第126話:ヒーローは遅れてやってくる

『フハハハハ!!! 余の力をもってすれば、伝説の騎士と言えども恐れるには足らん!!』


 白神が加わってもなお、圧倒的な力を見せつけるキング。

 多少の傷をつけたところで、妖精郷そのものが奴の体となりつつあるため即座に完全回復されてしまう。


 奴を倒すためには、文字通り世界そのものをどうにかしなければならない。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……こんのぉ……!!」

「ま、まだ、私達は……!!」

「諦めて、ないんだから……!!」


 ボロボロになりながらも再び立ち上がろうとする白神達だが、体が言うことを聞いてくれないのか地に伏して身じろぐだけでも精いっぱいであるようだ。

 そんな彼女らに対してキングは『無駄だ』と不敵に笑って見せる。


『もはや汝らの力は今の余には通じはせん。言ったであろう? 汝らが相対するのはこの世界そのものであると。であれば、余の浄化には世界規模での力が必要になる』


「だったら、その世界規模でやってやろうじゃないのよ……!」


『無駄だと言っておる。汝らの持つ世界樹の宝石は、世界樹を守護する力を与えはしても、世界を飲み込むほどの力は与えぬ。プリッツの奴がそう言っておった』


 力は弱くとも優秀ではあった、とどこか思い出す様に天を仰いだキング。

 しかしそれもほんの少しだけのことで、すぐにその視線を白神達へと戻した。


『故に、汝らではいくら足掻こうとも余を滅することは叶わん。そこな賢者のようにマナを扱えるのであれば別ではあったが、今は虫の息。どうすることもできぬだろう。であれば、だ。汝らの世界樹の宝石を余に渡すのだ。さすれば、命までは取りはせん』


「そんなこと、するわけないでしょ……!! これを渡したら、私達だけじゃない……私の家族も、友達も……それに、他の世界の人たちだって危険な目にあわせることになる! 最後まで、心の剣は折れないんだから、私……!」


 体を起き上がらせた赤園の言葉に、他の二人も大きく頷いて見せた。

 キングは『そうか』と残念そうな言葉を零すと、その手を彼女らへと向けた。


 妖精郷から集まった闇の粒子がキングの手に収束し、やがて巨大な闇の塊を生み出した。


『ならば、余自らが汝らを打ち滅ぼそう。動けぬ相手に酷ではあるかもしれぬが、希望の芽は速やかに摘む必要がある。そこな賢者も役には立たん。絶望しながら死にゆけばよい』


 チラとこちらを見るキングはすぐに俺から目を逸らす。

 もはや脅威とは考えていないらしい。まぁ、現状考えれば本当にその通りだ。


 こんな死にかけているような奴が、今から何か仕掛けて来るとは思わないよな?


「あんまり舐めんなよ、魔王の残滓がよ……」


 時間はあった。仕込みも済んだ。

 その時間を、白神達が作ってくれたんだ。なら次は、俺が体を張って時間を稼ぐ番だ。


「『大火柱』」

『ッ!?』


 コツン、と手にしていた杖の石突で地面を小突く。

 それだけで、ゆっくりと、じっくりと『隠蔽陣』の下に仕込んだ特大の魔法陣が作動し、キングの巨大な体躯を炎の柱が吞み込んでしまった。


「先輩!? 何で……!!」


 目の前で立ち上る火柱と、よっこらせと立ち上がった俺を交互に見ながら、白神が叫ぶ。

 無理はするなって言いたいのだろう。そんなことはわかっている。十分すぎるほどに、わかっているつもりだ。


 頭がふらふらする。眩暈も同様。足取りだっておぼつかない。


「死にかけだからって、何もしない程落ちぶれちゃいねぇよ……こちとら、英雄名乗ってたんだ。勇者の、一員だった誇りがあるんだ……大事な後輩たちに戦うことを任せて先に死なれちゃ、あいつらにも合わせる顔がねぇんだよ……!」


 歩くだけでもすぐに息が上がる。

 無理をしているからか、一歩踏み出すだけで体中に激痛が走る。

 見据えたはずのキングの姿でさえ、もはやぼやけている始末。


 だが、それでも俺にはやるべきことがある。

 英雄として、勇者の一員として、為さねばならない矜持がある。


 たとえ死ぬことになろうとも、あいつらに顔向けできる死にざまでなければならない。


 それに、だ。


「ここで、お前を倒せば、全部……!!」


 力の入らない手で思い切り杖を握りしめる。

 そうだ、ここなのだ。


 ここなんだ。


 俺の、俺たちの力で、今この場所で……!


『驚かせおって』

「っ!?」

「先輩!?」


 火柱の中から伸びた手が俺を掴み上げる。


『言ったであろう。今の余を相手にしたいのなら、世界規模での力がいると。もはやその様では、それほどの力も行使できまい』


 それでも多少は喰らったのは、流石賢者か。


 グッと力が込められれば、それだけで俺の死にかけの体は悲鳴を上げる。


 拘束を外そうにも、もはやそんな力は残っていない。

 魔法も、魔法陣も、今の状態では展開したところで制御も奪われるだけだろう。


 完全に詰みの状態。ここからの逆転劇は、俺一人では無理であろう。


 もしこのまま死ぬのであれば、笑ったまま死んでやる。


『さらばだ、賢者よ。汝の奮闘、実に見事であった』

「勝手に……終わらせてんじゃねぇよ、クソ野郎……」

『む……?』


 徐々に締め付けられる力が強くなる中で、それでも俺は不敵な笑みを絶やさない。


「いいかクソ野郎……生まれたてのお前に、この世の理ってのを、賢者の俺がありがたくも教えてやる……」

『汝の最期の言葉がそれでよいなら、聞いてやろうではないか』

「後悔、すんなよ……そのあるかもわからねぇ、耳の穴を、掻っ穿かっぽじってよく聞きやがれ……!!」








「ヒーローってのはなぁ……いつでも、遅れてやってくるもんなんだよぉ……!!」

「その通りだ、ケント」




 その瞬間


 俺を掴んでいた腕に黄金の一閃が駆け抜けた。





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