第28話:賢者は基本サポート特化なんです

 とはいえ、このままここで戦うのはいろいろと不都合なことが多すぎる。

 まずは戦場を変えなければならない。


「『結界陣』展開」


 手にしていた杖でコツン、とビルの床を軽く小突く。

 龍脈からのマナ供給は十分。そのマナ操作のための魔力も問題はない。


「……きゃはっ♪ やっぱりぃ~お兄さん最高ぉ~♬ アルトバルトちゃんも目じゃないくらいじゃないっ!」


 陣が展開されたその瞬間から当たりの景色が塗りつぶされていく。

 ショッキングなピンク色だった空や河川は俺が普段過ごしている日常と何ら変わりのない色を取り戻す。


 結界から出た? そうではない。言ったとおり、簡易的なものではあるがあのハムスターモドキの結界をその内側から塗りつぶしたのだ。

 上書き、といってもいい。ただ初めて使う魔法陣でもあるため、ずっと維持できるようなものでもなければ、広範囲に影響のある者でもない。せいぜい、この建物くらいが範囲内だろう。一応モノが壊れても結界を解除すれば元通りになる機能はついているが、規模で言えばあのハムスターモドキには及ばない。


 目の前のアンフェと名乗る少女も、俺が何をしたのかを理解したのか興味深そうにあたりを見回していた。


「敵を前にして随分と呑気だな? お嬢さん」


「ん~? べっつにぃ? 呑気なわけじゃなくてぇ、余裕なだけだよぉ~? きゃはっ♪」


 どうやら、完全にこちらを舐め腐っているようだ。特に構えることもせず、俺の様子を伺いながらにやけているだけ。


 これはあれだ。確かフィンと最初の冒険で出会った盗賊団の奴らと同じ目だな。

 自分が絶対的な上位だと信じて疑わない愚者。特にこの少女の場合、俺が街に陣を設置した主犯だとわかっているだろうに。

 俺のことを強いと評しながらもその態度が取れるのは、それでも自分の力に絶対的な自信があるからなのだろう。


「……なるほど。どうやら、まだ自分が優位だと思っているらしいな」


「ええぇ~だってぇ~、アンフェのほうが強いのは確定的な事実だしぃ? お兄さんも強いけど、それでもあたしの遊び相手でしかないんだよぉ~?」


 楽しい遊びにしようね、変態お兄さん♪ と宣う少女。

 しかし、そんな挑発を向けられたところで俺には意味がない。むしろ、すでに準備を終えている俺が彼女を憐れむほうが正しいのだろう。


「そうか、ならその遊びもさっさと終えるとしようか」


「……ふーん、まだ余裕そうねお兄さん。ちょっと面白くないから、アンフェから行くよーっ♪」


 それっ♪ と可愛らしい掛け声とは裏腹に、目で追うのさえ難しい速度で突っ込んでくる少女。

 速度はフィンには劣るが、俺よりも少し早い程度か? 力は……試してみたいとは思うが今やっても仕方ないだろう。

 というのも時間がないのだ。先ほども言ったとおり、あくまで簡易結界であるため、その効果範囲や効果時間はあのハムスターモドキには及ばないだろう。今後の改善が必須である。


 爬虫類のような詰めを俺に向けて振り下ろそうとする少女。

 あっけなく決まりそうな勝負に、一瞬どこかつまらなさそうな様子を見せていたが……その表情は一転して驚愕に染まる。


「えっ……な、に……これ……!?」


「種を教えるわけがないだろう」


 空間固定の陣

 簡易結界展開時、一緒に仕込んでおいた陣の一つだ。


 設置位置は俺を起点とする周囲2メートルの範囲。何も対策することもなく無謀にも罠に飛び込んだ少女は、その陣の効果も相まって数瞬ばかりその動きを止めてしまう。


「このっ……! でも、程度でアンフェは止まらないよ……!」


「もちろん、そんなことは重々承知している」


  何せ、基は大量の雑魚を足止めするための魔法だ。今回は範囲をできるだけ狭くし、効果の出力と仕込む魔力を増加。

 それでも、この程度の相手に数瞬という時間しか稼げないのだが、それはそれで十分だろう。


「『弱化陣』展開。『拘束陣』多重展開」


 再び動き出そうとしていた少女に向け、更に仕込みの陣を展開する。

 ゲーム的に言えば、対象の様々なステータスを低下させる『弱化の陣』と、名の通り対象を魔法の鎖で拘束する『拘束陣』。

 さらにさらに『思考阻害陣』にて相手に理性的な思考をさせる暇を与えない布陣が完成する。


 そもそもの話、賢者は後衛職なんだ。近接でバチバチするもんじゃない。一応念のために杖術は会得しているが、フィンやガリアンがいたから後衛まで抜けてくることもなかったため実戦経験はそれなり程度しかない。

 そんな俺が真正面からまともにやりあうわけがなかろう。


「ぐっ……ゔっ……!!」


「暴れるな暴れるな。尻尾を振り回すんじゃない」


 追加で『拘束陣』を展開し、尻尾の動きを止める。


「きゃ……きゃ、はっ♪ ちょーっと、これはよ、そうがい、だ……たかも……!」


「……驚いたな。思考も阻害されて、まだ意味のある言葉を話せるのか」


「アン、フェは、特別だから……ねっ♪ 術には、強い……んだよ、おにーさんっ♪」


 弱体化し、拘束されてもなおそうした口が利けるのは敵ながら見事だと言えるだろう。普通なら何も喋れずに終わるだけなのだが……白神の体質と似たようなものなのか?


「……まあ、考えても仕方ないか。そういうことは、これから調べればわかることだし」


 彼女の喉に『無音陣』を設置。これでしゃべることもできなくなる。

 あとは意識を飛ばしてから、魔力収集陣の上に動けないように設置。魔力タンクとして活用できるようにすれば問題ないはずだ。


「となると、後は場所だな。寮は……流石にまずいかもしれんし、どこか基地でも作っておくのが一番かな?」





『――――――――――――――――――――――――――――――』


 お兄さんが何かを喋っているけど、なんて言ってるのかよく聞き取れない。


 何かされたのか、あたしの体は普段通りに動かないうえにお兄さんの趣味なのか両手足も拘束されてしまっている。


 ……うん、アンフェ、ちょぉ~っとまずい状態かなっ♪

 キング様からプリッツが帰ってこないって聞いて迎えに行くように言われてきたわけだけど……まさかこんなことになるなんてね!


 あ、まずい……なんか思考が混濁してきてる……


 おかしいなぁ……一応、術に対する耐性は高いはずなんだけど、このお兄さんその耐性ぶち抜いてきてるんだけど。

 なぁーんでこんな人がこんな世界にいるのかなぁ~!


 ほーんとにわけわかんなーい!


 でも、このままだとまずいこともなんとなくわかる。

 このお兄さん、あたしを殺すつもりがないってことは殺す以外に用があるからなんでしょ?

 それはそれで、竜としてのプライドが許せないかも♪


 だから、可愛くないから嫌いなんだけど、今回は仕方ないってあきらめるしかないのよね。


 弱体化した肉体には思っていた以上に力が入らない。

 けど、それは純粋な力の話。自分の中にある力の枷を外し、本来の姿を呼び起こす。


『―――――っ!?』


 キャハッ♪ お兄サン焦ってル焦ッテル!

 突然の変化に慌てだす様子に満足しつつ、大きく広げた翼を羽ばたかせる。

 流石に大きくなった体を拘束するほどの力はなかったのか、拘束は全て破壊できた。


 キャハッ♪ じゃあネ、オ兄サン。次ハ本気デ遊ボウネ!


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