第101話:斯くして魔竜と出会う2

 グリフォンほどの魔物となれば、死んでもその体で残る部分が出てくるため素材回収にはうってつけだ。

 『保管陣』でグリフォンの遺体を回収し、事が終わったら羽やら爪やらをはぎ取ることにしよう。


 そうして洞窟から出た俺たち二人は、外で待機していた三人にグリフォンが中で死んでいたことと、先ほどの俺の見解について話をした。


「そりゃぁ……また厄介だな……」


 話を聞き終えたガリアンは、顎に手を当てて唸るとカサドールさんに向き直って岩山の方向を訪ねた。


「い、岩山なら暫くこのまままっすぐ進めば見えて来るかと……」


「そうか。ならカサドールさん、あんたの案内はここまでにした方がいい。グリフォンよりも厄介な相手がでれば、最悪お前さんを守りながら戦うことになっちまう」


「わ、わかりました。私も、皆様方の足を引っ張るのは本意ではありません」


「カサドールさんはここから村まで戻れる? もし難しいのなら一度僕たちがついて戻ることもできけど……」


「いえ、それには及びませんよ勇者様。これでもこの森とともに生きてきた狩人です。狩りをするならともかく、帰るくらいは戦わずとも問題はありません」


 ですので、どうか。とカサドールさんは改めて俺たちに頭を下げる。


「どうか、私たちを……村をお救いください」


「……はい。僕の、僕たちの誇りにかけて」


 フィンの力強いその言葉に、カサドールさんは「ありがとうございます」と言ってこの場を後にした。

 

 そして残された俺たち四人は、まずは話し合う必要があるとして一度洞窟の中へと入った。話をするにしても、四方からいつ襲撃されるかわからない場所よりは安全だろうからな。


「こいつぁ……相当なもんだな……」


「グリフォンがここまでやられるなんて……」


 洞窟に入ると、ガリアンとマリアンヌがグリフォンがどうなっていたのかを見たいということで、先ほど回収した遺体を『保管陣』から取り出して見せてやった。

 その遺体を見た二人は、お互いに頭に手を当ててどうしたものかといった様子。


「ガリアンは、この傷跡からしてどう思う?」


「……見たところ、グリフォンの嘴と爪には戦ったような形跡はない。戦っているならある程度血肉が付着したり、多少でも欠けたりするはずなんだがな」


「つまり、グリフォンは反撃することもできず、一方的にやられたか」


「そう考えたほうがいいだろうな……」


 どんな化物だよ、とため息を吐いて顔を顰めたガリアン。

 でもそういう反応になる理由もわかる。


 何せグリフォンは空の王者とも呼ばれるドラゴンに継ぐ魔物だ。

 それにドラゴンに継ぐ、なんていうがこれはドラゴンよりも弱いということではない。


 確かに頑強さや狂暴性、ブレスなどの威力はドラゴンが上なのだが、機動性や小回りの良さは断然グリフォンが圧倒する。


 彼ら魔物と相対する人にとっては、どちらも脅威であることに変わりはない。


「ケントはグリフォンが何にやられたのか、予想はつく?」


「まぁ、ドラゴンって考えるのが妥当だろうな。そもそも、グリフォンから住処すみかを奪える魔物ってのはそれくらいしか考えられねぇ。運悪く攻撃を躱せず翼をもがれ、そのあと胴体を食いちぎられたんだろうさ」


 他にもう一つ考えられる理由もあるにはあるのだが、それについては考える必要はないだろう。

 何せ、文献上でも1000年以上前に一度だけと言うほど。

 珍しいことではあるが、魔物同士が争ったと考える方がまだ信憑性がある。

 

「ドラゴンか……」


「お、なんだフィン。ちょっとは怖いとか思っちまったか?」


 からかうように言うガリアンに、フィンは「そんなことはないよ」と笑みを浮かべた。


「何が相手であれ、人に仇なす魔物であるのならそれを討伐するのが勇者なんだ。怖がっている暇なんてないさ」


 ただ、とフィンは続ける。


「小さい頃、母さんが語ってくれた話の中に似たようなのがあったなと思ってね。主人公がお姫様を助けに行く話なんだけど……」


「あら? それはもしかして、『勇者トーリの冒険』ではありませんか? 悪しきドラゴンがお姫様を攫い、そのドラゴンを打倒してお姫様を救い出した勇者トーリは、その後そのお姫様と結ばれるという話です。教会の子供たちにも人気のお話ですよ」


 マリアンヌの言葉に、フィンもそんな話だったと頷いていた。

 そういえば、文献は色々と見ていたが、おとぎ話の部類はまだ読んでいなかったなと思い返す。


 ああいうのは、中には伝承的なものも含まれているため、新しい知識を得られるかもしれない。


「まぁ、うちの姫様は攫われても自力で脱出してきそうだけどな」


「「「ああ、確かに……」」」


 ガリアンの一言に、全員が納得してしまった。

 「何よあんたたちみんなして!!」とハンマーを持ち出してくるお転婆姫の姿が脳裏に浮かび、これ以上はやめておこうと頭を振る。


「……ともかく、予想できる魔物はドラゴンだ。たぶんこれまで旅をしてきた中でも一番の強敵になるはず。けど、僕ら四人が揃っていれば勝てない敵じゃない」


「そうだな。それに、ドラゴンくらい討伐できなきゃ、魔王討伐なんて夢のまた夢だ。ここらでサクッとドラゴンを倒して勇者フィンここにあり! くらいのことは言ってやろうぜ」


「おお、それいいなケント! ならフィン。いつも通り守りは俺に任せろ! ドラゴンだろうが何だろうが、お前への攻撃は全部この俺がはじき返してやるぜ!」


「うふふ……皆さんお元気で大変良いですね。なら回復はいつも通り私にお任せください。死んでも生き返らせるので死なないようにしてくださいね? 特にガリアン」


「怖ぇよマリアンヌ」


「あらあらうふふ……一番攻撃を受けて死にやすいあなたが何を今更」


 わいわいと騒ぐ二人の様子を見て、今からドラゴンを相手にしに行く雰囲気じゃねぇなと呆れてしまう。

 するとちょうどフィンと目が合ったため、こんなんでいいのかね、とガリアンとマリアンヌの二人を指させば、大丈夫だよと苦笑していた。


 ……緊張でガチガチになるよりはいいか。


 「あんまりイチャつくなよー」と二人の間に割って入ると、ガリアンが全力で否定しながら止まってくれた。なお、マリアンヌはいつもの「あらあらうふふ……」と心なしか顔が赤いような気がする。


 グリフォンの遺体を『保管陣』に回収し、準備ができたことをフィンに伝えれば、かれはうん、と大きく頷いた。


「それじゃあ皆、行くよ!」







「大分登ったけど、まだ着かないのかい?」


「まだ上だな。ふぅっ……魔力の反応からして、目指すのは岩山の頂上だ。……この魔力反応、ちょっと、ヤバいかもしれんな」


「私もケントくんと同意見です。彼ほど精密ではありませんが……でも、この魔力の強さは気を引き締めなければならないかと」


「魔力についてはわからないが、お前たちがそこまで言うのか……フィン! 急ぐのはわかるが、一度ここで休憩を挟むぞ。疲弊している状態での戦闘は得策じゃねぇ」


 ガリアンの提案に、「わかった!」と答えたフィンは休憩にちょうどよさそうな平地を見つけて立ち止まった。

 休めそうなところを見つけて、俺は思わず座り込む。


 かなり体力もついたし、体も鍛えたとは思うのだが、それでも疲れるものは疲れる。

 バッグから疲労回復のポーションを取り出して一気に煽る。


「まだまだ貧弱だなケントは」


「お前と一緒にするなよ筋肉バカガリアン。賢者という役割なうえに、もともと俺は異世界から召喚された現代っ子だったんだ。むしろここまで登ってこの程度の疲労であることを誇るね」


「でもマリアンヌはまだまだ元気そうだぞ?」


「あんな重いメイスを振り回してる聖女と一緒にしないでもらいたい」


 ポーションのおかげか、軽口をたたくだけの体力は戻った。

 ガリアンの奥でスゥッと目を細めている隠れ筋肉聖女を無視して、俺はフィンが腰を下ろす岩まで近づいた。


「ああ、ケント。もう大丈夫なのかい?」


「心配ありがとうな。こっから頂上ならもう問題はねぇよ。それより、お前こそ大丈夫か?」


「……何がだい?」


 不思議そうな顔で俺を見上げるフィンだったが、一応初対面から三年間ずっと一緒なのだ。


「すっごく不安って顔に出てるぞ。誤魔化すくらいなら、ちょっとは話してみろよ相棒」


「……ははっ、流石だね相棒。君の目は誤魔化せないか」


 諦めたように空を仰いだフィンは、そうだよ、と一言。


「これまで色んな魔物を相手にしてきたけど、ドラゴンってなるとね。ああはいったけど、やっぱりちょっとは不安だよ」


「しかたねぇよ。何せ、空の王者と呼ばれるほどだ。色んな物語でも悪の権化みたいに出て来る化物だな」


「そして最後には物語の主人公に打倒される。けど、僕がそんな主人公みたいになれるのかちょっと心配なんだ」


 自信なさげに俯いたまま呟いたフィンは、そっと己の腰に携えた聖剣に手を添えた。


「確かに僕は勇者だ。この三年で実力も着けたつもりだし、多くの人たちを助けられたよ。けど、だからってドラゴンを倒せるような……物語の主人公みたいな勇者になれたのかはわからな――」


「アホ」


「イッ!? ケ、ケント……?」


 話している途中のフィンの額ががら空きだったため、思い切りデコピンをかましてやる。

 思いのほか勢いの乗った指はバチンッと音を鳴らし、突然の衝撃に額を抑えて仰け反ったフィンは、その犯人である俺と目を合わせた。


「そんな心配は無駄に尽きるぞ、フィン。安心しろ。お前はもう、立派な主人公だ」


 三年前のあの日から、という言葉は口に出さない。


「ドラゴンを倒せるような主人公になれたかわからない? そもそも、四人なら倒せると言ったのはお前だろうが。何一人でやる気になってんだよ」


「あ……いや、そんなつもりは……」


「わかってるよ。だけど、そんな心配をうちの勇者様がしてるんだ。支えてやるのが仲間ってもんだよ。そうだよな、二人とも」


 後ろで話を聞いていたのであろう、ガリアンとマリアンヌに問いかけてみれば二人とも笑って頷いてくれる。

 そんな俺たちの顔を一人ずつ見回したフィンは、「みんな……ありがとう」と口にする。


「何言ってんだよ。それに物語の主人公みたいに、なんて甘いこと言うなよ?」


「え?」


「そんな主人公よりも、うちの勇者様の方が最高だってことを、俺たちが証明してやるよ。何せお前には、賢者であるこの俺がついてるんだからな」


「そうだな! なら俺は、そんな勇者様を守る伝説の騎士ってか! いいなそれ!」


「あらあら……なら私は、慈悲深く皆を慈しむ聖女ですかねぇ~」


「「メイスの聖女では?」」


「      うふふ?」


 「ちょっ、おまっ……!?」と慌てるガリアンを盾にしながら、マリアンヌの視界に入らないようにしていると、「あははは!」と突然フィンが声をあげて笑った。

 そしていつもの笑顔で立ち上がったフィンは、再び俺たちに向けて「ありがとう」とお礼を言うと言葉を続ける。


「決めたよ。僕は、勇者にはならない!」


「……はぁ!? おまっ、今の流れで言う言葉じゃ――」


「けど、なるよ。僕は……『僕たち』は、主人公の勇者たち以上の英雄に。この四人で!」


 だからよろしく! と手を差し出してくるフィン。

 そんな彼を見て、俺たち三人は顔を見合わせると、三人で呆れたように笑ってその手に己の手を重ねるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

岳鳥翁です。

改めて四人の結束を固めることになったエピソード。

……ところでリンちゃんまだ? あ、まだっすか……

この四人組好き!と思ってくださったそこのあなた!


面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!

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