第3話:賢者の帰還計画
すぐにでもまた向こうの世界へと戻りたいが、その前にまず現状の確認をしなければならない。
焦ってことを仕損じるなんてこともある。最終的に向こうへと行くことができればいいのだ。
辺りを見回してみれば、5年ぶりだろうか? 俺がよく見ていた学校の屋上の景色が広がっている。5年で随分と濃い時間を過ごしたからなのか、懐かしいと思ってしまう景色。だがそれはもちろんいい意味ではない。
何せ俺はあの時、ここから落ちて死のうとしていたのだから。
なんてことはない、ただのいじめだ。
根暗で主張ができず、ただただ平穏に陰で生きていた人間を対象とした、そんなどこにでもありふれている問題だ。
当時の『僕』には、そんな彼らに対処する術なんてものはなく、言われるがまま、されるがままの生活を続けていた。
そうすればこんなことにも飽きてくれるだろう、とそんな甘い考えだった。
しかし、そんな未来はなく彼らはつけあがり、その要求はエスカレート。金や物をせびる事なんざ当たり前で、酷いときにはストレス発散の道具のように扱われたこともある。
「……嫌な思い出だ、クソが」
チラリと自分の服装を見てみれば、あの時着ていた学生服だった。
学ランタイプの上着のところどころには、傷や穴、汚れなんかも見える。思うに、帰ってきた時間軸も当時のままなのだろう。
向こうでそれなりに鍛えていたはずの肉体も召喚直前の貧弱なものへと変貌していた。
つまり、今日からは向こうへ行く前の日常の続きってことか。
「まぁ、『俺』にはどうでもいいか」
外見には変わりがなくとも、その中身までは同じではない。あの時の弱い『僕』はもういない。ここにいるのはもう『俺』なんだ。
それに目的がある以上、有象無象にかまけている暇なんてないに等しい。現状俺がやるべきことの優先順位は、1から100まで向こうへ行く方法の模索だ。
「そういう意味では、賢者としての力が残っていることはありがたいな」
試しに指先へ火を灯してみれば、指先数センチの宙で問題なく点火した。
また、『保管陣』にて異世界で使用していた、俺の武器である杖が取り出せることも確認する。
世界にとっての異常として前の世界の様に対処されるのかと思っていたが、どうやらそういうことではないらしい。
賢者としての予想であるが、中身が変わっても俺の存在そのものは異常ではないために容認されている……とかそういう理由になるのか? だがそうなると、世界樹と呼ばれた、この世界にはない素材を基にしたこの杖が存在できる理由もわからん。
判断材料が少なすぎてそんな中途半端な予想しか建てられない。がしかし、使えることについてはありがたい限りであるためよしとしておこう。
「さて、まずやるべきことは陣の研究、かねぇ……世界を渡る大魔法だ。それ用に魔力も集めなきゃならんし、やることが多いな」
だが、やらないなんて選択肢は最初からないんだ。
陣はこっちに戻る際に使ったものを参考にしよう。もっとも、元あったものを元の場所に返す陣である。使えるのは世界を渡る部分のノウハウくらいなものだが、全くないよりはマシだろう。
魔力は……まぁこれも問題はない。
そもそも、俺が賢者として使用する陣は、星の生命力が流れる龍脈からマナを供給し、それを魔力を用いて制御するというもの。
当然、異世界へ渡る陣ともなれば星から供給するマナも莫大なものになるし、それを制御するための魔力も大量に必要となる。それも、俺一人では賄えないほどの量だ。
ではどうするかであるが、単純な話で他から集める。
右目の魔眼による『魔力視』を使用する。未来視の魔眼とは違い、対象の魔力の流れを可視化するものだ。使い勝手もよく、戦闘時でもお世話になった魔眼。
「確認完了。どうやら、魔力収集は問題なさそうだな」
街を行く通行人にも極僅かながら魔力が確認できた。
向こうで教えてもらった話だが、魔力は生命が生きるエネルギーから作られる。ならば、魔法がないこの世界でも魔力そのものはあるのだ。何ともおかしな話ではあるがな。
もちろん生きるためのエネルギーであるため、あまり搾取しすぎれば影響が出てしまう。無辜の民に害を及ぼすなんてことは、フィンだって望んではないだろう。やった瞬間有り余るフィジカルで叩きのめされるだろう。だから、少しずつ、ほんの少しずつ集めることにする。
なに、1人から100集めるのも、100人から1ずつ集めるのも変わらんさ。
「さしあたってやるべきことは陣の研究と魔力の収集……あとは、陣の設置場所の選定か……」
あとは、サブプランも計画しておくべきだろう。
あまり考えたくはないが、この計画が失敗すれば、俺が死ぬどころかあっちの世界も終わるのだ。
焦りは禁物。慎重に考え、確信をもってから向こうへ行かなければならない。
ふと、胸元に違和感を感じ、学ランの内ポケットに手を入れた。
出てきたのは、俺が作成した宝石のペンダントだった。
魔力を流せば、そこにみんなとの一幕が映し出される。
「……ああ、絶対にあんなことは防いで見せるさ」
――だから次に会った時には、またこの時のように焚火を囲もう。
首からペンダントをかけ、すでに暗くなり始めた空を仰ぐ。
同じ空の下、何てこともない。そもそも世界が違う彼ら。
だがそれでも、この心は繋がっていると、そう信じて進むのだ。
久々に聞いたチャイムの音が鳴り響く。生徒なんてもうほとんど校舎には残っていないだろうが、早く帰れと急かされているように感じた俺は、はいはいと屋上を後にする。
その際、近くに置いていた遺書と書かれた紙やら学生かばんを回収し、紙のほうはその場で火をつけて灰にした。
「さて、これからは忙しくなりそうだ」
一刻も早く、と焦る心を何とか押しとどめて口にした一言は少しばかり震えていたかもしれない。
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