第82話:賢者の張り込み
大樹から数百メートルほど離れた木の上。
そこに俺とラプスは朝早くから陣取っていた。まるで花見の場所取りのような行動であるが、観察するのは桜ではなく大樹の方。
だが、早朝とまでは言わずとも、それなりに早い時間にあのハムスターモドキ……もとい、昨日アルと呼ばれていた妖精がやってきたため無駄ではなかったといえるだろう。
ラプスはと言えば、「あれが今の王族ラプか……」と興味深そうに観察しているようだった。
「言っておくがラプス。お前のお仲間であるとは言え、情が移ってあっちの味方とかするんじゃねぇぞ」
「安心するラプ。既に主と我の間には正式な契約が結ばれているラプ。心配せずとも、主の不都合になるようなことはしないラプよ」
「体育祭で白神に見つかった単独行動、忘れたわけじゃないからな」
「ラ、ラプッ……き、気を付けるラプ……」
何やら大樹の周りを飛び回っては、以前ラプスが
魔力視で見ても何をしているのかがはっきりとわからないところを見るに、あれは魔法とは別の何かによる儀式なのだろうか。
そのことについて隣のラプスに聞いてみると、「妖精の力ラプ」と答えてくれた。
「何だそれは?」
「言葉通り、我ら妖精のみが使える力ラプ。そしてこの能力があるからこそ、我ら妖精が数多の世界の均衡を保つことができているラプ。魔法とは別の力だからこそ、主のその魔眼でも解析できないラプ」
「……なるほど」
あわよくば、あの妖精郷へ繋がる魔法を解析して使える様にしようと考えていたのだが、そう簡単には事は進まないらしい。
やはり、妖精郷を経由して向かうしかないか。
「……そういえば、ラプス。お前はあの妖精と同じように妖精郷への道を開くことはできないのか?」
「無理ラプ」
意外なほどあっさりと即答されたため、俺は横目でラプスに視線を向ける。
その視線に気づいたのか、ラプスは「ちゃんと話すラプ」と話を続けた。
「そもそもの話、妖精なら誰でも他世界へ出入りが自由となると妖精郷としても困るラプ」
「それはまた、どうして?」
「主たちにもわかるように言えば、いつの間にか国の住民が出ていくような状況になるラプ。数多の世界の均衡を保つための管理を行う妖精郷が人手不足は、正直笑えない話ラプ」
「それに我ら妖精は気まぐれがものが多いラプ」と困ったように肩を竦めてみせるラプス。誰でも異世界へ行けるよな状況だと、興味を持った異世界にどんどん妖精が流れていってしまうのだとか。
ただ我を見習ってほしいとかほざいているが、正直お前もきまぐれな方だと思うぞ。
「だからこそ、妖精郷から他の世界へと渡るには
「王の許可……また大そうなもんが出てきたな。でもそんななりだが、お前も王族なんだろ? 近しい力は使えるんじゃないのか?」
「そんななりは余計ラプ! 前にも言ったラプ。これは豊かである象徴ラプ!」
「はいはいわかったわかった。んで? どうなんだよ」
相変わらず腹と頬の肉をブルンブルンと上下に動かして怒ってみせるラプスを手で制して続きを急くと、如何にも不服! と言った様子で顔を
「たとえ王族であっても、王でない限りは他の妖精と同じく使えないラプ。ただ一つの例外は、王直々に次期国王として認められた王族のみラプ」
「次の王だと認められているが故の、か。ラプスは認められなかったんだな」
「フンッ、我よりも兄上の方が適任だったラプ。それに我は他世界の美食を味わうため、妖精郷でじっとするだけの王には興味が無かったラプ」
そんな話を聞いて、そういえばこいつ初代国王の七男とか言ってたなぁと思い返す。
まぁ、こいつの兄たちがどんな妖精なのかはさほど興味はわかないのだが、その兄弟のうちの誰かが王の役目を引き継いだのだろう。
「妖精郷へ行くための方法については粗方分かった。それじゃあ次だ。あの妖精がやろうとしている試練とやらはいったい何なんだ」
さて、本題に入る。
そもそもの話、今日はあの三人娘が試練とやらをあの大樹で受けるというから出張ってきているのだ。
初めて聞くその言葉について、知っているであろうラプスに聞いておかなければならない。
「それが我、その試練とやらについて詳しくは知らないラプ」
「……晩飯抜くぞ?」
「いやちょっとは知っているラプ!! ただ、主が求めるほどの情報を我が持ち合わせていないだけの話ラプ!」
ご慈悲が欲しいラプゥ~! と縋りつくように俺のローブに引っ付いてくるラプスを無理やり引き剝がし、とりあえず知っているだけの情報を出すように促す。
そしてその内容をざっくりとまとめると、
課された試練を乗り越えることで、
「ふーん……まぁ、言葉通りの情報だな」
「そうはいっても、
なら仕方ないか、と考えていた以上の情報はラプスからは得られなさそうだと判断して会話を終える。
すると、視界の端でふらりと現れた人影を見つけた。
「まぁとりあえず、飯抜きはやめてやるよ。それより、思いのほか早い到着だったようだ」
現れた人影を『遠視』で見てみれば、思った通り赤園少女、青旗少女、白神の三人娘の姿があった。
準備をしていたハムスターモドキがその三人に気付いて近寄ると、大樹の洞のすぐ下まで案内を始めた。
さて、どうやってその試練とやらを始めるのか。
そう考えながら彼女らの様子を暫く見ていると、不意に大樹が淡く輝き、洞から光があふれ出した。
魔力視で確認してみれば、龍脈がかなり活性化して大量のマナが大樹の元へと集っている。
妖精の力そのものは魔力視では見えなくても、それによって引き起こされる現象で消費されるエネルギー……つまりマナは感知ができる、といことか……?
一人頭の中で思考を巡らせていると、不意に洞からの光が増して白神達の足元に魔法陣が広がった。
知らない……そして読めない魔法陣……。あれも妖精の力か何かなのだろうか。
「あ」
そしてその光がさらに強くなり、『遠視』で見ていた俺の視界を真っ白に染めたかと思えば、次の瞬間には白神達の姿はどこにもなかった。
試練を受けるために消えた……ということでいいのだろうか。
「ラプス。あの試練がどんなものか、どれくらいで終わるのか知っていれば教えてくれ」
「主よすまないラプ。我にはまったくわからないラプ」
「マジか……なら、今日は白神達が出てくるまで張り込むぞ」
「ラプゥ!? ご、ご飯は!? どうやってこんなところで食べるラプか!?」
「握り飯くらいは買ってきた。それで我慢しろ」
ラ、ラプゥ~、と肩を落とすラプス。
そんなラプスの傍らで、俺は静かに大樹へと目を向けているのだった。
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