第52話:夏休みが明けた賢者

 その日のうちに地下室のアップグレードを行った俺は、翌日から戦うための魔法を魔方陣として使えるようにと、異世界へ渡る研究の合間に手持ちの魔法書から該当するものを集めて魔法陣として使えるようにしておいた。


 流石賢者というべきか、万能と呼ばれるだけあって知識さえあれば魔法陣としての使用も問題ない様子。

 もちろん元が竜であるリンの扱っていた魔法と比べてしまうと威力は控えめなものであるが、それでも向こうでは人が使用していた魔法としても最大威力のものを取り揃えている。もう一度あのドラゴンガールと戦うことになったとしても、前回と同じようにほとんどダメージはない、なんてことにはならないはずだ。


「普通は使えるようになるまでの鍛錬とかがあるはずラプ……」


「失礼な。俺の場合は訓練よりも魔法を魔法陣に描き出す作業が必要なんだ。知識が前提な分、頭使ってるんだからいいだろうに」


 当然の話ではあるが、まったく無の状態から使えるようになるということではない。先ほどラプスにも言ったとおり、賢者として俺がこれまで学んだ魔法の知識があるからこそこうして様々な魔法が使えるのだ。


 それに今は俺一人で戦う必要があるため、立ち止まって魔法を使うだけというわけにはいかない。ドラゴンガールと戦った時のように、縦横無尽に動き回りながらの使用になるのだ。できるだけ早く魔方陣を展開して発動できるようにと、魔法陣の効率化や立ち回りまでもを考える必要がある。


 前衛がいればそれこそもっと楽になるんだが……まあそこは愚痴を言っても仕方ないだろう。


「それよりラプス。俺が学校に行ってる間は、基本的に家からは出ないようにしてくれ。退屈かもしれないが、菓子類は絶やさないようにしてあるからそれで我慢してくれ」


「それは嬉しいラプ……けど主よ、この世界ではお金なるものがなければ菓子が買えぬというラプ。我、迷惑はかけていないラプか?」


「安心しろ。少なくとも、お前が消費する菓子類を買う金くらいはある」


 株っていうのがあってだな、とラプスに説明しようとしてみるが、魔法関連か食べ物の話題以外は基本的にほとんど無頓着であるため早々に諦める。

 まあ、『未来視』があればその辺は問題がないうえ、ネット競馬などでちょこちょこと稼いでいるため金の心配はする必要がない。


「それじゃあ、何かあったら念話で俺に繋いでくれ。それくらいなら、俺の隠蔽でも誤魔化しが効くだろうからな」


「なら、主が我を隠蔽で隠しておけばついていけそうラプが?」


「アホたれ。念話時のみ隠蔽するのと、常にお前を隠蔽しておくのとじゃリスクが違いすぎるんだよ。また今度、別のところに連れて行ってやるからそれまで我慢してくれ」


「わかったラプ! 我、ケーキバイキングというのに行ってみたいラプ!」


 玄関先まで飛んできて目をキラキラさせているラプス。

 どこまでいっても変わらないその食い意地に多少呆れながらも、俺はそれに了承して寮を出るのだった。


 

 そう、今日は夏休み明けのその初日。始業式である。



 時間が経つのは早いもので、夏休みが始まったかと思えばもう終わってしまっていた。めぼしいイベントと言えば、白神達と行ったバーベキューと海だろうか。

 特にバーベキューの記憶は強く印象に残っている。

 何せ、こちらに戻ってから初めての敗北だ。おまけに地下室に捕えているエルフ耳の存在を、場所は定かではないとはいえ把握されたのだ。バーベキューは楽しかった分、そのあととの落差がすごい。


 対して海は、本当に何もなく平和に終わったため特になし、だ。強いて言えば、バーベキューの時とはまた違った水着の白神くらいなもの。オカルト云々で奇行が目立つ白神ではあるが、意外とお洒落なのかもしれない。


 まあそんなことは置いておいて、次は夏休み中の研究の進捗に着いてだ。

 魔力収集自体は、あんなこともあったため一時取りやめることも考えたのだが、それをするとエルフ耳に力が戻ることになるためそこはやめずに続行。幸い地下室を以前よりも大幅に強化したためか、収集作業を続けていてもまだバレた様子はない。一応最大限の注意はするが、そのまま続行することにしている。


 そのおかげもあってか、夏休みだけでとんでもない量の魔力の収集に成功した。それはもう、俺が持ち込んでいた宝石のストックが危うくなるんじゃないかと言う量だ。一時期どっかの山かなんかで天然の宝石でも採掘しようかと悩むくらいには集まった。結局やらなかったけどな。


 そして肝心の異世界転移についてであるが、こちらも順調と言える。

 以前より研究していた、俺がこの世界へと帰還した時の魔法。その魔法陣をごく一部であるが再現することができた。

 まあ再現とはいっても、できたことは魔法陣を設置した世界から、対象物を切り離す程度である。試しにと魔方陣に乗せた、俺の魔力を込めた宝石はその存在を瞬時に消滅させた。世界そのものから宝石の反応が消えたため、恐らくこことは違う『どこか』に移動したのだろう。


 試しにラプスに乗ってもらおうと思ったのだが、本人に拒絶されて同じようにラプスの魔力を込めた宝石でも試してみた。結果、ラプス自身も同じような意見だったためおおかねこの推測でいいだろう。


 なら、後は行き先の指定で何とかなるかもしれないという希望も見えてきた。


 宝石の騎士ジュエルナイトを陰ながらに手伝って妖精郷フェアリーガーデンを復興し、あの大樹の洞から妖精郷を経由してフィンの世界へ向かうというプランもあるにはある。が、念のために第二プランを用意しておいても損はないだろう。


あとは異世界の場所の特定さえどうにかできれば……


「おーう、津江野! おはようさん!」


「お前は……所沢」


「それは流石にギャグだろ津江野。田村だよ。……え、冗談だよな?」


 席について早々に話しかけてきた田村に、冗談だよと答えてから席に着いた。

 明らかにほっとした様子の田村は、すぐに調子を取り戻したようで椅子の背もたれに寄りかかりながらこちらを向くと、「噂、聞いたか?」と切り出した。


「噂?」


「そうだよ! 何でも、転校生が来るらしいぜ。それもうちのクラス。今朝先生たちが話してたのを聞いたから間違いない」


「へぇ……私立のうちに、こんな夏休み明けにくるとは珍しいな」


「だよなぁー。まあなんか事情でもあるのかもだぜ。ななっ、女の子と男、津江野はどっちだと思う!?」


 こちらの机にまで乗り出して聞いてくる田村に驚いて若干身を引いた。

 近いし興奮しすぎだ。


「まあ、来るなら女子の方がいいだろ。そっちの方が花がある」


「……」


「……なんだ、その顔は」


 答えてやったというのに、返答どころか反応もなく目を見開いていた田村。

 俺が訝し気な目を向けていると、田村は「あ、いや……」と言葉を詰まらせながらも


「津江野とこういう話ができるとは思ってなかったからよ……なんか、嬉しいわ」


 一年半どんなけ話しかけても反応薄かったからなぁ、と何かを思い出すように腕を組んでうんうんと唸っている田村。


 そんな田村に俺は、「そうか」とだけ返して前を向く。

 足音からして、担任が来たのだろう。もう一人分聞こえるが、それが田村の言う転校生か。


「お前ら、席に着け。夏休みは楽しかったか? 明日からはまた授業があるが、いつまでも夏休み気分で浮かれないようにしろよ」


 入ってきた担任教師が、軽い連絡事項を淡々と教壇に立って話していく。

 ものの数分でそれらの予定を伝え終えた教師は、「それから」と付け足した。


「もう知っている奴もいるかもしれんが、今日からこのクラスに加わることになった転校生を紹介する。入ってこい」


 みんながみんな、ガラガラと開かれた扉に注目する。

 やがて入ってきた人物を見て教室の反応は三分割された。


 女子は黄色い悲鳴を、男子は落胆の溜息を。

 そして俺は、バレないように目を細めた。


「キース・デヴィリオンと言います。よろしくお願いします」


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