第8話:賢者は新たな場所へと
時は流れて一年半ほどが経過した頃。
いよいよ俺は中学の卒業式を向かえていた。
まぁ一年半過ごしたとは言っても、俺がひたすらやっていたのは魔力の収集作業と陣の研究くらいのもの。思い出なんぞほぼ何も残っていない。覚えているのはボーナスおいしかった、くらいなものだ。
殆どは登校しているように見せる幻術をかけて自宅で研究していた一年半だった。ああ、一応学校範囲は教科書見て覚えたので勉学に関しては特に問題はない。というか、他にやるべき事があるのにその程度のことに時間を割くことのほうが問題だ。
クラスメイトとの付き合いも、あの日以来避けられているようだったっため特に誰かと関わることはしなかった。変に関わられても面倒なだけだったため特に気にすることはなかったし、だからこそ幻覚でごまかせていた部分はあるため、それはそれでいい。
唯一といえばボーナスたちくらいだろうか?
あれもよく役に立ってくれた一年半だった。何せ、忘却さえ使っておけば連中何度も挑んできてくれるのだ。しかも、体が敵わないと覚えているのか毎度毎度仲間が増えるためボーナスが増えていくという好循環。
つい最近では俺一人に対して50人を超える数で挑んできたのだ。笑いが止まらないってのはこういうことだよね。
「まぁ、その分人払いの陣と忘却の陣の手間はかかったが……それに見合う成果はあった」
卒業式から即帰宅し、保管していた魔力貯蔵用の宝石を取り出した。
優に100を超えている宝石。そのすべてがこれ以上ないというほどに光り輝いている。
限界まで魔力が貯蓄されている証だ。このうちのほとんどがボーナスだと考えると、本当にあの時ついていったのは英断であった。
しかし、これでもまだ足りないと言えるだろう。
普通、この宝石が一つあれば街一つを破壊する魔法の行使が可能だ。
しかし、一つにつき街一つと考えれば100個あっても足りないと考えるのは当然の話だ。何せ俺がやろうとしているのは世界を渡る魔法だ。それ相応の量が必要になる。
「幸い、宝石の量はかなりあるからな……本当に、貯めておいてよかった」
戦闘でもよく使用していたことや、普段から使うこともあって普段から収集していたため宝石不足になることはなさそうだ。俺でも把握できない量だぞ。
こちらとあちらでは宝石の価値が違うため、このレベルの宝石をこちらで手に入れようとすれば、とんでもない額になることは間違いないだろう。
だがしかし、いくら魔力があっても難しいことには変わりはない。
一見、俺を向こうの世界へ送る魔法、とだけ聞けば簡単そうに聞こえるかもしれないだがそうではないのだ。
まず初めに向こうの世界の座標を特定し、こちらの世界の座標と結び付ける。
その後無理やりにでもこの世界の法則から俺を切り離し、向こうの世界と結び付けた道を経由。再び向こうの世界の法則と俺を結び付けなければならない。
やること全部が大規模かつ高度。賢者でなければ可能性すらなかっただろう。もちろん、方法がこれだけなのかと言えばそうではないのだが、現状考えられるうえではこれが最も成功率が高いと思われる方法なのだ。
急がなければならないが慎重にもならなくてはならない、というのが歯がゆいところである。
閑話休題
さて、そんなわけで俺は無事に中学を卒業したわけであるが、一応ながら今後の予定は決まっている。
というのも、高校へ進学することになった。
学校通わずに研究しろよ、とか時間ないんじゃないの? とか自問自答することも確かにあったのだが、ちゃんと理由もあるのだ。
まず俺が進学する予定の孔雀館学園は寮暮らしも選べる私立の高校である。校風も割と融通が利きそうな感じだし、生徒の自主性を重んじるとのこと。
次に街の人口。それなりに発展した住宅街であることから街の人口が多いため、魔力の収集には困らないだろう。また、孔雀館は中高一貫校であるため、学内での収集も捗るはずだ。
そしてこれが一番の理由なのだが、どういうわけか孔雀館のある街は龍脈が数多く集中しており、龍脈からのマナを扱う賢者としても非常に魅力的な街なのだ。異世界への移動に使用する陣の設置場所としても第一候補でもある。
「とりあえずは三年。三年間でできる限りの準備と、引き続き向こうへ渡る手段の模索、だな……」
すでに簡単な荷物は孔雀館の寮へと届けてもらっている。一人部屋であるため、保管している魔法書を持ち込んでも問題はないだろう。
ただ一つ心配なのは、孔雀館が昨年度まで女子高、それも頭の良いお嬢様学校だった点である。最近の少子化の影響で男子生徒の募集も始めたそうだが、まだまだ人数は少ないうえに、その学費も一般的な私立高校よりも高いらしい。その分施設も充実しているらしいが……両親には感謝である。あとで保管してある装飾品をこっそり置いていこう。
取り出していた宝石を保管の陣にしまい、ふと俺は外を見る。
もう日も暮れる時間。赤く染まった景色を見て思い出すのは、俺とフィンが訓練中に道に迷い、森の中で野宿することになった日のことだ。
「『大丈夫、僕が守るから』、か……」
まだ『僕』だった頃の話だ。やったこともない野宿。それも魔物が住まう森の中が怖くないわけがない。
そんな『僕』を、フィンは夜通し守ってくれたことがある。
「……今度は俺の番なんだ。大丈夫、必ず俺が助けに行く」
そして時は過ぎ、春となった。
俺は生まれた故郷を離れ、新たな場所での生活をスタートさせた。
そしてこの一年後。
この龍脈の集う街で俺をも巻き込む騒動に巻き込まれることになるのだが、当然この時の俺はそれを知る由もないのであった。
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