第29話:賢者のしくじり

『オオオォォォォォォォ!!』


 ビルの天井を突き破って空を羽ばたいていく巨大な竜。

 ついには簡易結界すらもぶち破って逃げていくその姿を、俺はただただ呆然とした様子で見ていることしかできなかった。


 いやこれは流石に予想できないだろ……


 簡易結界の外側。あのハムスターモドキの結界は既に解除されていたようで、ぶっ壊れていたビルが傷一つない元の姿に戻っている。

 幸いなことに、このビルにはもともと誰もいなかったのか現実に戻っても人のいる気配はなかった。


「まさか、リンと同じような擬人化タイプだったのか……」


 無力化したところまではよかったのだが、その直後に変貌を始め、ついには身の10m近くはありそうな体躯の竜へと姿を変えたのだ。

 もともと小柄な少女を捕らえていた鎖だ。魔法のものとはいえ、その変化には対応できなかったらしい。

 見事に鎖ごと破壊され、逃走されるに至ってしまったわけだ。あの感じだと、弱化の陣も効果はあっても微々たるものだろう。そも、竜の膂力に対しての効果なんぞそこまで期待できるものではない。

 これはリンを相手にしたときに実証済みである。もっとも、その微々たる弱化が明暗を分けたりするのも事実ではあるが。


「あー、やめだやめだ。言い訳じみてみっともない……相手が一枚上手だったんだ。切り替えろよ、俺」


 パシパシと頬を軽く叩いてビルからの撤退の準備に入る。


「その前に、急いで陣の解除に行かないと、だな」


 できるだけバレたくはないのだが、あのアンフェとかいうドラゴンガールが言葉にした以上何かしらでバレる可能性も考えられる。

 なら、俺にできるのはその可能性を少しでも下げるよう動くことだろう。


 自身に身体強化をかけ、一番近い収集陣から解除していく。

 かなりの数を街中に仕掛けているため面倒くさい作業ではあるが、学校のものも含めて今日中に対処せねばなるまい。

 幸い目安にした赤園少女のエネルギーはまだ少し遠いため、陣の存在がバレることはないはずだ。


「しかし、これからどうする……確実に俺にとってこの件はミスだぞ……」


 おかげさまで、暫くは街から収集できる魔力はパァだ。俺にとっては手痛いロスとなる。

 そして何よりも大きいロス……というよりはミス。それはあのドラゴンガールに俺の存在が知られることだろう。

 きっとあの少女は俺のことを話す。そして俺の存在が知られれば、向こうも何かしらの対処を講じてくるはずだ。より一層、あのエルフ耳やドラゴンガール、更にはそれに準ずる存在の確保は難しくなるだろう。


「だけどそれで諦めようと、そう思うような覚悟は持ち合わせてないんでな」


 難しくなるのであれば、更に準備を整えよう。策を講じよう。卑怯汚いなんでもござれ。一般人に害を出すほど落ちぶれてはいないが、敵であれば問題はない。

 手札の多さと汎用性で言えば勇者パーティ随一を名乗る自信がある。一時期呼ばれた外道賢者の名は伊達ではない。


「まずは次だ。あのエルフ耳かドラゴンガールか、はたまた別の奴かは知らんが、きっとあの三人娘を狙って現れるのだろう」


 ならば、次は確実に捕らえる。今度は油断などせず、最初から全力で。


 第三者が見れば不気味だと思われるような、そんな表情を浮かべながら俺は夕暮れの街を陽が落ちても駆け巡るのだった。





「なあアンフェ。なんであんた擬人化解いてたんだ? なんかあったのか?」


「プリッツうるさぁ~い。あんたはぁ~私のことを気にするより、自分の心配でもしておいたほぉがいいんじゃないかなぁ~♬」


「……チッ、そうかよ」


 妖精郷フェアリーガーデン

 かつては多くの妖精達で溢れていた数多ある世界の中心。

 各世界で目撃される妖精は、ここ妖精郷フェアリーガーデンからやってきた妖精か、その妖精がその世界に根付いた影響で生まれた子孫でもある。


 世界の正のエネルギーによって生まれる妖精たちの国。それが妖精郷フェアリーガーデンであり、そんな妖精たちが集うからこそ数多ある世界の管理を司っていた。

 そんな妖精郷フェアリーガーデンは現在、かつての面影などない負のエネルギーが集う世界へと変貌していた。

 青々として生命に満ち満ちていた森は枯れ果て、少々奇抜ではあるものの、幸せを表す桃色の空は、どんよりとした黒い雲に覆われている。


 そんな妖精郷フェアリーガーデンの妖精達をまとめる妖精の王族。その王族が集う城にて、二人の姿があった。

 イーヴィルポーンのプリッツ、そしてイーヴィルビショップのアンフェだ。


「プリッツ、ようやく戻ったのか」


 そんな二人を出迎えたのは、鎧に身に纏った黒髪の青年だった。

 一見すれば、モデルとしてでも活躍できそうな美青年だろう。プリッツがワイルド系のイケメンヤンキーだとすればキースは王道ヒーローといった顔立ちと言える。

 もっとも、頭から生える山羊のような角がなければの話だが。


「なんだよ、お前も文句か? キース」


「いや、単純に心配していたんだ。無事だったのならよかったよ」


「……ケッ、いけすかねぇ野郎だ」


 悪態をつくプリッツに、キースはやれやれといった様子で苦笑する。

 そしてプリッツに話しかけるのは諦めたのだろう。キースはその隣にいたアンフェへと視線を向けた。


「それで? アンフェ、プリッツのいた世界はどうだったんだい?」


「ん? キースも気になるんだぁ♪ どうしよっかなぁ~!」


 聞きたい?ねぇ、聞きたい? と意地悪な顔で煽るアンフェに困った様子で頷いて見せるキース。

 しかし……


「きゃはっ! 教えてあーげないっ♪ 気になるならぁ自分で行ってみればぁ?」


「……おいキース。お前はムカつかねぇのか、これに」


「まぁ……今に始まったことではないからね。それにこれがアンフェって感じだろう?」


「キースやっさしいぃ~♬ どっかのプリッツとは大違いね! そんなキースだから特別に教えてあ・げ・る♪ プリッツがいたところ、キング様も言ってた宝石の騎士ジュエルナイトがいたの!」


 その言葉にキースは「ほぅ」と目を細める。

 一瞬だけ、彼から漏れた剣呑としたその様子に、口角を釣り上げたアンフェはこわ~い♪ とからかって見せる。


「……おっとすまない。その話、詳しく聞いてもいいかな?」


「それならプリッツのほうがよく知ってるわよ。なんせ、その宝石の騎士ジュエルナイトにボッコボコにやられてるんだから♪」


「うるせぇぞ……!」


「わかった。なら、プリッツの報告が終わり次第聞くことにしよう」


 それじゃあ、と踵を返すキース。

 そんな彼の背中をひとしきり見送った後、プリッツは報告へ。アンフェは自室(元王族の部屋)へと向かう。


 実のところ、賢人が気にしていた他の敵への存在の露呈は起きていなかった。

 というのも、それは単純明快。アンフェ自身が彼の存在のことを自身の中だけに押しとどめたからに他ならない。


「……アハッ♪ お兄さんは私の獲物だもんね♪」


 独占欲ともいうべきか。

 今はまだ敵わぬ相手であろうとも、いずれは彼を超え、そして我が物としたい。

 そんな考えがアンフェにはあったのだ。


「待っててねおにーさん♪ 絶対にアンフェのものにしちゃうんだから……!」

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