第30話:賢者にも安らかなひと時を

 あのアンフェと名乗るドラゴンガールの登場から暫く。


 意外にもあの三人娘の周囲は平和を保っているようで、ここのところあの結界が展開される様子は感じられていない。なんなら新しい有能な陣を習得したり、陣の改良ができたりするほどの時間があった程度には。

 まあそれについてはいいことだと思うし、元勇者パーティの英雄としては歓迎すべきことなのだが……個人的にはあまり喜ばしいものではない。


 というのも、あの戦いの後一晩かけて街中の魔力収集陣とここ孔雀館の諸々の陣を解除したため、魔力の収集作業が滞っている状態なのだ。

 おまけに、この旧館の人払いの陣も解除しているため、最近になって旧館に侵入する生徒が増えているのだ。


 ……主に相瀬とか告白とか脅迫とかいじめとかな!!

 おいそこのカップル。いちゃつくなら帰ってからにしろ俺の縄張りでやるんじゃねぇ!

 おいそこの男女。こんな薄気味悪い旧館でやるなら新館の屋上使えよ! 放課後なら夕日でロマンチックだから!

 後半二つは知らん。悪は滅してポイッだ。記憶飛ばして悪いことしたら悪夢を見るようにすればやめるだろうよ。


 まぁそんな感じで数日に一回は旧館に生徒が訪れるのだ。


「……はぁ。ままならんな」


「? 何かあったんですか?」


「いや、こっちの話だ。あまり気にしないでくれ」


 そう言って手にしていた本に視線を戻す。

 先ほども言ったとおり、ここ最近は平和であるため白神が急用で帰ってしまうことがなくなった。そのため、彼女は思う存分またこの部屋で本の虫となっている。


「むー……」


「……? どうした、白神」


「津江野先輩はいっつもそうですよね。心配してるのに何も言ってくれません。これでも私は立派な黒魔法研究同好会の一員にして、津江野先輩の後輩なんですよ?」


 そんなに信用ありませんか? と何故か拗ねたようにそっぽを向く白神。


 ……信用も何も、悩みの種の中心は君たちなんだがな


 とは流石に言えない。

 それに、彼女は俺のことについて何も知らないのだから仕方ないだろう。その気持ちは素直にありがたいし、好ましくも思う。


「白神、ちょっとこっちに座れ」


「? はい、何でしょう?」


 俺の手招きに誘われて隣の椅子へと座った白神は、見上げるようにこちらを向いた。

 出会った頃のボブカットから少し伸び、今では肩ほどまで伸びたセミロングの銀髪。赤い目も相まって、やはりこいつは美少女の部類だなと思わされる。


 そんな白神の頭を……俺は軽く、手にしていた本で小突いてやった。


「あたっ……え、なんで小突かれたんですか私!?」


「この間まで小学生だったのに調子づくでないわ小童こわっぱめ」


「何か口調変じゃないです……?」


 首を傾げている白神の頭にもう一度だけ本を落とす。

 落とされた本人は「なんで!?」と騒いでいるが知ったことではない。

 時間もちょうどいい頃合いだし、もう帰ってもいいだろう。


「白神」


「こ、今度は何ですか? もう私の頭には指一本触れさせませんよ!」


「この近くにうまいコロッケを売ってる肉屋がある。おごってやるけど、ついてくるか?」


 まあでも、だ。

 このの気遣いには感謝しておこう。なにせ、こっちに戻ってきてからは初めてだったからな。


 少しくらい、先輩らしく時間を使うのも悪くはないだろう。



 親にでも連絡したのか、少しばかりスマホとにらめっこを続けていた白神であったが、返信が来ると顔を綻ばせて指で丸を作って見せた。

 どうやら許可が出たらしい。


「私、放課後に買い食いって初めてかもしれません!」


「ん? 前に来た2年生の子たちとは行ってないのか?」


「プライベートは行ったんですけど、放課後はまだなんです。だからこういうのって少し憧れ……みたいなっ」


 よほどうれしいのか、先ほどから隣でスキップしている白神。

 浮足立っているからか、俺より先を行っては立ち止まって振り返るのを繰り返している。


「ほれ、前見てないと危ないぞ。中学生ならもっと落ち着きを持て」


「あ、また子ども扱いしましたね!? 中学生はもう立派なレディなんですよ!」


「それを言っちゃうところがそうなんだよなぁ……」


 聞こえれば突っかかってくるのは目に見えているため、白神に聞こえないようにそっとつぶやく。


 しかし、こうして誰かと歩くのは……誰かと時間を過ごすのはフィン達以来だな。

 再び隣に並んでスキップしている白神を横目で見ながら、異世界での仲間たちに思いを馳せる。


 思い出すのは、常に隣にいた真っ赤な髪の少女。

 ケント! と何かあれば俺の名前を呼んでいた魔竜の娘。

 抱きついてくるたびに俺の骨が悲鳴を上げていたのは、今ではいい思い出だ。


「……リン」


 笑いかけて来る幻視の少女。

 だが俺が次に見えたのは、光の消えた目で倒れ伏した……


「っ……」


「ん? 先輩、どうかしましたか?」


「……いや、何でもない。それと白神。おごりではあるがあまり食べすぎないようにな」


「お、乙女に向かってなんてこと言うんですかっ!」


 もー! と怒って先に行ってしまう白神の背を見ていて気付いたのだが、いつの間にか自分の胸元を掴んでいたらしい。

 少しついてしまったしわを伸ばし、服の中を確認する。


 手製であるため心配はしていないが、壊れてないならよかった。


「先輩! あんまり遅いと食べる時間なくなっちゃいますよ!」


 振り返った白神が速く速くと手を振っている。


「……意外と食いしん坊なのか?」


「もー! ちーがーいーまーすー!」

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