異世界賢者と宝石の騎士

第9話:二年生になった賢者

 季節は春から夏へ、そして秋も冬も超えて、また春となった。

 孔雀館学園の二年生となり、また新たな顔ぶれの揃った教室から窓の外を見下ろせば、今日入学したばかりであろう一年生たちが楽しそうに話している様子が窺える。

 ただ、中学高校両方の入学式をまとめて同日に行っているためその数はとんでもなく多い。

 中学は1学年6クラス、高校は外部受験生を含めて1学年9クラス。1クラスに40人以上いることを考えると、600人もあの場所に集まってるのか……とぼーっと考える。

 確かあの後は部活紹介やらがあって、新入生が気になった部活へ見学に行けるんだったか。


「それじゃ、部活紹介に行くやつはこのまま体育館に集合。他は特に用事がないなら帰るように。2年生になったんだ、節度を守った行動を心掛けるようにしろよ」


「ウェーイ、んじゃ親睦会も兼ねて、このあとカラオケ行くやつ手ぇあげてー!」


「こらそこ! 佐藤! そういうのは挨拶が終わってからにしろ!」


 クラスのお調子者に対して注意した担任は、まったくしかたない、と呆れるような表情で教室を出ていった。

 それを機に、お調子者のクラスメイトのもとにノリのいい奴らが集まって騒がしくしていた。


「津江野、お前も行くか?」


「いや、遠慮しておく。大人数での行動は苦手だからな。田中は行くのか?」


「田村だよ。……いや、俺もやめとくわ。ああいうノリは得意じゃない」


 その言葉に、そうか、とだけ返した俺は手早く教室を出る準備を整える。

 この田島という男、去年も同じクラスかつ席が近かったこともあってそれなりに話す関係を築いている。興味がないためにあまり把握していない学校行事も、この男に聞けばたいてい何とかなるので助かっている。


「だから田村だっての!」


「? どうした急に」


「あ、いや……何かまた間違えられた気がしてな……すまん」


「疲れてるのか? 新学期で体調崩したらシャレにならんぞ、田久保」


「だから田村だっての」


 はいはい、とそのまま教室を出た俺は、そのまま寮へと帰宅……するわけではなく、人の少ない旧館へと向かった。

 三階の一番端の部屋。黒魔法研究同好会と書かれた紙を張り付けた扉を開き、隅っこに置き去りにされている机に学校指定のカバンを置いた。


 ここは俺が学校内で自由にできる拠点が欲しいからと立ち上げた同好会の部屋。生徒の自主性を重んじるこの孔雀館では、こうして生徒が新しく部活を設立することも簡単だった。

 ただ最低でも5人の部員と顧問をしてくれる教師が見つからなければ部活動ではなく、同好会となってしまい毎年の部費と部室をもらえないのだ。

 ん? じゃあ何で同好会なのに部屋があるのかって?


 ……当時の生徒会にお話をし暗示をかけたらすぐ承認してくれたよ。

 まぁ、殆ど誰も来ない不気味な旧館だから誰にも気づかれずにこうしていられるわけだ。旧館やこの階、この部屋にも人払いの陣を敷いているため人が来る可能性もない。

 見られる可能性もないため、今ではこの部屋の本棚は持ち込んだ魔法書で埋め尽くされている。

 部屋自体小さめの部屋だからか少し圧迫感もあるが、今ではこの狭さがちょうどいいとさえ思っている。


「しかし、もう一年経ったのか……早いもんだな」


 教室内にいくつか用意されていた椅子の一つに座り、本棚から魔法書を取り出す。

 この街に来てからも魔力の収集や調べ物は進めてきたつもりだが、正直あまり成果があったとは言えない状況だ。

 というのも、手段を思いついても実行ができないというのが痛い。安全確認のための実証実験を行おうにも、その実証実験で消費する魔力も莫大な量が必要だ。宝石でいえば少なくとも4桁以上の数が必要であることが考えられる。


 実験で使って本番で魔力がないなんてことになれば本末転倒だ。


「だが、この一年でかなりの魔力が溜まった。このままいけば、卒業までに二回分は貯められるし……一度は実験ができるな」


 校内の収集率をもう少しだけ引き上げてもいいかもしれない。


 そしてもう一つ。正直言ってこちらのほうが理由としては大きい。

 

 一つだけ設置された窓から外を見る。

 校庭とは逆側にあるその窓からは、校舎が少し高い場所にあるため地元である空ノ森の街並みが良く見える。

 そんな空ノ森の街から少し外れた山の上に見える一本の大樹。


「絶対ただの木じゃないはず、なんだがなぁ……」


 この街に来てから初めて気づいたあの大樹の特異性。

 魔力視でわかったことだが、あの木の下には数多くの龍脈が集中している、謂わばハブ、中継地点のような状況になっているのだ。

 あんな大量の龍脈が影響する場所に生えた木が、普通なわけがない。


 そう思って去年の夏休みを丸々使って調査を行ったのだが、結果は『異状なし』。魔力的にも物理的にも、ただ大きいだけの木という結論が出てしまった。

 街の人にもあの大樹について話を聞いてみたが、聞けたのは昔からあるあの木は街の守り神的な扱いを受けているという話くらいなものだ。何故守り神として扱われているのか聞こうにも、知らないという人ばかりだし街の図書館にもあの木に関する本はなかった。


 大方、珍しい大木というだけで信仰されていたのだろう。


 そう思ってあの大樹に関する調査は諦めたのだが……今年の年度末に、ほんの一瞬であったがあの木から魔力のような何かしらの反応が感じられたのだ。

 本当に一瞬だったため、後で調査しても結果は変わらずだったが、しかし何かあることは間違いないだろうと今でも時折調査しに行っている。


 仮にあの木に何かあるのなら……それが俺の目的の助けになることを祈ろう。


「さて、それじゃあ校内の収集陣の改善にいく――」


 か、とそう呟いて立ち上がった俺の耳に聞けたのは、誰かが廊下を歩く靴の音。

 人払いの陣が機能していないのか? と急いで魔力視で確認してみたが、陣は問題なく作動している。

 では人間ではない何かか? とも考えてみたが、この世界にはそんなものはいない。

 

 誰が? 目的は? 何故陣の効果がないのか?

 一人部屋の中で考えている間にも、靴の音は近づいていている。


 やがて部屋の前まで来た音がピタリとやむと、扉の曇りガラスの向こうで人影が動いたのが見えた。


 その人物は、扉の向こうで「ここかな?」と呟くと徐に扉を開いた。


「あ、あの……失礼します……! こ、ここ、オカルト研究部の部室であってますか……!」


 少し緊張して入ってきたのは、今日入学したばかりの一年生であることを示す赤いリボンを付けた女子生徒。

 ボブカットされた白髪に赤い目という組み合わせは、窓からの夕日も相まって幻想的なものに思えたのだった。

 

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