第7話:賢者の意外な発見

 包帯に連れてこられたのは、学校近くの河川敷だった。

 俺の前後を挟むように土手の階段を下りる包帯達についていくと、どうやら先客がいたらしく数人ばかりの男たちが固まって座り込んでいた。


 そのうちの一人がこちらを向くと、先頭を進む包帯に向けて軽く手を挙げて立ち上がった。

 どうやら知り合いらしい。


「おう、竜人たつと。そいつか?」


「ああ、こいつだよ兄ちゃん」


 なんと御兄弟であるらしい。包帯の素顔はよく知らんが、きっとどこかしら似ているのだろう。

 へぇ、と二人の様子を見ていると、他の座り込んでいた男たちも立ち上がった。

 背丈や顔立ちからして中学生、ということはなさそうだ。制服を着ていることを考えると地元の高校生か。


 そんな彼らの視線が向けられるが、余り好印象というわけではないらしい。むしろあれは敵を見ている眼だ。まあ、侮りも多分に含まれている視線であるが。


「ああ、なるほど」


 つまりは、あの包帯が自分たちだけでは太刀打ちできないからと自身の兄を頼り、その兄も仲間を引き連れて一緒に中学生一人をボコそうと、そういう話なんだな。

 なるほど、理解した。やっぱゴブリンだわこいつら。


「おう、お前。確か津江野とか言ったか? なんでも朝、うちの弟がずいぶんと世話になったみてぇじゃねぇか」


「はぁ……世話したつもりはないんだが。むしろ絡まれたからあしらったまであるぞ。もっとも、本人は頭がさらに残念になってしまったようではあるが」


「て、てめぇ……!!」


「待て、落ち着け竜人。手ぇ出すのは後だ」


 肩をすくめて、あくまでも俺は悪くないということを伝えてみたもののどうやら手を出されることは確定事項であるようだ。弟思い、と言えばそういう面もあるのかもしれないがゴブリンの兄弟愛とかあったところで需要がニッチすぎるしさほど興味もないので帰ってどうぞ。


「んでよぉ、情けねぇことにうちの弟が太刀打ちできねぇから力を貸してくれって泣きついてきて俺らが出てきたわけだが……まぁ、恨むんならやりすぎた自分を恨んでくれや」


「あ、そう。まあ謝っても許さん的な話はさっき聞いたんで、そういうのもういいわ。むしろ、あの程度で恨むんなら弟さん相当周りから恨み買ってるんじゃね?」


「お前、状況分かってないのか?」


 ついていこうと決めたのはいいものの、前置きが長すぎて流石にダレてきた。連れて来て即暴力! のほうがまだ好感が持てるぞ。ゴブリンみたいで。……やっぱゴブリンに対する好感度なんてないに等しいわ。やるんならさっさと終わらせてほしい。全校集会の校長先生かなにかですか?


 こんな無駄なことしてるのかって思うと腹立たしくなってくる。おかげでもう仕込みまで終わってしまった。


「だからそういうのもういいっての。前置きばっか長くてつまらんし、その人数でビビってる? ちっぽけな暴力しか誇るもんがないゴブリンなら早くかかって来いよ。話がない分ゴブリンのほうが優秀だぞきっと」


「……どうやらそうとうボコされたいようだな! おめぇさんはよぉ!!」


 おうおう怒った怒った。兄弟そろってずいぶんと沸点が低いようで。


 やっちまえ! と周りの仲間に呼びかけたゴブリン兄と包帯(ゴブリン弟)。その合図とともに、一斉に襲い掛かってくる男たち。中にはバットなどの武器まで持ち出している奴も見受けられた。

 素手の中学生相手に物騒なことだなと考えながら、俺は軽く足で地面を小突いて仕込みを発動させる。


 瞬間、襲い掛かってきていた男たちの体が、地面や空中関係なくその場へと固定された。


「っ!? ……んだよ、これ……!?」


「空間固定の陣って言ってな、簡単に言えば対象の動きを止める陣だ。まぁ基本格下の雑魚にしか効果は出ないから魔王城付近の相手にはほとんど通じなかったんだが……頭ゴブリンのお前らにはよくお似合いだぞ?」


 自身の身に起きた非現実的な現象に、困惑や動揺が隠せない男たち。そんな中で唯一疑問の声をあげられたゴブリン兄に対して、俺は何でもないことの様にそう言った。

 込めた魔力の量によって性能が変化する陣であるのだが、どれだけ魔力を込めたところで、その効力は相手が強いとほとんど意味をなさなくなってしまう代物だ。まぁでも広範囲の相手を一気に固定できる陣であるため、大量の雑魚的を足止めするには最適な陣だと言えるだろう。


 今回の相手も、ゴブリンみたいな雑魚であるため拘束力には何の問題もないようだ。煽るようにゴブリン兄の頬をペチペチと叩いてみたが、睨まれるだけでちゃんと動けなくなっている。

 その様子に満足しつつ、俺は同じように固まっていた包帯姿のゴブリン(弟)の目の前で視線を合わせてやる。


「かわいそうに、こんなに仲間を集めたうえに恥を忍んで兄弟まで頼った結果がこんなことになるとはな。アホなのかお前、しか俺は言えないぞ包帯」


「ウッ……ググググゥ……!! 津、江野ぉ……てめぇ……! いったい何しやがった……!!」


「はいはい、津江野ですよ。てか同じ説明する意味とかないから。興味ないしもういいぞ」


 包帯の目の前で煽ってみたが、特に思うところもなかったためすぐに興味は失せた。

 いや、むしろここからが俺の興味であり目的、だろうか。そういう意味では仲間を増やしてくれた包帯には感謝である。

 そもそもなんで俺がこんなところについてきたのかと言えば、検証実験を兼ねた魔力収集のためである。


 以前にも説明したとおり、魔力は生命が生きるエネルギーから作られるため、搾取しすぎると相手の体に悪影響を与えてしまう。そのため、普段の収集は体に影響の出ないほんの少量であるのだが、実際どれくらいまで抜き取ると影響が出るのか調べることができなかった。下手にやると動けなくなる上に、万が一ミスすれば危険だからな。


 そういう意味では今回は試すのにもってこいの機会と人材であった。まさに鴨が葱を背負って、というやつである。


「一度は実物使って試さなきゃと思ってたところにちょうどよかったよ。んじゃまぁ、皆さんもらっていきますねぇ」


「っ!?!? ち、ちからが……ぬけ……」


 空間固定の陣に、さらに魔力聴衆の陣を追加。

 すさまじい勢いで男たちの魔力を搾取し始める魔法陣を見て、俺はおお!と感嘆の声を上げた。


「すげぇ! 10人くらいでいつもの何倍集まってんだこれ……!」


 昨夜向こうから持ってきていた宝石を用いて作成した魔力貯蔵用の宝石。街や学校に設置した陣からの供給もこの宝石へと繋がっており、溜まれば溜まるほど輝きが増していく設計となっている。

 そんな宝石が一瞬でその輝きを増していく。ついには二つ目の宝石にまで魔力が溜まり始めた。

 街全体からの収集でも1日では溜まり切らない計算だったんだが、これは予想外の結果だ。これだけ溜まるのなら、時間を無駄にしたかいがあったというもの。


 ゾンビのようなうめき声しか上げられなくなった男たちをよそに、俺は手にした宝石を眺めてついつい笑みを浮かべてしまう。


「んだよ、これ……」


「お? 言葉が出せる元気はあったのか。存外タフなんだな、あんた」


 うつ伏せになったままかすかな声を紡いだのはゴブリン(兄)だった。

 俺はそのそばに近寄って褒めてやることにした。


 煽りではない。

 ここにいる全員、しばらくの間動けなくなるまでの魔力、つまり生気を収集されたのだ。話すのもかなりきついのに話せるというのはゴブリンなら十分に凄いことだ。


「まあそういう話は置いておいて、だ。あんたら予想以上に役立ったから今後もよろしく頼むわ」


「な……にぉ、い……て」


 何か言っているような気もするがそれを無視して俺は新しく陣を書き加える。

 それは忘却の陣。ここにいる男たち全員には、今日ここで会ったことを忘れてもらうことにしよう。


 こいつらからすれば、訳も分からず動けなくなっているようなものだが、そこの部分は勝手に記憶を補間してくれることを期待しよう。なに、怪しまれたところで覚えてないのだ。どうとでもなる。


 そして動けるまでに回復したころに俺がまた煽ってやれば、こいつらはまた仲間を引き連れてやってくる。そして今日と同じように収集。なかなか良いアイデアだ。

 だいたいひと月で回復すると考えれば、こいつらは毎月やってくるボーナスみたいなもの。最高か?

 デメリットは……月に一度は登校する必要があることだが、一日程度であれば問題ない。


「それではみなさん、来月もよろしく」


 それだけ言って河川敷の土手を駆け上がった俺は自宅へと急ぐのだった。


 もちろん、道中に設置していた人払いの陣の解除も忘れずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る