第13話:心に折れぬ剣を

 手の上のハムスターさんと怪しい男のにらみ合いが続く。

 どちらとも何も言わずただ沈黙が場を制していたが、そんな中で私は状況の把握でいっぱいいっぱいだった。


 何で喋れるの? あの男は何者? 国って何の話? 私は何に巻き込まれてるの?


 頭の中で次々と疑問が浮かんでは消えていくのだが、結局のところ何もわからないのが現状だ。


 どうしようどうしよう、とパニックになっていると手に乗ったハムスターさんが男には聞こえないような小さい声で話しかけてきた。


「ごめん、関係のない君を巻き込んでしまったアル。本当ならこれは僕が何とかしないといけないことなのに……」


「ハムスターさん……?」


「ああ、これは失礼したアル。僕の名前はアルトバルト。名乗っていなかった無礼に謝罪を、そして手当をしてくれたことに感謝を伝えたいアル……けど、状況がそれを許してくれそうにないアル」


 かわいらしい見た目からはイメージのできないかっこいい声に驚くが、ハムスターさんの言う通りそうも言ってられないことはなんとなくわかる。


「僕が合図したら、君は構わずに逃げてほしいアル」


「でも、君は怪我が……」


「大丈夫、一日休んでだいぶ動けるようにはなったアル。それに、ただやられるわけじゃないアル。僕にだって意地はあるし、抵抗する術も持っているアル。だから、心配しないでほしいアル」


「おいおい、俺を除け者にすんじゃねぇよ。何の話ぃ?」


 男が近づいて来ようと一歩踏み出したところで、ハムスターさんが手の上から飛び降りた。

 そしてブツブツと何かを呟くと彼の周りの地面が発光し、瞬く間に三本の光の矢を展開した。


「今だ! 走るアル!」


 その言葉を合図に彼は男に向かって駆けだした。

 私は彼のその姿に一瞬だけ視線をやったが、後ろ髪を引かれる思いで彼とは逆方向に駆けた。


「おうおうおう! なんだ王子様ぁ! 今度は自己犠牲ってかぁ! 国を捨てるときはすぅぐ逃げたやつがよぉ!!」


「事実を否定するつもりはないアル……! でも、それを君に言われる筋合いは――」


 遠ざかっていく声が聞こえないよう、私は必死に足を動かした。


 だって、あんなところにいても私にできることなんて何もない。だから、こうして逃げることは決して間違いじゃない。ハムスターの彼も逃げろって言ってたんだ。だから、だから……


 それで本当にいいのか


 ふと浮かんだ疑問に足を止める。


 なんとなく、わかってはいるのだ。

 きっと彼のさっきの言葉は、私を逃がすための嘘なのだと。無理をして、それでも私を巻き込まないようにするための優しい言葉なのだと。

 だって、あの治りきっていない体は、地面に降りたとき今にも倒れそうだったじゃないか……


 できることなら、私はあの子を助けたい。


「心に、折れない剣を……」


 胸の前で拳を作り、グッと胸に押し当てる。

 私のヒーロー、マジックナイトリンがよくやるポーズだ。彼女が勇気を奮い立たせる時に見せるポーズ。


 そうすることで少しだけ勇気をもらえたような気がした。

 無謀なのはわかっているし、もしかしたらバカだと言われるのかもしれない。

 でも今この時、私があの子を助けたいと思ったのは紛れもない事実なんだ。


「……待ってて」


 私は踵を返して走り出す。

 その時、少しだけ私のポケットが熱くなっているような気がしたのだった。





「ウグゥッ!?」


「ハハッ! なんだよ王子様。策でもあるのかと思ったら、めちゃくちゃ弱ぇじゃねぇか!」


「っ! このっ……!」


「ざぁーんねぇーん! そんな攻撃効きませぇーん!! オラッ!」


「ガッ!?」


 ねねが逃げてすぐのこと、男とアルトバルトの戦いは……一方的なゲームに成り果てていた。

 まともに抵抗もできないアルトバルトを、男が気絶しない程度の力で叩きのめす。時折アルトバルトが攻勢に出ようとするも、その攻撃はかすり傷すら与えることはなく、邪悪な笑みを浮かべた男に蹴り飛ばされる。


 その繰り返しだ。


「なぁおい、いい加減飽きたからよぉ。さっさと例のモンを出せよ。持ってんだろ? お前らの国の伝説にも語られる『世界樹の宝石』をよぉ?」


 倒れ混むアルトバルトに向けて歩を進める男。

 その姿は先程とは少し変わり、人では考えられないほど長く伸びていた。

 賢人がいれば、エルフだ! と考えることだろう。


「グゥッ!? ……も、持っていたとしても、誰がお前たちに渡すもんかアル……!!」


「ふぅーん。あっそ、まぁ出さないってんならそれでいいんだけど、よぉ!!」


「ングッ!?」


 小さなアルトバルトの体に男が足を乗せる。

 たったそれだけでもアルトバルトにとっては辛いのだが、その辛そうな声に笑みを浮かべた男はさらにその足に力を込める。

 ゆっくりと、まるでその過程を楽しむように。


「ほぉーれほれ、早くしないと潰れてぺったんこになっちまうぞぉ? いいのか? 妖精郷フェアリーガーデンの王子様の最後がそんな惨めで。えぇ?」


「グゥ……!! そ、それでも、僕は……!!」


 潰されるという恐怖に怯えているはずの相手がなかなか思うように折れないことに苛立ちが募る男。

 やがてうざいしもう潰すか、と一気に踏み抜こうとした、そんな時だった。


 ボスッ、と。

 背後から投げられたカバンが、男の背を叩くと音を立てて落ちた。


「そ、その足をどけなさいよ……!」


「……あ?」


 男が振り返ったその数メートルほど先。

 そこには先ほど逃げたはずの少女、赤園ねねがいたのだった。


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