第4話:賢者は学び舎へ

 俺からしてみれば5年ぶりの帰宅なのだが、帰還した時間軸が異世界召喚直後であるため両親の反応は記憶にあるものと変わりはなかった。

 むしろ、俺の痛んでいる制服を見てどうしたのか、と聞かれた程度であるが、それについては学ランを窓から落っことしたと言っておいた。

 微妙な顔をされたが、まぁそれ以上は何も言われなかったため良しとしよう。


 心配してくれているのはありがたいのだが、いじめやなんやらの対処で時間を食われるのは今の俺にとっては喜ばしいことではない。


「……よし、片付けるか」


 5年も離れていたためか、部屋にあるものを見て「こんなの持ってたよなぁ」という感想が湧いてくる。当時は絶対に捨てたくない! と思っていた思い出の品の数々なのだが、5年も時間がたってしまったからなのか当時ほどの熱はもうない。

 弱かった頃の『僕』との決別という意味も込めて、これらの品は押入れの奥底にしまっておこう。

 熱がないとはいえ、かけたお金と労力はよくわかっている。捨てることはしない。


 押入れの奥に陣を敷く。効果は保存と隠蔽。こうしておけば経年劣化は防げるだろうし、目につかないように隠しておけば見ることもないだろう。

 次から次へと部屋のモノを押入れの奥へと片付けていく。


 30分もすれば、部屋中にあったグッズやゲーム機などの私物の数々はきれいさっぱり視界から消えた。

 

「んじゃ、出すか」


 保管の陣を展開し、そこに収納していた魔法書の数々を並べていくけば、いつの間にか天井付近にまで達しそうな本の塔がいくつも建ってしまった。

 これすべて、俺が向こうの世界で集めたものである。


 伊達に万能と言われていたわけではない。リンのような魔法の威力ではなく、手数や汎用性、手札の多さで圧倒する俺には何より知識が必要だった。

 フィンたちと世界を回る際、各国で集めた蔵書は確かに俺の力となっている。


「しかし、急にこんなことになってりゃ、母さんたちも驚くか……暗示でもかけて誤魔化しておくか」


 なに、害はないから問題はない。むしろ、勝手に見れば命を落としかねない本や正しい順序で開かないと呪われる本もあるのだから、こうすることで母さんたちの命を守っているともいえる。


 うんうんと自分を納得させ、俺はさっそくリビングにいる両親のもとへと向かうのだった。





「ねっむ……遅くまでやりすぎたか……?」


 次の日、俺は学校へ向かうため朝から通学路を歩いていた。

 昨日家へ向かった道を逆方向に歩けばいいため、久しぶりの登校でも問題はないだろう。

 ただ、俺のクラスとか席がどこだったとかの記憶が曖昧であるためそこだけが不安だ。


「本当なら、家で研究しとくほうがいいんだがなぁ……」


 学校へ行ってわざわざ無駄な時間を過ごすよりはよほど有意義な時間を過ごせるだろう。むしろ、何故学校へ行かねばならんのかとさえ思えてくる。

 しかしだ、これにも大事な理由があるからこそ、こうしてそんな無駄なことをやっているのだ。


 というのも、今回俺がこうして学校へ行くのはほかでもない。魔力を収集するための陣を設置するためでもある。

 設置していれば、そこを通った相手の魔力を強制的に収集する魔法陣だ。あちらの世界でも、よく罠として用いていた陣である。もっとも、強い相手には無理やり突破されてしまうのだが、ここではそんなこともないだろう。


 それに、学校というのは若者が多く集う場所。しかも10代の若者であれば、多少多めに魔力を集めてもすぐに回復するため、収集効率が高いと考えられる。

 だからこそ、俺はその陣を設置するためわざわざこうして学校へ向かっているのだ。


「ほいほいっと、こことそこと……あとそこにもかね」


 ついでに登校する道すがら、街のいたるところに陣を設置していく。学校に設置するものよりも集まる量は減るが、そこは人の数で賄えるだろう。人通りの多いであろう場所に複数まとめて設置しておく。


 今日一日でそれらの陣を設置する予定だ。なので、今日以降俺が外に出ることはないだろう。あとは俺が登校しているように幻覚でも見せておけば俺は家に引きこもって陣の研究ができるわけだ。


 そんな調子で街のあちこちに寄っては陣を設置して歩く。

 少し早めに家を出たのだが、気づけば門が閉まるギリギリの時間となってしまっていたようで、校門にいた先生に急げよ、と注意されてしまった。

 まぁどうせ今日限りだし、と軽い口調ですいませーんとだけ謝っておく。


「さて、俺のクラス、どこだったっけか……」


 確か、ここだったか? とおぼろげな記憶を頼りに教室の戸を開けてみれば、中にいた生徒たちの視線が一斉に俺のほうを向いた。

 そして、向いたかと思えば、何故か驚いているような反応をしている者やチラチラと俺を見ながら側にいた者たちと話し始める者、そして何故か怒りの目を向けてくる者と反応は様々だった。


 そんな彼ら彼女らの反応に対して、なんだ? とは思うがそれだけだった。

 特に気にすることなく俺は席に着こうとするのだがその席が分からない……いや、わかった。ずいぶんとわかりやすく主張している。


 俺はまっすぐにその花を生けた花瓶が置かれた席へ向かうと、その花瓶を元あった場所に返して席に着いた。


 本当に、ずいぶんとわかりやすいもんだな。


 後ろのほうから向けられている嫌な視線を無視し、早く今日が終わらないかと考える。

 しかし、こちらがわざわざ無視しているというのに、その元凶は向こうからやってくるのだった。


「おい津江野。てめぇ、なんで死んでねぇんだよ、あぁ?」

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