第31話:賢者と後輩の逃避行

「ん! おいひいでふ!」


「わかったから、口にものを入れたまましゃべるなみっともない……乙女が泣くぞ?」


 ここ空ノ森町においてもっとも有名だと言える商店街、その名も空ノ森商店街。

 結構何でもそろっているため、孔雀館の寮に越してきてからは何度もお世話になっている。


 あと数年もすれば近くに大型のショッピングモールができる計画があるらしいが、俺はこの雰囲気が好きなので廃れないように頑張ってほしいものだ。

 ……王都のメインストリートに、ちょっとだけ似てるんだよなぁ。


 そんな商店街の中の肉屋さんでは、毎日昼と夕方に揚げたてのコロッケが店前のショーケースに並ぶのだ。かくいう俺も、買い物ついでに何度か食べに来たこともある。

 御世辞抜きでおいしかったため、今回は白神を連れてきたわけだが……どうやらレディであることも忘れるくらいにはお気に召したようだった。


 がっついている白神を横目に、俺も一口。

 ……うん、うまいわやっぱ。フィン達にも食わせてやりたい。リンなら何個食べるのだろうか。

 今度、教えてもらえるなら作り方でも聞いてみるか。


「はむっ……そうひえば先輩は、はむっ……ふぉの商店街には、はむっ、よく来るんでふ?」


「食べるかしゃべるかどっちかにしなさい」


「はむっ……はむっ……はむっ……」


 どうやら食べるのを優先したため、俺もその間に黙ってコロッケを食す。

 一口の大きさが違うからか、俺と白神が食べ終えたのはほぼ同時だった。


「で、さっきの話だが……まあ寮の一人暮らしだと買い物も自分でせにゃならんから、ここには来るほうだな」


「なるほど! じゃあまた今度おいしいのがあったら連れて行ってください! もちろん家の許可は取りますので!」


「今日は特別だ。来たいなら自分で見つけて食べに行くことだな」


 コロッケを包んでいた耐油紙を白神の分も拝借し、近くにあったゴミ箱へと捨てておく。


「ありがとうございます!」


「気にするな。それより、白神はここから家は遠いのか? もしそうなら送るが……」


「あー……確かに遠いんですけど、たぶん家の人が迎えに来るので大丈夫だと思います。残念ですけど……」


「ならいい。よかったじゃないか」


 もうすぐ陽も落ちるし、この間まで小学生だったことを考えれば親御さんとしても心配なのだろう。

 学校の先輩とは言っても、俺のことなんてよくわからないだろうしな。


 行よりも少しだけ歩調の弱まった白神に合わせて隣を歩く。

 どうやら、商店街を抜けた先に車で迎えが来るらしく少しの間そこで待つとのこと。

 なら、無事に車に乗るまでは付き添うことにするか……と考えているとふいに正面から人が現れた。


「よおぉ……奇遇だな、宝石の騎士ジュエルナイト……!!」


「っ……!? あ、あなたは……」


 ただの通行人……かと思いきや、そいつは俺たち二人の前に立ち塞がるように足を止めると、隣にいた白神を見据えたままそう言った。

 白神も白神で、この青年と面識があるらしく驚いている様子だった。


 いったい誰なのだろうか。そして宝石の騎士ジュエルナイトって何の話だ?


 ……って考えられる一般人だったなら良かったんだけどな。


「白神、知り合いか? にしては、意外な見た目の奴とも付き合いがあるんだな……」


「先輩!? だめです! 逃げてください!」


 だがしかし、知っているとはいえ俺はそれらを知らない無知の一般人を装わなければならない。

 浅黒い肌に金髪と、いかにもヤンキー風な見た目の男を観察しながら、あのエルフ耳かと思考を巡らせる。どうやら、今は擬態しているようで俺と変わらない形ではあるが……魔力視で見ればその擬態もよくわかる。

 どういった意図で今この場所で接触してきたのかは不明だが、いつも観察していたときと比べても少々目が逝ってるようにも思える。

 何かに焦っている? ふむ……わからんな。


「突然話しかけてきたと思えば、何ですかあなたは。うちの後輩に何か用でも?」


 白神の静止を敢えて無視して、俺はエルフ耳の前に一歩踏み出した。

 恐らくだが、何も知らない前提であれば先輩としてこうするだろう。いきなり逃げろと言われて逃げるほうがおかしいだろうしな。


「ああぁ? なんだてめぇ。一般の雑魚が話しかけて来るんじゃねぇよ」


「初対面に対して失礼ですよ。白神、こういうのとはあまり付き合わないほうが身のためだぞ?」


「わかってますって! そ、そんなことより! 先輩は早くここから……っ!?」


 すべてわかっているうえで茶番を続けていると、白神の反応から何かを思いついたのか、エルフ耳がにやりと笑った。

 そして俺に向かって手を伸ばし……


 俺はその手を軽く叩き落とした。


「は……?」

「いや、いきなり触ろうとしないでもらえます? 距離感おかしいでしょあんた」


 たぶん対応はこれであっているはず。

 何をされたのか一瞬わからなかったのか、エルフ耳は目を見開いて呆けていたようだった。

 しかし叩かれた手を見て俯いた後、彼の肩が震えだした。


「…………られるか」


「はい?」


「おまえのような雑魚にまで馬鹿にされてぇ!! この俺様が黙ってられるかぁ!!」


「おう!?」


「先輩!!」


 危険を感じて一歩下がってみれば、俺の頭があった場所にはエルフ耳の拳が突き出されていた。

 恐らくだが、素の状態であれを受けていれば俺の頭は見事なザクロとなっていただろう。


「白神! 走れるか!?」


「は、はい!」


「なら走れ! 白神の言う通りこいつはヤバい! 逃げるぞ!」


「逃がすかぁ!」


 演じきれているかを頭の中で考えながら白神の手を引いて商店街のほうへと駆け出した。

 その際に後ろからエルフ耳が追って来ようとしていたため、少しでも障害になるよう近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。


 掃除のおばちゃんごめんなさいな!


 何事かと周りの人々の目が俺たちに向けられているが、そのことには目を瞑りつつ商店街の中を駆けていく。

 中には、追手のエルフ耳を見て警察かどこかへか通報してくれる人もいるようだった。

 ただその警察の到着を待てるほどの時間はないだろう。


「せっ……! せん、ぱいっ! わたしもうはしれません……!!」


 その声に振り返ってみれば、すでに息が上がって死にそうな表情の白神がいた。

 俺が手を離せば、走ることをやめてしまうだろう。


 なるほど、あの宝石があっても変身しない限りは元の身体能力のままなんだな。


「待ちやがれぇっ!!」


 鬼のような形相で追ってくるエルフ耳に向けて軽く舌打ちをし、俺は一度立ち止まって白神の顔を見る。


「今は緊急事態だ。ヤバいのに追いつかれたら何をされるかわからん」


「ハァッ……ハァッ……へ?」


 こっそり身体強化したうえで手にしていた硬化させた鞄をエルフ耳に向かって投げつける。

 ぶつかっても問題ないと判断したのか、特に何もせず受け止めたエルフ耳だったが、顔面で受けた瞬間潰れたような声を漏らしてぶっ飛んでいった。

 幸い、疲労困憊だった白神にはその様子は見られていない。


「ちょっと失礼するぞ……軽いな、ちゃんと食べてるのか?」


「え、ええ……! ちょっ、先輩!?」


「時間がない。文句なら後で聞くから今は黙ってくれ」


 去年一年間通っていた商店街だし、陣の設置のために何度も地形の把握はしている。休むために隠れる場所のだって頭にある。

 ひとまずはそこで白神を休ませようと、俺は白神を横抱きにして再度駆け出すのだった。

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