こちら戦うヒロイン世界戦~異世界召喚賢者は破滅を防ぐために異世界に戻りたい~

岳鳥翁@書籍化進行中

Prologue

第1話:その眼の先に見たもの

「ケント、本当に帰ってしまうのか……?」


 寂しそうな表情を隠すことなくそう言ったのは、金髪碧眼のまさしく王道のイケメンを体現したような男。

 そんな彼の言葉に、一瞬ではあったが俺は迷った。

 本当に、俺はあの世界に戻るべきなのだろうか、と。


 しかし、そんな彼の肩を隣にいた巨漢が叩く。


「おいおい、フィン。みんなで納得して送り出そうって話だっただろう? 今更そんなことを言ってやるもんじゃねーぞ?」


「しかしガリアン……君は寂しくないのか?」


 フィンと呼ばれた青年が問えば、巨漢――ガリアンは一瞬閉口したが、すぐに目を閉じて優しく笑みを浮かべた。


「当たり前だろう。だがな、フィン。何度も言うが、それはケントが決めて俺たちも納得した話だ。もともと、こいつは無理やりこっちに呼ばれたようなもんだ。だからこそ、ケントに選ぶ権利がある」


 ――まぁ、もっとおめぇらと冒険がしたかったってのは本音だがね


 静かに、しかしはっきりとした言葉。

 今までの旅において、最年長であった彼がこうして自身の本音を口にしたことは数える程度だった。

 だからこそ、彼のその言葉につい目を伏せてしまう。


「すまないな……だが、決めたことなんだ」


「……フッ、だろうと思ったよ。気にすんな」


 肩をすくめておどけて見せるガリアンのその様子に、つい笑みを零してしまう。なにせ、そう言った彼の目はわずかながらに潤んでいたのだから。


 こちらを気遣わせないようにというその行動に、ガリアンらしいなと考えていると、不意に俺の腰辺りに重みを感じた。

 みれば、そこには真っ赤な長髪をグリグリと俺の腹に押し付けている少女の姿があった。


「……我はちゃんと納得したわけではないからな」


 リン――正確にはリーンスヴェールドランド。

 少女然とした見た目には合わない話し方をする彼女は、こんななりでも俺より年上のお姉さんだ。まぁ正確には種族的に長命であるだけで、人間に換算すればまだ10才程度である。

 予想以上に強い力で抱き着かれているため先ほどからミシミシと体の骨が悲鳴を上げているのだが、そんなことは気取らせずに彼女の頭をできるだけ優しく撫でてやる。


「リン。気持ちは嬉しいけど、俺の役目はもう終わったんだ。それはここにいるみんなも同じ。これからは自分の道を進むことになる」


「なら我もケントと共に行く。ならば問題はなかろう……!」


「それができればよかったんだが……この陣は異世界の者を元に世界に帰す陣なんだ。こちらの世界で生まれ育ったリンは、残念だけど使えない」


 優しく、優しく。

 しかし、それでも彼女は頭を振る。嫌じゃ嫌じゃと、その様子は我儘な子供のように思えてくるが、今の俺にはこうして感情に訴えられるのが一番つらい。


「リンちゃん、ダメだよ」


 しかし、そんな状況でも彼女は動いた。

 俺から引き離すように、リンの後ろから抱きしめた女性。


「ケントくんにも、帰るべき場所と待っている人がいるんだよ。それを私たちの我儘で奪ったらダメ」


 マリアンナ

 聖女と呼ばれる彼女は、俺を真似するように優しくリンの頭を撫で、そしてぎゅっと抱きしめた。

 だが、それでもリンは止まらない。


「う……うぅぅぅ~~~!! それでも嫌なんじゃぁっ……!!」


 普段から年上だから敬えと言っていた彼女の威厳はどこへやら。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をマリアンナの服に擦り付け、子供の様に泣きじゃくる。


「ケント君……」


「……ああ、わかってるさ」


 何とかしてください、とでも言いたげなマリアンナを見て、俺は一歩踏み出した。

 そのまま泣きじゃくっていたリンの側まで近づくと、マリアンナから奪うような形でリンを抱き寄せ……そして抱き上げた。


「ふぇ……け、けんと……?」


「ごめんな、リン。お前が俺といたいって気持ちはすごく嬉しい。ただ、それは難しいんだ。だから、これに関しては俺は謝ることしかできない」


 けどな、と俺は続ける。


「何もかもがなかったことになるわけじゃないんだ。リンやフィン。それにガリアンやマリアンナ。この五人で旅をした思い出は絶対だ。俺は絶対に忘れることなんてない。そしてこの思い出は、俺たちが繋がっている証だ」


「あかし……?」


「そ、証だ」


 少しだけ落ち着きを取り戻したリンをあやす様に揺する。赤く腫れたその目に視線を合わせながら、俺はローブのポケットにしまっていた赤い宝石のペンダントを取り出した。


「ただ、記憶だけってのも味気ないって思ったからな。これを作っておいたんだ。ほれ、この宝石のところに魔力を流してみな」


「う、うん……わかった……っ!! わぁ!」


 なんだろうといった様子で首をかしげるリンであったが、俺の言う通りに宝石に魔力を流すと、そこから現れたものに目を丸くして驚いていた。


 宝石を起点にして宙へと浮かび上がった光景。そこに映し出されていたのは湖畔にて焚火を囲む俺たち五人の姿だった。

 戦いが終わった後の、俺たちが求めていた安寧の一時。そんな様子を切り取ったものだ。


「おお……こりゃ……」


「まぁ……!」


「……フフ、ケントらしいね。これ、いったいどうしたんだい?」


 リン以外のメンツもこれには驚いたようで、ガリアンとマリアンナは感嘆の声を上げていた。それに対して、フィンは驚いた様子を見せつつもいつものように疑問を投げかけて来る。

 相変わらず、好奇心旺盛なことだ。


「俺の世界にゃ、こうして目の前の光景を一枚の絵に収める技術ってのがあってな。この間行った湖での様子をこうして宝石の中に収めたってわけよ」


 まぁ、手先の器用な『賢者』だからこその技術だ。宝石に移した光景をその中へと保存する、いわば一枚限りの使い捨てカメラ。本物を知る俺からしてみれば、あれだけ考えて作った結果が宝石一つで1枚分という何とも費用のすごいものとなってしまったが、想像以上にリンが喜んでいるのでよしとしておこう。

 抱えているリンを見てみれば、「これは我で、こっちはケントだな!!」と嬉しそうに笑っている。

 ついでに尻尾が勢いよくビュンビュンしているため体に甚大な被害が出ていらっしゃる。ガリアンほど頑丈ではないため手加減してほしいものだ。


「なるほどね……しかし、ケントのことだ。まさか、リンには渡して僕らには何もない、何てことはないんだろう?」


「何てがめついやつだ! 俺はお前をそんな奴だと思わなかったぞ! 当然用意してる。ほれ」


 一つを残し、残りの三つをフィン、ガリアン、マリアンナの三人に渡してやれば、皆すぐに宝石に魔力を流した。

 4人の宝石に収められているのは湖畔のものではあるが、リンとは違った光景を映した宝石であるため見比べるのもいいだろう。

 いつの間にか俺の腕から降りたリンが他のメンツの宝石を覗き見ている。


 すると、入れ替わるようにフィンがやってきた。


「ケントもあるのかい?」


「もちろん、とっておきよ。ほれ」


 そういってポケットに残っていた宝石に魔力を流せば、映し出されたのはとある夜の一幕。

 これは、勝利の凱旋、その前夜。魔王を倒した後でみんなと火を囲んだ時のものだ。


「……なるほど、君らしいね」


「だろ? お前さんのラッキースケベシーンを収めた宝石のペンダントも王女様に送っといたから、楽しみにしておけよ?」


「……ハハ、この後が早々に大変そうだよ」


「嫁さんは大事にしろよ? まぁ、じゃじゃ馬だが」


「主に君のせいだけどね。それにそんなところもかわいいんじゃないか」


 誰も惚気を聞かせろとは言ってねぇよ、とフィンに文句を言ってやると、彼はいつものように笑みを浮かべて笑った。


 ……さて、そろそろ時間かね。


 ようやく帰還のための魔力が陣に溜まったのだろう。

 戻るだけとはいえ、世界を渡る大魔法だ。それ相応の時間と魔力が必要だったが、ついに、といったところだな。


 陣の変化に気づいたのか、フィンや他の面々も強張った様子を見せた。


 最後なんだ。こいつらには、自信満々で強い賢者である俺の姿を覚えていてもらいたい。

 一度目をつむり、これまでの冒険を思い返す。

 色んなことがあった。辛いことも、悲しいことも、苦しいことも。そしてそれと同じくらいの楽しかった日々。

 

 ああ、本当に

 いい仲間と巡り会えた


「聖騎士! ガリアン・エール!!」


「おう!」


「聖女! マリアンナ・フォル・リーハ!」


「はい!」


「魔竜! リーンスヴェールドランド!」


「我じゃ!」


「……そして、勇者。フィン」


「……ああ」


 一人一人の顔を見渡しながら、名前を呼んでいけば彼らとの旅路が脳裏に浮かぶ。

 もともと、『僕』、津江野賢人という人間は死にぞこないだった。

 人生や周りからの理不尽に耐え切れず、死のうとした人間。それなのに何故か異世界へと召喚され、そして魔王を倒すべく勇者として戦ってほしいなどと言われ。


 けれども僕には勇者の才能はなく、その世界の人間が勇者の証である聖剣を抜き、僕は賢者として魔王を倒す旅に出ることになる。

 そんな勇者であったフィンとの二人旅は、気づけば人が増えていた。


 最年長らしく頼りがいのある聖騎士に、おっとり美人だが一度決めたことは絶対に曲げない聖女。そして最初は敵であったのに仲間となった竜。

 そんな彼ら彼女らの存在は、僕という存在にとってあまりにも大きくて。

 そして僕の隙間を埋めてくれた大切な存在だ。

 恥ずかしいから口には出さないが、僕が俺になれたのはフィンや仲間たちのおかげだと言ってもいい。

 本当に。

 本当に大切な俺の仲間たち。


 だからこそ、俺は帰る決断をしたのだ。

 

 仲間たちには言っていないことであるが、この世界のバランスは少しずつ、ほんの少しずつではあるが崩れかけている。

 賢者であるからこそ気づけた事実。そしてその原因にも気づけたのは俺だけで……そしてその原因は俺だったのだ。


 召喚されたとはいえ、もともとは別世界に生きていたこの世界にとっての異物。酷い言い方をすればこの世界にとって俺は排除ができないがん細胞のようなもの。


 それゆえに世界が危機に晒されるなら……みんなと守ったこの世界が俺のせいで危機に陥るというのなら……俺は喜んで元の世界に戻ろうじゃないか。


「たとえ世界は違っても、俺たちは仲間だ……! 絶対に……! つらいことも悲しいこともあったけど、それ以上にみんなと過ごした時間が好きだった!! だから……!!」


 ――ありがとう!!


 白んでいく視界の中考える。

 俺はちゃんと笑えていたのかと。そしてふと思う。

 俺がいなくなった世界は、ちゃんと生き続けるのかと。


 これが最後だと、左目に魔力を集中させ、『未来視』を発動させた。

 きっと、平和で俺の大事な仲間たちが笑っている世界を夢想して。


 そしてそんな俺の目に映った光景は。






 ――生物が死に絶え、火の海と化した世界だった。

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