第6話:賢者のゴブリン討伐

 結局あの男子生徒はその日の授業中に戻ってくることはなかった。


 そもそもこちらに絡んでこないのであれば俺も手出しするつもりはないのだが、あの調子では何度でも関わってきていたはずだ。そういう意味ではありがたいことであったし、おかげで休み時間中に学校のあちらこちらに陣を敷くことができた。これで明日以降学校に行く必要がなくなる。

 それに終始クラスメイトから向けられていた視線も気にするほどのものではなかったが、気分のいいものではなかったしな。行かなくて済むならそのほうがいいだろう。


 朝から想定外の事態があったが、大したことのない些事であったため忘れるのが吉。目的は達成したため、気分良く帰ることができる。放課後担任に呼び出されたがそんなものは無視だ、無視。俺は早く帰って陣の研究、並びに隣街への陣の設置などやらなければならないことは多い。


 設置が終わったら、保管なんかの空間に関わる陣を改めて調べてみるかぁと考えながら歩いていると、ちょうど校門を出たあたりか。

 突然わらわらと5、6人影が湧き、俺の周りを取り囲み始めた。


「おい津江野……ちょっとツラ貸せや」


 見れば全員俺と同じ制服であるのを考えるに、この学校の生徒なのだろう。ちょうど正面に立った顔を包帯で巻いた男子生徒が俺の名を呼んだのだが……


「? どちら様で?」


「っ……!! てめぇ!! 舐めるのもいい加減に……!」


「たっちゃん! まだここじゃないよ……!」


 首を傾げて誰なのかを聞くといきなり包帯男が怒り始め、そしてそばにいた男がそれを止めた。


「……チッ、まあいい。おい津江野。ついてこい」


「は? 断るが?」


 何故急に出てきた奴らの言うことをおとなしく聞かなければならないのか。馬鹿なのか? ゴブリンでももう少し賢いぞ?


「だいたい、母親に習わなかったのか? 知らない人について行ってはいけませんって。そんなことも知らないお前さんは幼稚園児にも劣るぞ? それでついていくわけがないと何故考えられないんだ?」


 話せば話すほど、冷静さを欠いて苛つき始める包帯男。ついには握り拳を震わせて始め、息を荒らげていた。


「え? 興奮してるのか? さすがにちょっと引くぞお前……」


「津江野ごときが調子に乗ってんじゃねぇぞぉ!!!!」


 第三者から見ればちょっと危ない人にしか見えないため注意しただけなのだが、どうやら俺の思いは伝わっていなかったようだ。

 急に大声を出すという奇行により、その見た目も相まって周りからの視線を一身に集める包帯男。

 そんな彼の包帯の隙間から見えた目には、激しい憎悪の感情が見てとれた。


「たまたま俺をノせたからってよぉ!! お前ごとき、この俺が油断さえしなけりゃ簡単に殴り殺せんだよっ!! ちょっとうまくいったからって調子乗ってんじゃねぇぞ!!!」


 それになぁ! と包帯男は続ける。


「今度はこの人数だ。ぜってぇ嬲り殺しにしてやる……!! さっきのこと、謝っても許さねぇからなぁ……!!」


「……ああ! なんだ。お前、朝のゴブリンか。特に覚えていても意味がないから忘れてたわ」


 そうだそうだ、ようやく思い出した。確かそんなやつもいたな、程度ではあるが、面倒だったことだけは覚えている。


「なるほどなるほど……何だ。つまり、ゴブリンが仲間を増やして逆襲に来ただけか」


「……お前、本当に状況分かってんのか?」


 包帯男の隣にいた男がそんなことを言うのだが、こちとら賢者だ。状況把握くらいお前たちよりできるわアホめ。


「わかってるわかってる。んで、俺にもお前らにもいいことないから帰ったほうがいいぞ? 時間も無駄だしな。ていうか帰るのに邪魔だからどいてもらえる?」


「……殺スッ!!」


「だから! たっちゃん落ち着いてってば!! まずはこいつを……」


 今にも飛び掛かってきそうな包帯を何とか隣の男が抑えている。

 いつまでこのしょーもない漫才を見ていなければならないのだろうか。こっちは帰ってからもやることが盛りだくさんだというのに……研究とか陣の設置とか研究とか。


 こんなところで時間を取られると、隣街まで行く予定が潰れてしま……


 ……


「気が変わった。ついて行ってやるよ。んで? どこに行けばいいんだ?」


「……は?」


「いや、は? じゃなくて。お前が言ったんだろ? 頭ゴブリンか? それとも朝の件でさらに頭が残念になったのか? だとしたらご愁傷様だな」


 俺の言葉に何故か困惑の声を漏らした包帯に呆れてしまうが、まあゴブリンみたいなやつだから仕方ないと思っておこう。賢者の心は広いんだ。

 また隣の男に抑えられている包帯を眺めながら、あっちか? と今まで黙っていた他の面々に聞けば、少し戸惑った様子で頷いた。


「んじゃ行こうか。引率よろしくぅ」


「……ぜってぇ後悔させてやる!!」 

 

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