第102話:斯くして魔竜と出会う3
十全に休むことができた俺たちは、再び山頂に向けて歩みを進める。
近づくたびに周囲の魔力の反応が強くなっていくため、道中で魔物に襲われるかとも思ったのだが、それらしい影はない。
やはり、山頂に出現した何かに怯えて皆麓の森に降りてしまったのだろう。
「みんな、ここからは慎重に行くよ。ケント、魔力の反応はどうだい?」
「……依然変わらず、山頂の魔力が強いことに変わりはない。……が、ここまできてようやく気付いた新情報だ。その中心に、えらくヤバいのがいやがる……!」
距離があった先ほどまでは気づかなかった。
が、もう目と鼻の先にという今ならわかる。恐らくだが、この中で一番そのヤバさに気が付けるのは俺だけだろう。
「フィン……! ここまで来て、あれだけ言ってた俺が言うのはあれだが、皆のためを思って言うぞ。これは撤退した方がいい……!!」
「ケント……?」
「あれは違う……魔物じゃ……ドラゴンじゃねぇ……!」
否定したいのに、感じ取れるこの魔力から否定することができない。
魔物は魔力の澱みから生まれる。それはドラゴンやグリフォンなどの脅威とされる魔物であっても適用されるルールのようなものだ。
故にどんな魔物であれ、魔法を使う俺たちはその魔物が発する魔力を感知することができる。
……けどこれは、今俺自身が感じているこの反応は魔力じゃない。
「マナだ……フィン、この反応は、マナだ……!」
「マナって……それは星の……?」
フィンの問いかけに、俺は顔を青ざめさせて頷いた。
魔力とは、俺たち生物の生命力によって発生する。そのため、生きてさえいれば草木などの植物も、動物も、魔法の使えない者も無意識下でわずかながらでも魔力を発生させている。
魔法が使えないのは、その生産量と本人の資質が向いていないが故のこと。
そしてマナであるが、これは俺たち生物が生産する魔力ではなく、
故に、質も量も、魔力とはまさに桁違いのエネルギーとなる。
俺が気付けたのは、そのマナを利用する賢者であるからだ。
賢者であるからこそ、その反応がマナであることに気付けたのだ。
「嘘だろおい……!? 選択肢から外した可能性が的中とか、どんなフラグだよクソが……! 何でピンポイントで1000年以上前の事例が出てきやがる……!」
『ふむ、1000年前とは……貴様、もしや我の母について何か知っておるのか?』
「「「「!?」」」」
突然頭の中に響いたような声に俺たち四人は周囲を見回した。
最初に気付いたのはガリアンだった。
おい、あれ! と彼が指をさしたのは俺たちの頭上はるか上空。
飛んでいる何かが徐々に徐々にと近づき、やがてその大きさは目算で10mを超えたところで俺たちの目の前に着地する。
でけぇ……、というガリアンの零した言葉がやけに俺たちの耳に響いた。
『答えよ。貴様は、我の母について何か知っているか?』
目の前に現れた真っ赤な体躯の翼の生えたトカゲのような何か。
真っ直ぐにそいつが見ているのは俺だった。
恐らく、俺の知る文献での話をしているのだろう。
「……1000年以上前のって話なら、そんな詳しいことは知らないぞ。ただ、お前のような奴が現れたという話しかなかったからな」
『フンッ、詰まらん。暇をつぶすにちょうどよい話かと思うたが……興ざめじゃな』
巨躯を揺すり、面白くなさそうな様子で響く声。
目の前のこいつが語り掛けているのかと、そう考えたところで、そいつは何でもないことのように口を開いて一言。
『では死ね』
ボゥッ!! と口から吐き出された炎のブレスが俺たちを飲み込まんと迫る中、それに反応したのは日頃から俺たちの盾として動いていたガリアンと、先陣を切っているフィンの二人。
「お、おおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおお!?!?」
「二人とも下がって!!」
その二人が俺とマリアンヌを守るように前に出ると、ガリアンは盾を突き出して炎を防ぎ、フィンは力を開放した聖剣を薙ぎ払うことで炎のブレスを露散させる。
そんな二人の様子を見たそいつは、『ほう?』と興味深そうに俺たちを見下ろした。
『カカカッ、本気ではないとはいえ、今のを防ぐとはの。どれ、暇つぶしに少し遊んでやろうではないか』
再び響くその声は、先ほどよりも幾分か機嫌がよさそうな声だった。
だが、こちらからすればたまったものではない。
「ケント! 知っていることを教えてくれ! あれは何なんだ!? ドラゴンじゃねぇのかよ!?」
『む、そこの盾の。我をそのような成り損ないと同じにする出ないわ。殺すぞ』
マリアンヌに回復してもらいながら叫んだガリアン。
そんなガリアンの問いに答えるように、できるだけ全員に聞こえるように俺は答えた。
「そいつはドラゴンじゃない! 星の魔力であるマナから生み出された、星の代弁者やら星の化身とも呼ばれる『竜』だ!」
「竜だって……!? おま、それは御伽噺の伝説だろうが!?」
「その伝説がそいつなんだよ!? とにかく、ドラゴンなんかとは比べ物にならねぇくらいに強いぞ! 撤退を優先して考えろ!!」
いいな、フィン! と最前線で聖剣を構えるフィンに向けて呼びかければ、彼はわかったと返事をしてくれる。
よし、なら俺は全員が安全に逃げられるように魔法陣を仕込む……!
『む? その剣の魔力……貴様、さては勇者だな? これは僥倖じゃ! 思いのほか、楽しい暇つぶしになりそうじゃのぉ! 以前のグリフォンとやらは弱くてつまらんかったのじゃ』
カカカッ、と響く笑い声と共に竜の方向が辺りに響き渡る。
クソッたれめ。そんな暇つぶしで、フィンを負傷させてたまるかっての。
それに、ドラゴンと違って竜は好んで人を襲うことはないと言われている。
文献での記載にも、当時現れた竜は人を襲うことなく、縄張りとした場への侵入者にのみを襲っていたとされている。
つまり、撤退してしまえばあちらから仕掛けてくることはないはずだ。
一番の問題だったグリフォンは死んでいるため、あと数年は強い魔物は生まれてこないはずだ。森の魔物の掃討後、村の住民たちに岩山へ近づかないように言っておけば問題もないだろう。
フィンとガリアンに『身体強化』の魔法を付与し、その鎧と武器に『強化陣』を仕込む。
そして同時に少しでも前衛二人の負担を減らせるようにと竜の周囲に『拘束陣』と『弱化陣』をいくつも展開した。
それが、余計なことだった。
『……おい、貴様。まさか、マナを扱えるのか?』
自身の周囲に展開された魔法陣を見て真っ直ぐに俺を見る竜。
俺はそんな竜に対して、ああそうだと頷いて見せた。
「竜であるお前には普通の魔法は効きづらいんだろうが、俺は賢者でな。油断してると、痛い目見るかもしれないぞ?」
ただの魔力による攻撃であれば、存在そのものがマナである竜にはあまり意味がないかもしれない。
しかし、こちとら賢者だ。感覚的にマナは扱えるため、そのマナを使用した魔法ならちゃんと効いてくれるだろう。
これで少しでも俺たちを脅威と感じてくれるのなら、その隙を突いて一気に撤退と言う策も取れる。
そう考えていたのだが、そんな考えは次の竜の一言ですべてぶっ飛んだ。
『……よし、貴様ら。寛大な我が一つ貴様らに良い話をしてやろう』
「良い話、だって……?」
剣を構えていたフィンが竜の言葉に問い返せば、竜はそうだと頷いた。
『そこの賢者とやらを我によこせ。さすれば、貴様らを見逃し、今後大人しくしていることを約束してやろう』
「「「「……は?」」」」
竜の提案に、俺たち四人は思わず顔を見合わせた。
『む? わからんか? そこの賢者を我に捧げよと、そう言うたのじゃ。わかったのなら、そやつを置いてとっとと失せるのじゃ』
ほれはよせい、とフィン達に退くように尻尾を揺らす竜。
だがその申し出に対して、フィンは聖剣の柄をさらに強く握りしめ、その切っ先を竜に向ける。
「……申し訳ないけど、それは受けられない」
『……ほう? 貴様、この我が慈悲を与えてやろうというのに、それを拒むか?』
「当然だね。ケントは、僕らにとってかけがえのない仲間だ。彼を見捨てて生き延びようなんて、たとえ勇者じゃなかったとしても僕は選択しないさ。そうだよね、皆!」
横目で背後のガリアンとマリアンヌに呼びかけるフィン。
その呼びかけに、二人は大きく頷くとガリアンは盾を構えてフィンの前に飛び出し、マリアンヌは持続回復する魔法を前の二人に掛けた。
「おうともさ! フィン、前は任せろ! マリアンヌとケントは支援を頼むぞ!」
「任されました。死んでも生き返らせますから、思い切りやってきなさい!」
「お前ら……なら、賢者としても、抗わせてもらおうか……!」
三人の言葉に一瞬呆けてしまったが、すぐに杖を構えて竜に飛び込んでいく二人に支援の魔法陣を展開する。
『愚かじゃの。貴様ら程度が、この我に歯向かおうとはな……では竜として、力づくで奪い取るとしよう』
フィンが斬りかかろうとしたその瞬間に、竜は空高く跳び上がって躱して見せる。
そして上空から俺たちを見下ろすと、その翼を大きく広げて名乗りを上げた。
『我の名はリーンスヴェールドランド。魔竜リーンスヴェールドランドである! 愚かな人間どもよ、その名を魂に刻み込み、我が炎と共に果てるが良い!!』
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岳鳥翁です。
ついに登場リンことリーンスヴェールドランド。
面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!
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