第14話:伝説の騎士

「……あ?」


「っ……」


 振り返った男の表情に一歩下がりそうになるが、気を強く持ち抑え込んだ。

 折れない剣を。記憶にあるヒーローの姿を思い描きながら、私は男の視線を真っ向から睨み返す。


「ほぉ……ただの人間が、か? お前、今自分がどういう状況なのかわかって言ってる?」


「な、なんで戻って……」


 ボロボロに傷ついたハムスターさんが顔を上げ、どうして、という様子を露わにする。

 そんなハムスターさんに向けて、私は大丈夫だと伝えるために頷いた。


「ここが危ないことも、あなたが危険なことも、私にできることが何もないかもしれないことも、もちろんそんなことわかってるわよ!」


「だ、だったら……なんで戻ってきたアル!? すぐにここから――」


「でも!!」


 ハムスターさんが何か言おうとしているのを遮り、私は言葉を続ける。


「だからって、目の前で傷つく誰かがいる! それは嫌だから! 私の知っている子が傷つくのは嫌だから! 傷つくくらいなら、私も背負って半分にしたほうがいいから!」


 グッと胸の前で固めた握り拳。

 そんなねねの言葉に、ハムスター……アルトバルトは目を伏せた。


 パチパチパチ、と乾いた音が響く。


「いやぁ、感動だ。うんうん、いい話だ。実にいい話だ。希望と優しさに溢れた――」


 ――実に胸糞悪い話だ


 アルトバルトから足を外した男が改めてねねと向き合った。


「で? 結局何ができんだ? 何の力もねぇ雑魚が粋がるんじゃねぇぞ。殺されてぇのか?」


「っ」


「希望論並べるだけなら誰でもできんだよ。力、圧倒的力があればこそ、この世の中は主張が通る。その力もない雑魚が何かできるってんなら……!」


「っ!! ダメアル! やっぱり逃げるアル!」


「ちょっとばかしでも抵抗してみろぉ!!」


 男の纏う圧のようなもの。その見えない力がねねを襲う。

 しかし、余波だけで吹き飛ばされそうになるほどのそれに対し、ねねは力強く一歩を踏み出した。


「それでも、私の心の剣は……折れないんだからぁぁぁぁ!!!」


 ボゥッ! とねねの制服の内から赤い光が揺らめいた。

 赤く燃える炎の様に揺らめくその光は、たちまちねねの体を覆いつくす。


 急な変化に驚いた男は思わず足を止め、その様子を警戒する。


「んだよこれは……!!」


「ま、まさか……この光は……!? あの子、いつの間に宝石を!?」


 男とアルトバルト。男は意味の分からないその光景に驚き、アルトバルトは思い当たるそれに対して驚きを隠すことができなかった。

 アルトバルトはあの光を知っている。実物は見たことがないが、永く永く、自身の国に言い伝えられてきた伝説。


 妖精郷フェアリーガーデンが危機に瀕した時、世界樹を守護する騎士が現れる。炎剣、氷槍、雷弓。3人の騎士が揃う時、妖精郷フェアリーガーデンは再び平和を取り戻す、と。


 二者が異なる反応を見せる中、ねねを覆い隠していた赤い光が徐々にその輝きを収めていく。

 そして現れたのは、赤い戦装束を身に纏い剣を携えた少女騎士。


 完全に光が収まり少女騎士の目がゆっくりと開かれると、彼女はその場で己の姿を目に映し……


「……え、ちょ、ちょっと!? なにこれ!? どうなってるの!?」


 わけのわからない状況に慌てふためくのだった。

 しかし、なにこれなにこれー!? と少女騎士が驚く一方で、困惑の表情を浮かべるものが二人。


「まさか彼女が……伝説の騎士、宝石の騎士ジュエルナイトだったアル……!」


「なっ……!? あれが……キング様が警戒していた宝石の騎士ジュエルナイト……!?」


 アルトバルトがつぶやいた言葉にいち早く反応した男。

 宝石の騎士ジュエルナイト、それは己が属する陣営のトップである者から最大の障害となる存在の一つであると伝えられていた名である。


「チッ……! だが、目覚めたばかりの今なら、隙はある……!!」


 未だ自身の状態すらしていない敵に対して、速攻を仕掛ける男。

 宝石の騎士ジュエルナイトだろうが、一撃で仕留めてしまえば脅威ではない。

 さらに、ここで宝石の騎士ジュエルナイトを仕留めたと報告できれば己の評価にも繋がるという下心も込めて、最大の威力を込めた蹴りを頭部めがけて蹴りぬいた。


 とった! と内心で笑みを浮かべる男。


 しかしその蹴りは、少女騎士が腕を割り込ませて防いだことで不発に終わる。


「ちょっと! いきなり乙女の顔狙うなんて危ないじゃない!」


「防がれた……!? チィッ!!」


 少女騎士の言葉に構わず男はさらなる蹴撃を繰り出す。しかし、その攻撃も空いた腕によって防がれる。


「だから危ないって言って……!」


「なめやがって……っ!?」


 二度も己の攻撃を防がれたことに苛立つ男であったが、横から飛来した3本の光の矢によって一度その場から離脱する。

 代わりに少女騎士の元まで寄ったのは、少し休んだことで動けるようになったアルトバルトだった。


「君! 大丈夫アル!」


「え!? あ、うん。何とか……じゃなくて!! これどうなってるの!? なんか見た目も服も変わっちゃったし、すっごい動けるようになってるんだけど!?」


「それについては後で説明するアル! 今は相手の動きだけに注意するアル!!」


 少女騎士――ねねがその言葉にハッとするとアルトバルトの視線の先に目を向けた。


 憤怒


 其の言葉が思い浮かぶほどの怒りを露わにした男の姿がそこにはあった。


「なめやがって……なめやがってぇ……! ただの雑魚だった奴が伝説の騎士だぁ!? ふざけやがってぇ……!」


 怒りを叫び、血走った眼はねねを見る。

 そして男は、懐から一つのボールを取り出した。


 いくつもの目玉模様が描かれた、気味の悪いボールだ。


「イーヴィルボール起動!! ジャアック! あいつらを潰せぇ!!」


 イーヴィルボールと呼ばれたそれを、男が思い切り投げつける。


 対象となったのは、先ほどねねが男に投げつけたカバンだった。

 カバンにぶつかったボールはそのまま跳ね返ることなくカバンに付着すると、たちまち黒い瘴気を発生させてカバンを取り込んでしまった。


「あー! 私のカバン!!」


「落ち着くアル!!」


 カバンを取り込んだ瘴気は少しの間を置くと一気に膨張を始める。その瘴気の塊はすぐに人ほどの大きさを通り越し、小さいビル程度の大きさにまで成長した。

 そして瘴気が弾ける。


 現れたのはカバンのような見た目をした巨大な何か。四肢は鉛筆や消しゴムなどの文房具のような見た目をしており、一見すれば目つきの悪いキャラクターのようにも思える。

 そしてその巨大な何かは特徴的な鳴き声を上げると――


『ジャアックゥー!』


「避けてぇ!!」


「わわわっ!?」


 その鉛筆のような腕をねね達に向かって振り下ろすのだった。


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