第127話:再会する賢者

 剣閃が駆け抜けるとともに、俺を握りしめていた腕が地へ落ちる。


 腕は切り落としたが、俺を握りしめている手はそのままだ。身動きも取れず、脱出する気力もない今の状態ではここからの離脱は難しいだろう。


 その後を考えていなかったことがまるわかりの顔で、整った顔立ちに焦りの表情を浮かばせる親友の姿が目についた。


「もう少し、考えて行動しろよな……」


 まったく、と呆れて苦笑を浮かべてしまう。

 安心しろよ、そんなお前を支えるために俺たちがいるのだから。


「ケントォォォ!!」


 野太い声のおっさんが俺の名を呼ぶ。

 声の方をチラと見れば、巨大な剣と盾を背にした鎧姿の大男が俺が落下するであろう地点に向けて駆けていた。


「安心しろぉぉ!! 俺が!! 受け止めてやる!!」


 両腕を大きく広げて抱き留める準備に入った大男は、切り落とされた腕ごと受け止めるつもりなのだろう。

 だが大男に抱き留められる寸前、握りしめられていた俺の体を空から急降下してきた赤い少女が掴み取る。


 するりと抜け出した俺の体は少女の腕の中に抱き留められ、代わりに地上で待ち構えていた大男はもぬけの殻となった巨大な腕を受け止める形になったのだった。


「ケント! ケント、ケントケントケント!!」

「……おう、元気そうで何よりだよ、リン」


 赤い少女は……リンは、小さな体で俺を抱きしめたまま空を飛ぶ。

 目に涙を浮かべながら、何度も何度も、俺の名前を呼んでは頭を胸にこすりつけるように埋めていた。


「おいこら、リン!! 俺の見せ場を取るんじゃねぇよ!!」

「うるさいわデカブツ。ケントは我のものだ!! 我が迎える方が相応しいに決まっている!!」

「そのせいで真っ黒なでっかい腕を抱きしめることになった俺の気持ちを考えろよ!!」


 受け止めた腕を上空へと放り投げ、背中から抜刀した大剣で粉みじんにしてしまった大男、ガリアン。

 そんなガリアンの文句を知らんぷりしながら、リンは眩しいくらいの笑みを浮かべて俺を見上げた。


「ケント、おかえりなのじゃ!」

「……ああ、ただいま、リン」


 三年以上前に見た彼女の笑顔は、俺の記憶の中にある通りの物だった。


「ああ……よかった……」


 最後に見た彼女の姿は、倒れ伏す間際の物だった。

 そんな未来にさせないためにと、今の今までやってきた。

 何とかしなければと、実るかもわからない努力をした。


 あの光景は、ここにはない。

 下を見れば、露骨に肩を落としているガリアンと、それを慰めているのか隣に立って笑みを浮かべているマリアンヌの姿がある。


 視線を移せば、俺の離脱のためにと黄金の剣を振るう親友の姿がある。


「よかった……」

「ケント……?」


 ずっとずっと、不安しかなかった。

 俺に救えるのかと、そもそもまたあの世界へと行けるのかと。


 もし俺が帰ったところで未来が変えられなかったら? そんなことを考えてしまうこともあった。


 必死に胸の奥底に押し込めていた不安。

 その不安が、皆の姿を見たこの瞬間に消え失せた。


 みんながいる。 

 みんなが、生きている。


 それが、それだけのことが、こんなにも嬉しい。

 もうこのまま、微睡んでもいいと、夢であってもいいと、そう思ってしまうほどに求めていた光景だ。


「……リン」

「む? どうした、ケント」


 名を呼べば、紅き竜の少女は俺を見上げて応えてくれた。


 あの日未来視で見た、崩れ落ちる竜はもうどこにもいない。

 その竜は、間違いなく、今俺の目の前で俺の言葉を待っていてくれている。


「……ただいま」

「……うむ! おかえりなのじゃ」





「あと、そろそろマリアンヌの治療を受けさせてくれ……もう、死にそうなんだ……」

「それを早く言わんか!?」







「はい、治療は済みましたよ。もうちょっとで死んでもおかしくはなかったですね~。まぁ死なせませんけど」


「助かったよ、マリアンヌ……」


 マリアンヌの元へと早急に運ばれた俺は、ものの十数秒で完全復活を遂げたのだった。

 本当に、別の意味でマリアンヌの治療の魔法はヤバいと思う。


「あらあら、お礼なんていいですよ。これが私のお仕事ですから」

「けど、本当に。みんなよく来てくれた。ラプスたち、うまくやってくれたんだな……」

「ラプスって……あれか、あの肉付きのよさそうなちっせぇやつ」


 思い出す様にいうガリアンの言葉に、ああと頷く。


「最初はリンが気付いてな。ケントの魔力を感じる!! とか言って一目散にどっかに飛んで行ったんだよ」

「そうねぇ~。ちょうど、皆で集まっている時でよかったわ。慌てて追いかけたもの」


 その時のリンちゃんの反応がすごくって、と何やら面白おかしく笑みを浮かべているマリアンヌとガリアン。

 その二人の様子を見て、ひとり恥ずかしそうにそっぽを向いたリンは「し、仕方ないだろう!?」と憤っていた。


「それで、あの……なんだ? 世界樹って呼ばれてた木があっただろ? ほれ、ケントが杖を作ったやつ。あれの根元の穴からその肉付きのいいのと、普通の小動物みたいなちっせぇのが二匹出てきてな」

「最初は、ケントくんのペンダント持ってたから、リンちゃんが勘違いして襲い掛かりそうになったのよねぇ。まぁフィンくんが止めてくれたからよかったけど」


 二人が話すたびにどんどんと気まずそうに顔を背けていくリン。

 そろそろ首が限界にまで達していそうだった。


「……まぁ、こうして上手くいったんだ。今は、それだけでいいよ」


 ちっせぇの二匹、というのはラプスとアルトバルトのことだ。

 俺があの二匹に頼んだのは、こちらの増援としてフィン達をこの妖精郷へと連れてきてもらうことだった。


 王族であり、そして世界樹による移動の権限を持つアルトバルトがいれば、俺がいた異世界へと向かうことも可能なはずだ。

 その世界への目印として渡したのが、俺が身に着けていた宝石のペンダント。


 フィン達には俺と同じものを渡してある。

 目印になる者があれば、狙った世界への移動ができるとアルトバルトに言われたため、目印として渡してあったのだ。


「ラプス……リンたちを迎えに行った妖精は?」

「それなら安心するといい。我が土の中に穴蔵を作ってそこに待機させている。隕石が落ちようが壊れぬ自信があるぞ?」


 どうだ褒めろと言わんばかりに胸を張るリン。

 そんな彼女の頭を思い切り撫でつけた俺は、再び満足に動かせるようになった体で立ち上がると杖を肩に担ぐ。


「マリアンヌ。他に三人、赤と青と白の仲間があそこにいる。そいつらの治療、頼んでもいいか?」

「言われなくてもそのつもりでしたよ~? かわいらしい子たちだけど、あの子ケントくんの恋人たちかしら?」

「ナァニィ!? ケント、どういうことだ!? 貴様との番は後にも先にもこの我ただ一人であろう!?」

「そんなんじゃねぇよ……あとリン。それはともかくだが、あの白い奴には一度会っているはずだぞ」


 俺の言葉にと目を細めたリンは、やがて何かを思い出したかのように目を見開くと「あやつだぁ!!」と一人で叫んでいた。


「ケントのことを知らぬと嘘をついていたな!! 星から生まれし竜たる我を憚るとは、不敬にも程がある!! ちょっと行って懲らしめてやる……!!」

「やめろバカ、大事な仲間で、俺たちと同じ英雄になるやつらだ」


 何故か憤慨して歩き出すリンを後ろから羽交い絞めして止める。

 不満げな様子ではあるものの、一緒に戦う仲間なんだから今はそう言うのは勘弁してもらいたい。


 むー、と頬を膨らませて釣り上げられているリンをみて笑うマリアンヌは「ではいってきますね」と三人の元へと駆けていった。

  護衛のためか、ガリアンもそれに続く。


「……さて、リン。すぐにでも動けるか?」

「誰に言うておる。我は竜ぞ? ケントこそ、先ほどまで死にかけていたから、などと言って動けぬことはあるまいな?」


 地へと下ろしたリンに問いかければ、さぞ楽しそうな笑みを浮かべていた。

 目の瞳孔が縦に裂けているのを見るに、かなり気分が高まっているのだろう。


「当たり前だ。久々の共闘なんだ。無様晒す訳がねぇよ」

「それは楽しみじゃのぉ!! 世界が相手じゃったか? よろしい。ならば我ら二人で、星の力を見せてやろうではないか!」



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