第124話:宝石の騎士と悪の王3

 正直な話、結構な無茶をしていることはわかっている。

 穴の開いている脇腹は血こそ止まっているがそのままだし、よくよく見れば玉のような汗を流しているのも即バレものだ。


 きっと白神の言う通り、あのまま動かず見守っていた方が俺のためにはなったのだろう。


 だが、その選択は俺の体にとっての正解であるだけだ。


「援護しろジュエルホワイト!! 俺が前に出る!!」

「でも、その体じゃ……!!」


 無理やりにでも体に強化をかけて前に出る。

 白神の呼び止める声が聞こえるが、今はそんなことを言ってる場合ではないのだ。


「言っただろ、俺は死にはしない……!! 心配してる暇があるなら、一発でも多く矢を撃ち込め……!!」


 キングに向けて飛び込み、上段から思い切り杖を振り下ろす。

 それと同時にキングの背後に展開した魔法陣から『風刃』を射出するが、わずかにその角度をずらされた。


「厄介な眼よなぁ……! 必ず余の物としてやろう!!」

「ほざいてるんじゃねぇよ……!!」


 数合の打ち合いの末に拮抗する杖と漆黒の剣。


 いい勝負ができているのは、ガリアンやフィンによる地獄のような指導と、未来視によるキングの動きの先読みができているからだろう。


「死にぞこないにしては良く動く……!」

「おちおち死んでられねぇんだよこっちは……!! 『土竜斬』!」


 俺はキングのその手にある剣に苛立ちを募らせながらも、杖術による近接戦に加えて魔法陣による死角からの奇襲を仕掛けていく。


 だが、魔法陣に関してはその制御に干渉されるせいで狙いがずらされているのがよくわかる。

 『隠蔽陣』による仕込みをしたいが、今は状況に加えて俺にも余裕がないためそれができない。


「その魔法陣。一瞬であれば余が奪えぬと思うたか?」

「だろうな……! だが、その一瞬だけ動きが鈍いのもわかってる!」


 魔法陣の制御を奪うことに一瞬でも意識を割いているのだろう。明らかにその瞬間だけは剣を打ちこむタイミングがわずかに遅い。

 だからこそ、やり様もある。


 複数の魔方陣を背後に展開し、キングの意識が魔法陣へと向いたその一瞬。

 俺は打ち合わせていた杖を引き離して、キングから距離を取った。


「それから、忘れてんじゃねぇだろうな……! お前の敵は、俺だけじゃねぇんだよ!!」

「「ハァァッ!!!」」

「ヌオォッ!?」


 俺が離れた、そして魔法陣へと注意が向けられていたその隙を突いて、キングの両サイドから赤園と青旗が斬り込んだ。

 二人は左右から反対方向に駆け抜ける形でキングの片腕と片足を切り払うと、どうだと言わんばかりの顔でこちらを向いた。


 そんなことよりもだ!


「休めたかお前ら!?」

「十分!! 先輩にだけ無理はさせないから!」

「むしろ、私たちが来たから下がってください!」

「それは無理な相談!!」


 二人を無視して杖の石突を足元に叩きつける。

 注意を引くためだけに用意したダミーの魔法陣が消失し、代わりにキングの足元から飛びだした無数の鎖が再生しきる前の体を雁字搦めに拘束していく。


 うめき声をあげながらもなんとか鎖を引きはがそうとしているのか、その制御に干渉される感覚を覚えた。


 が、それに関しては問題ない。


「ムゥゥ……!! この魔法陣……!?」

「俺の十八番だ。一つたりとも奪わせるわけがねぇだろ」


 覚えてからと言うもの、異世界でもよく使用した魔法陣だ。

 練度や鎖の強度に加えて展開速度等々に関しては、俺が使用できる魔法陣で一番だと言ってもいい。


 懸念点は殺傷力がないことだが、それについては仲間がいたため問題はなかった。


 というより、その仲間であるフィンのめちゃくちゃな行動による被害を抑えるために鍛えたと言っても過言ではない。


「こんなもの……!!」


 ギシッ……ギシッ……と嫌な音をたて始める魔法の鎖に、手足欠損している状態でもギリギリなのかとため息を吐きたくなる。

 だが裏を返せば、万全でない今はその鎖を破壊できない。


宝石の騎士ジュエルナイト!! 狙え!!」


「ブレイドセット!」

「ランスセット!」

「ボウセット!」


 俺の合図とともに、三人が各々の武器を構えた。

 狙いは拘束されているキング。


「させヌゥゥ……!!」

「それこそさせねぇよ!!」


 再生速度上げようと切り落とされた手足に集まる闇が深くなるが、そうはさせないとその切り口に向けて『火柱』を展開して阻害する。

 制御を奪うことは可能だろうが、それをすれば再生が間に合わなくなるのだろう。炎と抵抗するように闇の量がさらに増えていた。


 だが、もう時間切れだ。


 十全に光が集った武器を構えた三人の姿を見て、俺はにやりと笑って見せる。


「灼熱の剣よ、今ここに炎の証明を! バーンインパクト!!」

「静謐なる槍よ、今ここに水の証明を! ハイドロキャノン!!」

「迅雷の弓よ、今ここに雷の証明を! サンダーアロー!!」


 炎の斬撃が、水の光線が、雷の矢が


 三色の迸る光が、同時にキングへと向けられた。


「グヌゥゥ……!! こんな、コトデェ……!! 余が倒れるとは思わぬことダァ……!!」


 光の奔流がキングを呑み込み、さらには後ろの壁をも破壊して妖精郷フェアリーガーデンの分厚い空を突き抜けていく。

 後に残ったのは、バラバラになって砕けた魔法の鎖。


 そして鎖の残骸の隙間から宙へと消える闇の粒子だった。


「……終わったかっ――!?!?」


 安堵で溜息を吐こうとしたその瞬間、急な激痛が俺を襲った。

 ドッと噴き出す汗を拭う間もなく脇腹を抑えてうずくまると、その様を見た白神が「先輩!?」と駆け寄ってくる。


「先輩! 大丈夫ですか!?」

「ちょっとっ、無理した……アドレナリンきれたかも……」

「だから言ったじゃないですか!? 汗もすごい……アルちゃんたちにも言ったのに……!」


 そう言って、辺りを見回す白神は恐らくアルトバルトたちを探しているのだろう。

 だが、あいつらにはもしもの時を考えて別の用事を頼んでいる。探しても見つからないだろう。


「津江野先輩!!」

「ちょっ、また血が出てない!?」


 他にも駆け寄ってきた赤園や青旗。

 「すまん、ありがとう」と彼女らに支えられながら俺はゆっくりと立ち上がった。


「とにかく、まずは治療です! びょ、病院に連れていかないと……!」

「そうね。心配なのはどうしてこんな怪我をしたのかを聞かれることなんだけど……」

「そんなの後でもいいよ! それにアルちゃんに聞けば、治療が得意な妖精さんもいるかもしれない!」

「ああ、あいつらなら――」


 俺のことで話し合う三人に、アルトバルトたちのことで声を掛けようとした。

 だが、俺の言葉は突然城全体に響き始めた轟音によって遮られることになるのだった。



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