第50話:賢者は竜を狩り逃す

「……ってぇ! 息巻いては見たはいいが…とんでもねぇなこりゃっ!?」


『ガアアァァァアア!!!』


 森の中を縦横無尽に跳び回りながら、背後から襲い来るドラゴンに向けて魔方陣を複数展開。

 上下左右様々な方向から浴びせかけるのだが、それがどうやらあまり効果的ではないらしい。表面の鱗で弾かれてさほどダメ―ジは期待できないだろう。


 おまけに姿を変えてもまだ理性は残しているのか、時折こちらの意表をついたような行動をとるのがまた面倒くさい!!

 おまけに10mを超える巨体だ。ぶつかられただけで致命傷は避けられん……!


『ガァアアッ!!』


「うおぉっ!?」


 周囲の木を薙ぎ払いながら瞬時に俺を追い越したかと思えば、急にこちらを向いて嚙みつきに来やがった!?

 何とか近くにあった木を蹴って進路を変えたが、あのまま跳んでいれば俺はまっすぐドラゴンの口の中だ。


「つーかまじでどうする……俺の攻撃じゃ明らかに火力不足だぞこれ……!!」


 リンくらいの火力のある魔法が使えればよかったんだが、あいにくと俺は万能型。固定砲台ともいえる火力を持つリンに比べると、どうしても魔法の威力という面では劣ってしまう。


 現に俺の魔法及び魔法陣では傷をつける程度で精いっぱいだ。


「こんなことなら、もうちょい威力のある魔法の研究もしとけばよかったな……!! ヌンッ!?」


 死角から伸びてきた尾の攻撃を、防御陣を展開して防ぐ。

 結構な魔力を込めたため破壊まではいかなかったが、これだけ込めてもその寸前というのだからかなりのものだ。


 火力が足りないなら、更に魔法陣に魔力を込めればいい話では? と思うかもしれないが、そう簡単な話ではないということもある。

 魔法陣については先程も話したが、事前に発動する魔法を準備しておくことが基本となる。

 そのため、陣として使用する魔法が威力の低いものであれば、どれだけ魔力を込めてもその量には上限があり、威力の上限も低いままなになる。多少の威力を上げることは可能だが、それは元々威力の高い魔法には及ばない。


 フィンといたときは、火力に関しては完全にリンに頼りきりだったし、こちらに戻ってからも向こうの世界に行く方法の探索ばかりで攻撃用の魔法にはあまり目を向けていなかったのだ。仕方ないと言えば確かにその通りなのだが、そのせいでじり貧というのは笑えない。


「おまけにぃ……!? っと、『空間置換陣』!! それから『拘束陣』!!」


 右側から突っ込んでくる体当たりを『空間置換陣』でドラゴンと位置を入れ替えて避ける。

 更に追撃として、ドラゴンの後ろから『拘束陣』の鎖を射出するのだが、ドラゴンのを捕まえる前にすべて尻尾で薙ぎ払われた。


 一応『拘束陣』に関してはあのドラゴンを縛り付けるだけの拘束力を持たせるように改良してある。

 だから捕まえられさえすれば俺の勝ちなのだ。一瞬でも動きを止めれば、前と同じく『弱化陣』の重ね掛けで大人しくさせることも可能だろう。


「捕まえられさえすればな……!!」


 くそったれめ……! 簡易結界内に閉じ込めればこっちのもんだと思ってたが、どうしてもこううまくいかないのか。前回上手くいってたからって敵を過小評価しすぎてたか?


 依然変わらない速度で、森の中を破壊しながら飛び回るドラゴン。結界内じゃなければとんでもない自然破壊だ。

 時折『未来視』を発動させて先ほどのように頭を狙って防御陣を展開してるのだが、先ほどと同じ手は喰らわん! と言わんばかりに備えていらっしゃる。当たりはするのだが、それも織り込み済みで思いっきりぶつかって破壊するので、先程の不意打ちほどの効果はない様子だ。


『ガアアアアアッ!!』


「こなくそ……!!」


 意表をついて飛び込んできたドラゴンの横っ腹に強化した杖を振り下ろす。

 ゴッ! という何かをつぶしたような音が響いて手ごたえを感じたのだが、次の瞬間には身をよじったドラゴンの尻尾が体に叩き込まれる。


「ゴボァッ!?」


 強化と防御陣を展開して致命傷そのものは避けたが、その衝撃によって恐らく骨の何本かが逝った。

 そのうえ叩き込まれた勢いそのままに俺の体はぶっ飛び、幾本かの木を巻き込みながら山の中を転がった。


「ゴホァッ……グッ……! い、ってぇなぁ……!?」


 肩で息をしながらなんとか立ち上がる。

 治癒の魔方陣を体全体に展開するが、マリアンヌほどではないため一瞬の治療というわけにはいかない。完治にはそれなりの時間がかかる。


 痛み何ていつ以来だろうか。少なくとも、こっちに帰って来てからは無縁だ。

 それも、治癒まで使うような傷は魔王戦くらいだったか?


「よわ、いなぁ……!!」


 本当に嫌になる。

 何が英雄か、何が勇者の友か。


 あいつなら……フィンならきっと俺がいなくても一人で何とかできるのだ。


 この程度では名乗れない、この程度では名乗ってはいけない。

 仲間がいなければ何もできないようではダメなんだ。

 

 フィンが一人でできることを、俺一人でできなければ意味がない。故に、こんなところで躓いている暇はない。

 負けることなど許されない。


 簡単な話だ。

 今使える魔方陣でダメなのであれば、今ここで創ればいいだけのこと。


 無理な話ではない。

 なにせ俺は万能の魔法使いである賢者なのだから。


 空を旋回するドラゴンはこちらの様子を伺っているのだろうか。見たところ、攻めてくるようには見ない。

 先ほどとは打って変わったその姿に違和感を覚えるが、時間をくれるというのであれば遠慮なく使わしてもらおう。


「基本となる属性には光を。再現するのは俺が知る中でも最強の一撃を」


 イメージなら、頭にある。

 あの日、あの時。フィンが放った魔王を消し飛ばした光の斬撃。

 剣の代用として杖を。範囲は直線状。射程距離は一キロ程。


 頭にある知識を総動員し、組み立て、目的とする魔法を発動する陣を構築する。

 やがて、頭の中で出来上がったその陣を、杖で地面を小突けば出来上がりだ……!!


『ガアアアアアアァァァッ!!!』


「今更仕掛けてきても遅いぞお嬢さん……!!」


 こちらへと急降下してくるドラゴンに向けて、手にした杖を上段に構える。

 威力も見た目も、何もかもオリジナルには程遠いが、それでもあの防御を抜くには十分な威力はあるはずだ。


「グフッ……! 借りるぜ親友!! 『ルミナス・スマイト』ォォォォッ!!!!」


 振り下ろした杖から、光が束となって放たれる。

 傍から見れば、杖からでた極太のビームとも呼べるそれ。


 そんな光の一撃を竜は真正面から――



 ――受け止めることなく、急旋回して上空へと避けた。


 そして……


「……はぁ!?」


 簡易結界さえ破壊して貫いた光。

 そんな光が作った穴を、あのドラゴンはひょいと通って外へ出て行ったのだった。


 …


 ……


 ………


 …………


「はぁぁぁっ!?!?!?」


 俺は何とも言えない気持ちでそう叫んだのだった。





「危ない危ない、つい夢中になっっちゃった♪」


 いつもの姿に戻ったアンフェは、自身が使用したイーヴィルボールの手駒がやられていることを確認してから山を離れた。


「あはっ♪ もうちょっとで勝てそうだったけどぉ……最後のあれは、当たれば確実に消滅してたわねっ♪」


 思い出すのは、自身が獲物と認めた賢人との戦い。

 目的を忘れてつい夢中となったが、ドラゴンの姿になれば対抗できることを知れたのは大きい。

 あまり可愛くないためつい使用を控えてしまっているが、賢人を相手にする場合はそうも言ってられないだろう。


「それにぃ、今回は戦うのが目的じゃないしねぇ~。さぁて、プリッツはどこかしら?」


 彼女の目的。それは、消滅もせずに行方を眩ませたイーヴィルポーン、プリッツの捜索だった。

 あの反応からして、確実に賢人が関わっているだろうということはアンフェ自身もわかっている。故にそう簡単には見つからないであろう場所に隠されているということも。


「ふふっ♪ でもでもぉ~、お兄さんもこういうのは知らなかったでしょぉ♪」


 空ノ森町上空で止まったアンフェは、その場で腕を一度振る。

 すると、彼女の目の前には暗い闇でできた板のようなものが現れた。


 イーヴィルボード

 安直な名前と侮るなかれ。その効果は、負のエネルギー源の索敵。つまるところ、仲間の居場所を探知する優れものといえる。


 そのボードを見ながら、あっちでもないこっちでもないと街の上空を飛び回るアンフェ。

 実のところ、負のエネルギー事態は賢人自身も魔力に変換する際に調べはしているのだ。故にそのエネルギーが漏れないようにも対策はしているし、それが地下ともなれば殊更だろう。


 だがそれでも


 この世の中に完璧というものはないのだ。


「さぁプリッツ! このアンフェが来たんだから、位置くらい知らせなさい!」


 それすらできないなら、あんたかなりのざぁこ、って罵ってあげるわぁっ♪


 全身から負のエネルギーを解放する。

 わかるものが見れば、その悍ましい様子に恐怖してしまうような、それほどのエネルギー波だった。


 だからこそ、どこかにいる仲間にも感知ができる。


「っ! ふふっ♪ プリッツのやつもこれくらいはやってくれないとねぇ♪ 微弱だけど、感知したわ……、けど、曖昧過ぎて大雑把にしかわかんないわよ?」


 あのプリッツ雑魚、もっとわかるように反応を出しなさいよねぇ、とボヤキながら目的地へと飛ぶアンフェ。

 そんな彼女は、やがて反応があった場所へとたどり着いた。


「ここって……確か、がっこう? とかいう場所だっけ?」


 アンフェが見下ろしたその視線の先。

 そこにあったのは、賢人や白神が通う孔雀館学園であった。

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