俺と一緒にいては白神も変身して戦えないだろう。


「そ、そんな! 危ないですよ!?」


 だが、俺のことをただの一般人だと信じている白神からすれば、俺の提案は許可できないこともまた事実。

 案の定危険だと言って止めようと、白神は俺の腕を掴んだ。


 いろいろと隠していることが多い分、白神に対する罪悪感があるが仕方ないことだと自身の中で割り切っておく。


「まあ聞け、白神。さっき逃げながら周りを見てれば警察に通報してくれる人も何人か見かけた」


「だったら、このままここで先輩も待っておけば……」


「そうだな。けど、警察が到着する前に対面したら、今度も白神を連れて逃げる自信は俺にはない。だからこそ、俺一人であのヤバいのを相手に逃げる方が結果的には安全だったりするんだ」


 もちろん、白神を連れて逃げる自信はある。が、それはあくまでも賢者としての俺の力を使えばの話だ。

 同好会の先輩である、ただの高校生として考えれば無理というものだろう。

 それに俺がいることによる白神への制限もある。なにがなんでも、俺はここで白神と別れなければならない。


「なに、心配するな」


 納得していない様子の白神の頭に手を置き、少し乱暴にワシャワシャと撫でてやる。


「危ないこともしなければ、自信があるからこうして言ってるんだ。また明日、同好会で待ってるぞ」


 手を離すと、「あ……」という声を漏らしてこちらを見上げて来る白神。

 なに、心配することはない。お前の仲間がもうすぐそこまで駆けつけてくれてるんだ。すぐにでもその不安なんてかき消してくれる。


 仲間っていうのは、そういう素晴らしいものだぞ。


「さて……いくか」


 路地裏を抜けて商店街のメインストリートへ飛び出す。

 ちょうどカーブもない一本道になったこの場所は、遠くまでよく見えるような道になっている。

 そして視線の先、俺はお目当ての男を見つけたのだが、向こうも俺を見つけたのが同時だったようで鬼の形相で再び追ってくる。


 かなり距離があるはずなのだが流石人外。みるみる内にその差はほとんどなくなってしまった。


「さぁて、と。鬼ごっこなんてフィンとやった時以来か……? 全部負け越してる俺が果たしてどこまでできるのか……なっ!」





 津江野先輩が駆けていく後ろ姿に手を伸ばそうとしたけど、もうそのころには先輩の姿は建物の陰に入って見えなくなってしまっていた。


「ど、どうしよう……! は、はやく先輩を助けないと……!」


 先輩は心配するなって言ってたけど、相手は私たちの敵であるプリッツという男だ。一般人である先輩じゃどう考えても逃げ切れるとは思えない。

 それに、プリッツの狙いは私だった。なら今回の件は、私が原因で先輩を巻き込んでしまった形になる。

 ど、どうしよう……このままじゃ……


「……っ違う! すぐにでも先輩を助けないと!!」


 アルちゃんに持ち運びがしやすいように、と手渡されていたペンダント。その中心には私が宝石の騎士ジュエルナイトになるための必須アイテムである白い世界樹の宝石が埋め込まれている。


「夕ちゃん!」

「夕!」

「無事だったアルか!」


 すぐにでも変身して先輩を助けに行こうとしていると、津江野先輩が駆けて行った方向とは別の方向からねねさんと舞さん、そしてアルくんが現れた。 

 どうやら、あの男が発した怒りのエネルギーを感知してから急いで駆けつけてきてくれたのだとか。


「よかった! 夕ちゃんが一人だって心配で……」

「そんなことより! ねねさん! 舞さん! 急いでください! は、早くしないと、せ、先輩が……!」


 すぐにでも助けに行きたい私は、ねねさんたちを急かす様に変身の準備に入る。

 でも、宝石を構えた時に舞さんに肩を掴まれてしまった。


「落ち着きなさい、夕。そんなんじゃ、焦って最悪の結果になりかねないわ。まずは状況を簡単にでもいいから説明してちょうだい」


「そうアル! まずは深呼吸アルよ!」


「……わ、わかりました」


 そこから、私は今日の経緯を説明する。

 買い食いの経緯ではデートじゃん! とそわそわしていたねねさんも、途中で私たちの敵であるプリッツが現れてからの話で顔を青ざめさせていた。


「津江野先輩ピンチじゃん!?」


「……状況はわかったわ。それで、津江野先輩とプリッツがどこにいるかは見当がつくかしら?」


「わ、私の迎えとは逆方向に行くって言ってたので、たぶんあっちだと思います……!」


 指さした方向を見据えた舞さんは、わかったわ、と呟いて青い世界樹の宝石を構えた。

 見れば、いつの間にかねねさんも宝石を手にしている。


「それじゃあ二人とも! 変身して津江野先輩を助けに行くよ! アルちゃん! 結界の準備もお願いね!」


「りょーかいアルー!」


「「「世界樹の加護よ! 今ここに力を!」」」


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