第125話:見守る賢者は拳を握る

 城全体に響く轟音と、そして突如として発生した地震のような揺れに思わず俺の体はよろめいた。


「先輩!!」

「すまん、助かる」


 支えてくれていた白神が何とか踏ん張ってくれたおかげで倒れることこそなかったが、自身の方は未だに収まる様子はない。


「とにかく、ここを出ましょう。この揺れで城が倒壊したら全員ただじゃすまないわ」

「わかった。とりあえず世界樹のところまで避難しよう」

「あの大きな木ですね。先輩は私が運びます」


 倒壊した壁の向こう側に見える天にまで届きそうな巨木。

 小さな街一つなら簡単に飲み込んでしまいそうなほどに大きなその姿は、確かに世界樹と呼ばれるのも納得できるものであった。


 動けなくなった俺を白神がおぶり、赤園と青旗の二人に続く形で場内を駆けていく。振動などにも気を付けてくれているのか、速度の割にはかなり揺れも小さいように運んでくれているらしい。


「先輩、まだ死んじゃダメですよ……!? 絶対、ダメですからね……!?」

「耳元で、叫ぶな……わかってる、ての……」


 気休め程度ではあるが、脇腹に『小回復』の魔法を使用する。傷の具合がこれ以上良くなることはないが、それでも痛みは和らぐためやらないよりはマシだろう。マリアンヌのように『完全回復』とか使えれば、この程度一瞬で治せるんだがな……


「っ、出口よ!」

「よかった! 何とか崩れる前には出れるね!」


 前の二人が前方の大きな扉に気付いて速度を上げる。

 白神もそれに続けば、俺たち四人はあっという間に城からの脱出を果たすことができた。


 直後、その俺たちの頭上に影が差した。


「「「!?」」」


 考えるよりも先に体が動いたのか、三人が散開した。そしてその直後に、先ほどまで俺たちがいたその場所を巨大な何かが押しつぶしてクレーターを作り出していた。


『ムゥ……まだ慣れんな……』


 それは巨大な拳だった。

 闇を詰め込んだような漆黒の塊が地を離れていく様を見れば、その先にいたのはさらに巨大な何か。


 見上げるような体躯のそれは、先ほどまで振り下ろしていたそれを真っ赤な眼で見降ろすと、チラとこちらを見据えたのだった。


「そんな、どうして……」

『言ったであろう。余は倒れぬ、と』


 赤園の言葉に、その巨大な何かは返答を返した。


『確かに余が創った実体を屠ったことは評価しよう。流石は伝説の騎士であると。だがしかし、汝らが来るのは少々遅かった。もはやあの程度の体を一つ失ったところで、余は滅びぬ』


 不敵な笑みを浮かべて笑うそいつは……イーヴィルキングは、仰々しく両腕を広げてみせる。

 すると妖精郷フェアリーガーデンのあちこちから闇の粒子が噴き出し、そしてそのすべてがイーヴィルキングの元へと集まっていく。


『侵略したその日に、余の体はこの世界と同化を開始した。今やこの世界は、そのほとんどが余の体と同化したと言っても過言ではない。いわば、この妖精郷という世界そのものが余であるのだ!』


 フハハハハ!! と声をあげて笑うキングの姿はまさに邪悪そのもの。


『いくら伝説の騎士であろうと、世界そのものを相手には戦えぬであろう? 懸念であった賢者はその体たらく。もはや動くことさえ辛かろう?』


 語り掛けて来る奴の視線は、白神の背中で動けない俺へと向けられている。


「くそったれ……!!」

「先輩、無理はしないでください……!」


 背中から降りようとした俺を、白神ががっちりと掴んで離してくれない。いつもであれば無理やりにでも振りほどけるが、今の状態ではそれさえも難しい。


 歯噛みする俺を満足そうに見降ろしたキングは、『さて……』とその視線を赤園へと向けた。


『先ほどはやられてしまったが……再戦といこうではないか、宝石の騎士ジュエルナイトよ』





『フハハハハハ!!! その程度か宝石の騎士ジュエルナイト!!』


 振り下ろされる拳を回避するも、叩きつけられた拳によって砕かれた地面の一部が赤園たちを巻き込むように弾け飛ぶ。

 先程使っていた剣は使用していないが、それでもその巨大化した体による攻撃は脅威と言わざるを得ないだろう。


 大きな敵、という点ではあのエルフ耳のプリッツが使っていたジャアックと似たようなものであるが、破壊力は比べ物にならない程増している。

 たった一撃でも当てられれば、強化している白神達宝石の騎士ジュエルナイトとはいえひとたまりもないだろう。


「攻めようにも、近づけない……!」

「めちゃくちゃに振り回してるだけなのに……!」


 一度キングから距離を取った赤園と青旗。

 武器を構えて悪態を吐く二人は先程から果敢に攻めようとしているのだが、キングの身じろぎ一つで離れざるを得なくなる。


「ホワイト、お前も、行ってこい……」

「でも、先輩が……」


 そして白神は、俺を背負っているからか戦闘に参加できないでいる。

 気にせず行けと先ほどから言っているのだが、先ほどから俺のことを心配しているばかりで動いてくれないのだ。


「聞け……今は、俺のことより……二人を助けてやれ。どちらにせよ、アレを何とかしないと、俺どころの話じゃねぇ……」


 さっきも言っただろ、と白神の肩を軽く叩く。

 心配そうにこちらを見る白神を心配させないようにと、できるだけ笑顔を作る。


「俺は、まだ死ぬつもりはない。俺を信じて、行ってこい……」

「……すぐに戻ります」


 まだ形の残る城の城壁を背もたれにする形で座らせてくれた白神は、それだけを言い残して弓を手に二人の元へと向かっていった。


「……さて、あとは時間、だな」


 願わくば、俺が力尽きる前に。


 少しずつ息の荒くなる体に文句を言いたくなる中、力がうまく入らない拳を握りしめる。


「うまく、いってくれよ……」

 


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