第2話:帰還した賢者

「おい……どういうことだよ、それ……」


 俺たちが救った人が、街が、国が……世界が。

 

 俺がいなくなればと、そう思って決めたことだった。俺がいなくなれば、あいつらの、そしてあの世界の未来は安泰だと、みんなが平和を享受できると。そう信じていた。


 そんな俺の思いをあざ笑うように、『未来視』は無残な光景を見せつけて来る。


「なんで……こんなことに……? 何が起こって……」


 王国を象徴する白亜の城は倒壊し、街のあちらこちらから火の手があがる。

 しかし、そこに住んでいるはずの人の姿は見られない。見えているのは、破壊しつくされた国の姿。


 魔王を倒して凱旋した、あの日の王都の姿はもうそこにはない。


「っ……みんなは……みんなはどこに……!!」


 先ほど別れたばかりの、俺の大切な仲間たち。

 彼らがこの状況を何もせずに見過ごしているはずがない。

 ガリアンが、マリアンナが、リンが。そして何より、勇者であるフィンが何もしないなんてことはあり得ないんだ。


 見たくもない光景の中を、必死に探って映し続ける。


 いったい何が起きたのか、何故こんなことになっているのか。何もかもが分からない中で、俺は必死に探し続ける。


 旅の途中で出会った精霊。その精霊から授けられた2つの魔眼。そのうちの一つである左目の『未来視』

 その効果は、読んで字のごとく、対象の未来を見通すものだ。数瞬先でも何十年先でも、それに見合った魔力を消費すれば俺が望んだ時間軸の未来を映し出す。

 今回俺が見たのは俺が元の世界戻ってから約10年後の未来だ。


 ――つまりは、10年もすればこんなことになるってのかよ……!


 焦りと動揺、そしてこんな地獄を見たくないという思いから未来視を何度もやめそうになった。

 特に、瓦礫の隙間から焼けて黒ずんだ幼子らしき手が見えたときなどは吐き気さえ覚えた。

 だがそれでも、俺はあいつらの安否を確認しなければと、そんな一心でこの光景を映し続けた。


 だがそれでも。


 心のどこかではわかっていたのだろう。

 こんな状況になっている意味を。それを許さないはずのあいつらがいてもなお、こんなことになっている意味を。


 だからといって、可能性がないわけではないんだ。あいつらの強さは、一緒に戦ってきた俺が一番よく知っている。だからこそ、探すのだ。


 探して探して探して探して……


「……ぁ」


 その果てに見つけた、見覚えのある聖剣の残骸とひび割れたペンダントが、そんなわずかな望みさえ粉々に砕いたのだった。


「嘘だろ……フィン……そんなこと……!!」


 

 俺の知る限り、フィンは最強の勇者だ。何せ、フィン以外のメンバーでフィンに挑んでも勝てない相手なのだから。魔王を倒した世界最強の勇者。


 それがフィンなんだ。


 そのフィンの結末がこれ、だと……!!


「認めない……! 認めないぞ俺は……!」


 フィンが生きている証拠がまだどこかにあるはずだ。見つけられないのは、俺の捜索が甘いからなんだ。きっとどこかで生きているはずだ……!


「そうだ、聖剣がなくたってフィンは最強なんだ……! その辺の木の枝で魔物を斬り捨てた奴だぞ……! きっと、きっと……」


 気分が悪くても、見たくなくても、俺はその証拠を見つけなければならない。

 そうしなければ、今まで信じてきたものが壊れてしまうような気がして。俺の大切なものを失うのが怖くて。


「っ! リンかっ!!」


 街から遠く離れた山から青い炎が猛った。

 見覚えのあるその色に、俺はすぐさま視点を街から件の山へと移した。


 よかった、まだ生きていた!!

 リンが無事ならきっとみんなも……!


 ――無事なはずだ!!


 そう思えていたのは、ほんの一瞬だけ。

 視点を移して早々に俺が目撃したのは、人の何十倍もありそうな大槍で貫かれる赤き竜の姿なのだった。


 魔竜リーンスヴェールドランド

 かつては敵対し、そして後に仲間となった偉大なる竜。

 時には見た目相応な態度で、それなのに竜だからと、長生きだからと偉ぶっていたかわいらしい少女。


 そんな彼女の体が崩れ落ちていく。


『ケント! 我はお主を好いておるぞ? カカッ! 我と並ぶ魔の力に魅せられたわ!』


 キラリと倒れ行く竜から零れ落ちたそれが……地に落ち、弾けた。


 砕けた宝石のペンダント。

 それを踏みつけて歩く鬼のような角を生やした異形の影。


 存在そのものが影なのではないかと、そう思わせるような姿だった。しかし、俺はあの世界でそんな魔物の姿を見たことがない。突然変異か、はたまたもっと別の何かなのか。



 あれが何で、どうしているのかなんて些細な問題はどうでもいい。

 あれが元凶だ、あれが敵なのだ。それだけでいい。それがわかれば十分だ。


 排除しなければならない。

 滅さなければならない。


 殺さねばならない。


 あいつらと共にようやく掴み取った平和を壊す者は、何としてでも排除する。

 だがしかし、もう元の世界へと戻ってしまう俺には何もできることがない。


「……そんなわけがあるかっ!」


 万能と言われた賢者を舐めるんじゃねぇ……! できることはない? それじゃあできるように、あの世界へと再び戻るだけのこと。

 あいつらが負けたのは、俺がいなかったからだ。5人が揃えば、何にだって勝てる。今までもそうだったし、これからもそうだ。


「必ず……必ずまた戻ってくる……! だからそれまで待っていてくれ」


 今度こそ、あの世界に平和を。真のハッピーエンドを。


 そう思った次の瞬間には、俺は懐かしい校舎の屋上へと戻っていたのである。





 ――ただいま、世界。出ていくまで居座らせてもらうぞ。

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