第51話:賢者は今後に備える

「……よくもまぁ、そんな状態から無理したもんだよ」


 目の前で気を失っているエルフ耳には聞こえていないであろう愚痴を零しながら、俺は地下室から引き返す。


 あのドラゴンガールとの戦闘後の話だ。

 お互いにお互いの事情をごまかしながら合流した俺と三人娘は、その後キャンプファイヤーまで楽しんで帰宅。

 白神達の方でも戦闘はあったようだが、見たところ怪我もなく元気な様子だった。恐らくだが、一番の重傷者は俺だろう。


 白神達の前ではあのハムスターモドキに感づかれるため、治癒が使用できなかったことも痛かった。二重の意味で。

 おかげで、車の振動が来るたびに笑顔で耐える訓練になってしまった。


 ……まあそれはいい。問題はそのあとだ。


 買いだめしておいた菓子類を食べつくして倒れていたラプスに脇腹の心配をされ、二人で同時に治癒をかけているときだった。


 突如として街の上空に感じた悪寒。

 感づかれないようにとカーテンの隙間からそっと空を見上げてみれば、何とそこにいたのはあのドラゴンガール。

 すぐにでもリベンジと行きたいところだが、こちらは怪我人である上に今から挑んでも先ほどの二の舞となってしまう。迎え撃つなら攻撃用の魔法陣をそろえてからだ、とぐっとこらえた。


 さて、そんな彼女が何をしているのかであるが、何となくその予想は着いたのだ。


『でぇ~、おにーさんに質問があるんだけどぉ~♬ ……プリッツをどこにやったの?』


 今日出会った彼女に言われた言葉。あれから察するに、仲間のエルフ耳を探索しているのだろう。

 どのような方法で探しているのかは興味があるが、あいつら特有の負のエネルギーを目当てに探しているのであればそこは問題ないはずだ。

 何せエルフ耳の持つ負のエネルギーは、いつも限界寸前まで収集している。回復させるとは言っても、全快させてしまうとリスクもあるため少し動く元気があるくらいなものだ。拘束陣で縛っているためあれが動くこともない。


 おまけにあの部屋自体、ハムスターモドキへの対策も兼ねて隠蔽陣を部屋に刻んでいるほか、集めた魔力やあのエルフ耳のエネルギーが中から漏れないようにと簡易的ではあるが結界で部屋を覆っている。


 流石に大丈夫だと思いたいんだが……


「……嫌な予感がするな」


「ラプ? どうしたラプ? 珍しく小難しい顔してるラプ」


「常日頃から考えてるからいつもこんな顔だぞ俺は。それよりラプス。お前も気づいているだろ。あれ、どう見る?」


「そうラプねぇ……」


 一緒になってカーテンの隙間から空を見上げたラプスは、ドラゴンガールを目にしてすぐに「強いラプ」と呟いた。


「正直、あれが敵だと思うと絶望しかないラプ。我でもちょーっと苦戦するかもラプ」


「今日俺が負けそうになった相手何だが?」


「ラプォゥ!? そ、そんなの相手にしたくないラプ!!」


 一瞬で飛びのいてベッドの枕の下に身を隠すラプス。体のせいか、枕の端から腹の肉がはみ出ている。

 俺はそんな様子のラプスを見て溜息を一つ吐き、再度空を見上げる。


「相手にさせるつもりはないから安心しろ。それより、あれ、何をしてるかわかるか?」


「ラ、ラプゥ……? ぬ、主がそういうなら信じるラプ……」


 いそいそと枕から出て再び俺と一緒に空に浮かぶ少女を観察するラプス。

 やがてラプスは「探知か何かしてるラプ」と結論を出した。


「やはりか」


「ラプ。あの手元にある黒い闇がそれにあたるラプ。何を対象にして探しているか詳しくは我でもわからないラプが……」


「いや、十分だ。ありがとう」


 精霊であるラプスも俺と同じ意見であるのなら、まず間違いなくエルフ耳を探すことがこの街に来た目的なのだろう。といことは、あの戦闘はおまけみたいなものか……故に途中でも構わず撤退したということにも頷ける。


 なるほど、いつでも相手にできるという挑発か?


「……ふざけやがって。三度目は必ず……いや、そうじゃない」


 思考が危ない方向へ行きかけていたのを頭を振って中断させる。

 今はそれよりも上空のドラゴンガールに対する備えをどうするか、ということなんだが先ほども感じたように嫌な感じがしている。


 今日のことで過敏になっているのか?


「……何にせよ、確認しておいて悪いことはないはずだ」


「ラプゥ?」

 




「おいおい、こりゃぁ……」


「ラ、ラプゥ!? ぬ、主よ……! ここはどこラプか……!?」


 闇夜に紛れて学校に忍び込み、例の地下室へとやってきた俺は、目の前の光景に思わず絶句した。


「学校の地下に作った部屋だ。それにしても自滅……いや、辛うじて生きてるか……?」


 拘束陣の鎖に力なく繋がれているエルフ耳。

 そもそも無音陣の影響で話せないため、俺が来ると睨むくらいはしていたのだが、来てみればそれすらなかった。

 いや、できなかったというべきか。何せ、当の本人は目の前で白目をむいて意識不明のなのだから。


「土壁に傷。いくつかの宝石も割れてやがる……こいつ、無理やりにでもエネルギーの放出か何かしやがったな」


 面倒なことをしてくれたな、と独り言ちる。


「ぬ、主よ……この宝石全て、主が使う予定の魔力ラプか……?」


 あちこちを興味深そうに見回していたラプスも、部屋の端に積まれた大量の宝石をみて目を見開いていた。


「とんでもない量ラプ……」


「まだまだ足りていないがな。それよりラプス。感覚的なものでもいいんだが、こいつがどうしてこうなってるか意見を聞きたい。俺は無理やりこの拘束を解こうとして気絶したとみてるんだが」


「ラプ。我としての見解はもう一つあるラプ」


「それは?」


「さっき空にいた少女……主がドラゴンガールと呼んでいる奴に存在を知らせるためラプ」


「……なるほどな」


 こっちに来るラプ、とラプスに呼ばれてそちらに寄る。


「ここラプ。ここの傷が恐らく一番深いラプ。主が言う拘束の解除のみなら、部屋のこんな場所にまで傷をつける必要はないラプ」


「ここからあのエルフ耳のエネルギーが漏れた……ってことか。となると、探知はされただろうな」


「ラプ。ただ傷が深いとは言っても、ここが地下ならそれほど詳しく探知はされていないと思うラプ。されても、大雑把にこの学校か、その周辺くらいラプね」


「だろうな。詳しくバレてたなら、俺たちが来る前に地下ごと壊されて連れていかれていたはずだ」


 となると、地下にいることまではバレていないのだろう。

 にしても、このエルフ耳。外にいたあのドラゴンガールに位置を知らせるためだけにこんな自滅まがいのことをしやがったのか。


 恐らくだが、あのドラゴンガールが垂れ流していた負のエネルギーをこいつも感知したのだろう。中からの魔力は隠蔽できても、外からまでは考えていなかったからな。

 それに気づいて、あのドラゴンガールが来ていることを知り、この場所を知らせようとした、と。これが地下でなければアウトだったな。


「地下室の強化は必須として、恐らくだが向こうから探りに来る……だろうな。どういう形で来るかはわからないが」


「ラプゥ……」


「何、心配するな。今日一日で俺の中の信用も落ちたが、これでも万能と呼ばれた賢者だ。何とかして見せるさ」


「……お腹が、すいたラプ」


「お前本当に、そういうところだぞ?」


 とりあえず、帰り道で菓子類を買ってやることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る